2、エンドロールを告げし者
♤♤♤♤
早朝から、私は神無ちゃんに呼ばれ、《ホルスの目》本部にやって来ていた。
朝早くというのもあり、大きくあくびをしながら、優雅に椅子に腰掛ける神無月の前に立っている。
「こんな朝早くに何ですか?」
「その様子だと、手紙、まだ読んでないみたいだな」
「ああ……そのことですか」
母からの手紙を、私はまだ読んでいない。
読むのが面倒とか、そんな楽観的な考えじゃない。そもそも文字を読めないとか、そんな幼稚な答えでもない。
ーーただ私は恐かった。
母のことは大好きで、心から慕っていた。けれど、そんな母からの手紙だからこそ、もう居なくなってしまった母の手紙だからこそ、私はまだ手紙を読めずにいる。
「まあ、いつか読みますよ」
その嘘を、神無ちゃんは見破っていたのだろう。それでも、彼女は何も言わずに、私をただじっと見つめる。
心配そうにも見えたし、残念そうにも見えた。
私の感性がちょっとおかしいのかもしれない。
だけど、これは私の物語だ。私の視点で語って何がいけない。私の本音をぶちまけて何が悪い。
だから私は、私が嫌いだ。
それでも私は、私を愛してる。
♡♡♡♡
遅刻なくそうウィーク初日、私は遅刻し、早速反省文千文字を生徒指導室などという拷問室のような重たい雰囲気の漂う部屋で書かされていた。
「はあ、遅刻がなんだ。私の生活習慣が学校に適合しないだけじゃないか」
退屈にも、私は眠たい文字を書き続ける。
私一人の一室か。
少し、寂しさを思い出した。
大きくため息を吐き、あまりにも退屈だったので携帯に目をやった。
丁度一通のメールが届いており、中身は《ホルスの目》からの仕事内容だった。
「ラッキー、反省文サボれんじゃん」
早速仕事内容を確認する。
『シャーロッティア、至急本部へ来てくれ』
「……え?」
たったそれだけの内容に、私は首を傾げていた。
あまりにも短すぎ、仕事で呼び出されているのか、それとも私的に呼び出されているのかが皆目見当がつかない。
「よっぽどの緊急事態なのか?」
にしても、少しでも情報は書いた方が良いと思うが……
困惑し、メールをじっと眺めていた。
どれだけ内容を吟味しても、それ以上の情報が得られることはなかった。
「あ、やっぱ遅刻してたんですね」
扉を開け、神楽が私のもとへ歩み寄ってくる。
「神楽、お前もメールが届いたのか」
「はい、にしても一体何なんですかね。ちょっと怖いですね」
「ああ。本当だ」
私は立ち上がり、書いていた反省文から目を逸らす。
「じゃあ行こうか。緊急事態みたいだしな」
「はい」
◇◇◇◇
ーー《ホルスの目》本部
天高くそびえ立つ巨大で純白な長方形の建造物、正面の壁には巨大な赤い目が描かれており、奇妙さを醸し出していた。両側面からは翼のオブジェクトが飾られている。
現在、百人を越える探偵が召集されていた。
機関に所属している者からフリーの者まで、またどちらでもない者も中には混じっていた。
なぜこれほどまでに集めれているのか、それは《ホルスの目》最高探偵長ーー神無ちゃんの第一声で理解した。
「《エンドローガー》が予告状を出した」
会場は一瞬で騒然とし、ざわつきが絶えない。
「先輩、えんどろーがーって何ですか?」
どうやら神楽は知らないらしい。
エンドローガー、それは口にするのも恐れ多い、世界で最も恐れられている組織だ。
「《エンドローガー》、それは現在進行形で世界中を巡って犯罪を起こしている最悪の犯罪者集団。その組織が予告状を出す時は、決まって世界規模の巨大な犯罪だ」
「世界規模って……」
本当に最悪な話だ。だがそれは、誇張していない事実である。
彼らは一度、ひとつの大陸を滅ぼし、海の底に沈めた大事件を起こしている。死者行方不明者、合わせて一千万人を越えた大事件。
誰も忘れるはずのない、最悪の事件だ。
「《エンドローガー》の予告はこうだ。一週間後、ここマリアンヌ大陸にある十三の都市を、ルーレットで決めた順番で破壊していく」
誰もが予想していた通り、災厄な内容だ。
それに、その決め方も最悪だ。
「阻止する方法はないのですか」
私の一つ前の席に座っていた探偵ーーメガネが立ち上がり、質問をする。
「あるにはある。彼らは最後にこう付け加えている。もし我々の計画を最初の都市で阻止すれば、この計画は白紙に戻そう、と。つまり始まりの都市で奴らを食い止めるしか、他に選択肢はない」
まるで遊んでいるようだ。
私たちは《エンドローガー》にもてあそばれている、そう誰もが思っていた。
「これより全勢力を十三都市にそれぞれ配置する。担当された都市は命懸けで護り、この世界を護り抜け」
神無月の勇ましい声に掻き立てられ、ほぼ全ての探偵が立ち上がって歓喜の声を上げている。
その中、私の他に、隣に座っていた小学生は興味無さそうにし、ペロペロキャンディーをくわえながらパソコンをいじっていた。
……ってかこの少年、どこかで見た気がするような、
と思い、少年をじっと見ていると、目が合った。
「あっ、喫茶店の子じゃん」
「昨日ぶりだね、シャーロッティア・エヌマ・エヌマ・アドリアノープル・イオリス・デ・ドラゴニアン・パラダイムシフト・ナーシア・テンペスト・エンペリアル・ナーガ・ヘルメタル・ナ・プリンシパル・プリンセスさん」
「か、完璧……!?」
私の名前を完璧にいる者が両脇に揃っていることに、私は驚くばかりだった。
「略してパラダイムシフトさんで良いですか?」
「そこで呼ばれるの初めてだよ……」
「じゃあパラダイムシフトさんで」
知的な口調の少年は、器用にもパソコンでゲームをしながら私を話している。
「多分ですが、僕はあなたと仇級都市を担当することになります。よろしくお願いします」
「?」
ふと頭の上に?を思い浮かべていると、神楽が私の横腹をつつき、モニターに目をやるよう視線を送った。
神無ちゃんの後ろには巨大なモニターがあり、そこに丁度仇級都市担当の探偵の名が記載されていた。
『・仇級都市担当
魔女っ子探偵
メンヘラガール
シャーロッティア以下略
神楽
キンダーガーデン・平家
源嗣黄泉
…………』
「僕、キンダーガーデン・平家っていうんだ。よろしくね」
「よ、よろしく……」