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1、始まりの喫茶

 ●●●●


「プリンセス、あなたはいつか出逢えるわ」


 母の優しい声と、温かく包み込んでくれる母の体。

 父とは全くの正反対で、父からは感じることのできない愛情が感じられた。


「お母さんがいればそれで良いよ」


「でもね、お母さんはプリンセスより早く死んじゃうから。お母さんが居なくなった後に、あなたを護る人がいないとお母さんは化けて出てきちゃうかもでしょ」


「その方が良いよ」


 無邪気だった私の返答に、母は微笑ましげに眺めながらも、苦笑していた。


「お母さん、居なくならないで」


「お母さんはあなたとずっと一緒に居たいけれど、これも運命なのよ」


「うんめえ? 何食べてるの?」


「そういうことじゃないのよ」


 お母さんはそっと私の髪を撫で、優しくほぐしてくれる。一本一本、優しい手で包み込まれたことで私はホッと落ち着いたような感じに襲われる。


「人生には魂にだけ刻まれた目標があって、人は自然と目標に向かって進んでいるのよ。それは前世でやり残したことであったり、神が与えてくれた使命であったり……」


 まだ幼い私には到底理解できない話だった。けどその時の私は、なぜか私を理解しているかのように聞き入っていた。

 何とも言えないような、不思議な感覚。


「お母さんの使命は娘を元気よく育てること。でも、その目標も今の人生でも叶えられそうにないわね」


 母は病弱で、ベッドから起き上がることはできても、そこから移動することはできない。いつも咳ばかりして、苦しそうにしながら窓から見える景色を眺めている。

 そんな母を、私はいつも呆然と眺めていた。


「プリンセス、あなたにはそうなってほしくないの。元気な内にあなたがやりたいことを見つけなさい。そしてそれを叶えて、天国にいるお母さんに自慢してね」


「私、お母さんみたいになりたい」


「お母さんはあなたに何もしてあげられなかった。お母さんみたいにはならないでね」


「違うよ。お母さんはいつだって私をーー」


 ーー愛してくれた。



 ♤♤♤♤



 そこで、私の意識は現実へと引き戻された。

 長い夢を見ていた。その夢はもう二度と会うことのできない母親との昔話。

 ーーだからかな。

 私の瞳からは涙の川が流れ、どこか寂しさを纏った切なさを感じていた。


「お母さん……」


 布団にうずくまり、昔の温もりを感じながら、しばらくそのまま……



 しばらくして、私はベッドから立ち上がり、カーテンを開けて太陽の光を正面から浴びた。気持ちよく伸びをして、窓から見えるコンクリートの街を眺めた。


 もう昔には戻れない。

 分かっているけど、分かりたくない。

 昔に戻れたなら、私はもっと幸せだっただろうか。


 毎日そんなことを考えては、答えが出ないまま身支度を終える。


 私は等身大の鏡に向き合い、自分の容姿を確認する。


 母譲りの金髪と茶髪のハーフのような髪色に、薄く透き通るような碧色の瞳をしている。母の遺伝子を受け継いだからか、体型はスリム。

 黒色を基とした仇級学園の制服を着こなし、何回かポーズをとってみる。


「……ん? 何故か外に人影を感じるのだが……?」


 気配というより、家の外で何やら物音がする。

 私はツインテールを作り、鞄を持ち、扉の向こうで待っているであろう人物のもとへ向かった。


「やはりお前か。神楽」


「先輩、一緒に登校しようぜ」


 相変わらず呑気で、それでいてマイペースな性格な神楽だ。初対面の時は俗に言う探偵服を着ていたが、登校する際は制服という規則は守っている。


 私たち二人は横並びで、冬のため、眠っている桜並木が立ち並ぶ歩道を歩いていく。


「先輩、昨日事件が起きたらしいですが、たった一日で探偵王子が解決したそうですよ」


「へえ、探偵王子か。あいつのせいで私たちの仕事が減ってるんだよな」


「まあまあ、平和なことは良いことじゃないですか」


「確かにな」


