3、あの日の炎は消えないまま
・キンダーガーデン・平家
性別、男
年齢、12歳
容姿、白髪に純粋無垢な瞳をしている
補足、いつもメンヘラガールと行動を共にしている
●●●●
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
血に染まる死体を見て、僕はただただそう呟いた。
まだ幼稚園児だった僕の、忘れもしない罪の記憶。
あの日、僕は人を殺した。
自分の手で、誰でもない自分の意思で。
誰かを護るためだった。
護りたかったから、犠牲は仕方なかった。
ーー僕はヒーローだろ
どうして……君はそんな目で僕を見るの?
何で、皆僕を拒絶するの?
僕は失いたくなかった。だから僕が奪う側になって、護りたい人を護っただけなのに。
なのにどうして……どうして誰も、僕に「頑張ったね」って声をかけてくれないの。
「どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして……」
多分あの日、僕は変わったんだと思う。
その罪は一生僕から離れることはない。
分かっている。
でも、僕はせめてもの正当化のために、少しでも自分を正当化するために、贖罪をしたかった。
今度こそ、誰かのために、人を救えるようなヒーローになる。
♤♤♤♤
仇級都市警備のため、仇級都市担当の探偵らが集まっている。
人数は二十六人、仇級都市の大きさに対して、人数は全く足りていない状況だ。
どうやら、探偵もどきは仇級都市の担当ではないらしい。後で聞いたことだが、奴は本部で探偵たちの指示や統括の一部を担っている。
これも全て奴の父親である探偵殿のコネが関係しているに決まっている。
「神楽、私が出世したら給料上げてほしいか?」
「是非是非。俺はお金には目がないんだぜ」
「お金に困っているのか?」
「いえ。今はお金をできるだけ貯めているんです。もしかしたらこの先、大量のお金が急に必要になったりする時が来るかもしれないじゃないですか。ですので、俺はたくさんお金を貯めているんです」
なんか、自分より年下なのに色々考えてる。
それに比べ、私は未だあの過去のことを引きずったまま、立ち直れずに、前に進めずに、立ち止まっている。
「なんか神楽ってさ、大人だな」
「いやいや、全然ですよ。たまに出るダンディー口調も押さえられないし」
「あれって自然と出ちゃう系の奴なの!?」
神楽に対する新事実に、私はまた驚いた。
二人で他愛もない会話をしていると、キンダーガーデン・平家が手を叩き、皆の注意を引きつけ、話し始める。
「僕はキンダーガーデン・平家。皆で自己紹介をしたいと思うけど、そんな時間もないのは分かっているね。世界は今、再び来る敵の大災害に備えなければならない」
《エンドローガー》、世界最悪の組織が起こそうとしている大事件だ。
「奴らは都市を破壊していくと言っているが、どう破壊していくかは明言されていない。だがこの世界に異能があるわけでもない。爆弾や何らかの兵器を使ってくるはずだ」
確かに。
この少年は、小学生の割に人を先導する力があり、筋道を明確に提示する力もある。
今の時代、このような若者が未来を切り開いていくのかもな。
「つまり、怪しい人物の捜索はもちろんだけど、建物、特に重要施設なんかには気を付けて捜索を。奴らは小さな建物に爆弾を仕掛けるなどという小さな事件は起こさない。仕掛けるなら、電車や高層ビル、分かったね」
キンダーガーデンの指示に、皆が目的を見つけ、行動できる。
「じゃあそれぞれ行動を開始して。何かあればすぐに僕に連絡を」
それぞれが散り散りになり、仇級都市を警備する。
この場にはキンダーガーデン、その隣には会議の時にも隣にいたゴスロリ衣装の少女が晴れているにも関わらず傘を差している。
「平家星、私たちも早く行こ」
少女はキンダーガーデンの袖を引っ張り、催促する。
「ちょっと待ってて」と軽く対応し、私たちのもとまでやって来た。
「二人には住宅街の方を担当してもらいたい。良いかな?」
「でもそっちの方には何も仕掛けられていない可能性が高いって言わなかったか?」
「可能性の問題でしょ。奴らはいつだって僕らの想像の上を行く。だからもし僕の想像を越えていたなら、君たちに彼らを倒してもらいたいんだ」
純粋な笑顔に、断るという選択肢を思い浮かべることはできなかった。
「分かった」
「ありがとう」
先ほどの会議で見た少年とは全く違う笑みを見せた。
あれほど気だるげで、やる気もなさそうな、死んだ魚の目をしていた少年が、今では笑みを浮かべて私に頼みごとをしてきた。
お前は一体、何者なんだ。
まるで、二つの仮面を持っているかのように、奇妙な少年は去っていく。
「神楽、行くぞ」
「了解です」
私はつい彼の後ろ姿を眺めていた。
隣に立つ少女に何か怒られているようだが、笑顔で彼女の発言に向き合っているように思える。
「先輩、どうかしましたか?」
「いや、何でもない。行こうか」
♡♡♡♡
仇級都市の住宅街、広大な敷地を有しており、幾つかある区画の内の一つ。
ここは主に中流階級の一族が暮らしており、テヘッ一族やスーパーギャル一族、エンジェルナ一族が主として存在している。
今は昼間のため、公園や遊園地は子連れの人妻で賑わっている。
元気に走り回る子供を見て、私は懐かしさそ覚えることはなかった。そんな経験を、私はしたことがなかったから。
「神楽ってさ、将来子供とか欲しかったりするのか?」
「急になんですか!?」
唐突な質問に、至極当然神楽は驚いた。
「俺は、欲しいとは思いますよ。子供の頃の私は……そうですね、外で遊ぶことにあまり興味がなかったのですかね。だからいつも外を眺めているだけで、遊んだりしたことはなかったです」
「後悔したりしてるのか?」
「ええ、もちろん。でも、遊べなかった過去の私へ、今の俺は精一杯胸を張って頑張ってるよってアピールしたいんです。だから、今を一生懸命生きたいんです」
神楽の真っ直ぐな回答に、ますます私は自分を卑下する。
向き合うべきだろうか、そう考えていながら、私は向き合いたくないと思っている。
ーーあの過去に。
「一緒に頑張ろうな、神楽」
「はい」
せめて一緒に……
「先輩はどうなんですか?」
「わ、私は……全く興味がない……わけじゃない」
「へえ、やっぱ先輩も子供とか欲しいですよね。先輩が子供と歩いている姿を想像すると、何だか微笑ましいですね」
「そ、そうかな。ちょっと照れる」
神楽はからかうように私を見てくる。
私は顔を赤らめて、少しだけ目を背ける。
「先輩、もう私たち結婚しちゃいましょうよ。その方が早いですって」
「神楽と子作りか。悪くはないが、まだ若すぎるよ。それに、神楽にはもっと素敵な相手が見つかるって」
私なんかより、素敵な相手が。
「うーん。では保留ということで」
どうしても神楽は私と結婚したいのか。
なぜそこまで私にこだわるのか、私は自分で言うのもあれだが、まともな人間ではないのだが。
私は神楽と二人で話していると、感じたことのない思いがわき上がってくる。
学校では誰とも喋るでもなく、一人だった。
誰かと話すことがこんなに楽しいことだなんて、思ってもいなかった。
もしかして今の私って、しあわーーーー
「先輩、あれ」
神楽はある一点を指差した。
人だかりが出来ており、彼ら全員の視線は目の前の燃えている家に集まっている。
「火事……!?」
私の横で、神楽は素早く携帯を取り出し、消防機関に電話を掛けている。
私はただ呆然と燃えている景色を眺め、トラウマを蘇らせていた。
「…………母さん」
感情に駆られるがままに走り出していた。
「せ、先輩!?」
後ろで驚く神楽に耳を傾けず、人混みを掻き分けて燃える家の前まで飛び出した。
二階の窓には人影がある。飛び降りようにも、高くて怖いのだろうか。
ーープリンセス、あなたは人を傷つける人にはなっちゃ駄目よ。人に寄り添える人になりなさい。
私が助けないと、誰が助けるっていうんだ。
消防機関は、ここからなら早くても十分はかかる。それなら中にいる人は酸欠で死ぬ。
「プリンセス、お前は人を助ける探偵だ。なら、助けろ」
己を鼓舞し、燃え盛る扉を蹴り破って中へ入る。
案の定、家の中は煙で何も見えない状態になり、立っていると酸素をもっていかれて死にそうだ。
「良かった。あの人から教わった知識が役に立つ」
火事の時、死因で最も多いのは焼死、次に窒息死。
酸素のない状態で、人は息をすることはできない。故にでたらめに走り回ることは死を意味する。
私は屈んだ状態で階段をゆっくりと上り、姿勢を低くし、ハンカチを口に当てたままあの窓がある部屋まで向かう。
だがその扉は閉まっていて、その上燃えている。
また蹴り破っても構わないが、最悪中にいる人に迷惑をかける恐れがある。
「それでも……傷を負わせるの覚悟で行くしか」
扉には燃えたためなのか、下半分に大きな穴が空いており、そこから室内へと入った。
なぜかこの時の私は室内の状況を観察することに優れていたと、つくづく思う。
扉を通ってすぐ前にはベッドがあり、ベッドの上の枕が扉の真ん前に置かれている。枕もとには、不審な血痕が流れている。向かって左は壁で、右には机や本棚、窓がある。窓はどろどろにとけており、原型はとどめていない。
窓のすぐ側には、足から血を流し、倒れている女性の姿があった。ベッドから女性のもとまで血の跡が続いている。
彼女のすぐ横にある机の上には携帯があり、その隣に今燃え始めた家族写真があった。
「大丈夫ですか?」
返事はなく、意識は朦朧としているが、まだ生きている。
ずっと座っていた体勢だったから奇跡的にまだ息があったのだろう。
「今、助けます」
彼女を抱え、ゆっくりと階段を降りる。
だがその時、階段が突然崩れ始め、私と彼女は勢いよく地面に叩きつけられた。激しい痛みが全身を襲い、痛みでしばらく立ち上がれそうにない。
「また、私は救えないのか……。あの時みたいに……私は……」
今にも泣きたい気分だった。
柄にもなく、似合わないことをしたな。
私は。
今になって後悔する。
いや、後悔はしていなかった。ただ自分への哀れみを向けるだけ。
諦めかけたその時、壁が砕ける音がした。それとともに、消防機関の消防偵が駆けつけた。
倒れている私と彼女を見つけ、急いで家の外まで担いで運んだ。
何だ、私はまだ生き続けるのか。
私は担架に運ばれる中、ゆっくりと目を閉じた。
◇◇◇◇
目を覚ますと、そこは見知らぬ白い部屋。
一面真っ白で、色の塗られていない画用紙の世界みたいで、私まで白色透明になってしまうような感覚に陥っていた。
すぐ側には、神楽が座っており、その横にはナース服を着た美人のお姉さんがいた。胸元にはベティと書かれたネームプレートがつけられている。
「シャーロッティアさん、意識を取り戻しましたか?」
「私は……プリンセスだ」
「良かった。意識があるみたいですね」
ナースの横で、神楽は涙目で私の手を掴みながら、安堵から自然と呟いた。
「先輩、勝手に飛び出さないでください。心配したんですから」
「迷惑をかけたみたいだな。すまないな、神楽」
声に力が入らない。
私は今、疲れているらしい。
「でも、生きてて良かったです」
そういえば、なぜ私はベッドに横たわっている?
火事の中に飛び出し、倒れている女性を救い、階段が崩れて転げ落ちて……
「あの女性は?」
「大丈夫です。何とか一命を取り留めました。ですが相当な重症を負っているとのことです」
あの火事の中、生きているだけで奇跡だった。
今は完治するのを待とう。
「ところで神楽、あの火事について、私は話さなければいけないことがある」
「まさか《エンドローガー》の仕業とか言うんじゃないですよね。さすがにこれは単なる事故です」
「そうじゃない。これはーー」
ベッドの上で、私は確信を持った声で神楽に言う。
「「この事件は、殺人だ」」
隣から聞こえた声と、私の声がどういうわけか重なった。それも全く同じワードで。
隣のベッドには、頭に包帯を巻いたキンダーガーデンと、その看病と思われるゴスロリ衣装の少女がいた。
「「あれ……そっちも事件!?」」