 とは言ったものの、探偵王子にあまり好意は抱いていないのは確かだ。

 私が解決した事件に疑問を持ち、探偵王子はいつも私の推理の現場に居合わせる。そして私の推理を論破し、真犯人を見つける。

 優秀だが、素直に称えることもできない。


「あれ? なんか元気ないですね」


「ああ、ちょっと色々あってな、疲れているんだ」


「ではあそこの喫茶店で一息つきませんか。まだホームルームまで時間はありますし」


 神楽に促され、通学路にある『エディルネ喫茶』に入ることに。

 店内は木造建築の様子が一面に押し出され、独特な香りが漂い、どこか実家のような穏やかさを感じる。


 メニューは十三種類のコーヒーと、四種類のデザートがある。常連客はこれらを毎日違う組み合わせで楽しんでいるのだろう。

 値段もリーズナブルで、学生でも通いやすい。


 客は私たちの他にサラリーマンらしき大人が三名と、カップルが二組、また私と同じ年齢くらいの学生が二人、小学生が一人。

 私たちが来た後に学生が一人増えた。


「先輩は何頼むか決まりました?」


「カフェモカかな」


 母親譲りの甘党であり、母親譲りのコーヒー嫌い。

 注文の際、「砂糖とミルク増し増しで」と念を押し、さらに甘さをブレンドする。


「先輩って甘党ですか。尿とか甘甘(あまあま)でしょ」


「飲んでみるか」


「ここはハードボイルドに、いただきます。とか言いたいところですが、さすがにやめときます」


 しばらくして、珈琲二杯が私たちのもとへ届けられた。一つが神楽の方へ、もう一つが私の方へ。


 ーーバリンッ、ガシャン


 珈琲カップの割れる音が店内に響いた。割れたのは私のもとに届けられた珈琲カップーーではなかった。

 サラリーマンらしき男性客が首を押さえながら倒れ、口からはコーヒーを吹き出している。


「まさか……殺人事件!?」


 指先がピタリと動きを止めた瞬間、この場にいた誰もがそう確信した。



 ♡♡♡♡



 倒れた男性客に、客や店員の視線が集まっている。

 真っ先に動いたのは、私と神楽だ。


「皆さん、落ち着いてください。私は《ホルスの目》の探偵です。誰もその場を動かないでください」


 殺人の場合、証拠を隠されるのが最も恐ろしいことだ。だが証拠さえあれば多くの場合、犯人だと断定できる。


 死んだ男性客の調査をする私を、学生の男がじっと見てきている。まるで品定めでもしているように。

 帽子を深く被り、新聞を読んでいるため、顔は私からでは見えない。どこかで見たことのある顔だが、思い出せないでいた。


「先輩、やはり毒殺です。典型的な特徴が男の様子から読み取れます」


 神楽は毒について詳しく、毒の情報までも教えてくれた。

 毒は『ダークテリトリー』製で、数十分ほど経過しなければコーヒーに溶けないカプセル状のものであり、体内に摂取することで死に至らしめるもの。皮膚に触れても害はないという、特殊な毒だ。

 また、服用者の首の後ろには蜘蛛のマークが浮かび上がるという。


「コーヒーに入っていたと考えると、誰がいつ、入れることができたのか、だ」


 死んだ男が入ってきたのは私たちがここへ来る前、私の知らないところで既に毒が入れられたとしてもおかしくない。


「ではこれより事情聴取を行いますので、皆さん嘘偽りなく答えてください」



 事件が起きたのは午前七時三十分、『ハッピー会社』に勤める男性が亡くなった。

 犯人である可能性が高いのは次の四名だ。


 二組いる内の一組は、彼と同じく『ハッピー会社』に勤めている。

 男性ーー赤井、女性ーー緋神。

 だが店内では話してはおらず、また会社内でもカップルと死んだ男は面識はないらしい。


 また常連客であるサラリーマンの男ーー神崎十月(とおつき)は、『ハッピー会社』と取引をしている『アンハッピー会社』に勤めている。ある程度の面識はあるだろう。


 最後は妙な仮面をつけているオーナーだ。午前中はいつも一人で営業しているらしく、コーヒーを提供したのがオーナーと考えると、最も犯人に近いのはオーナーだ。


 残りの客は犯人の可能性は極めて低い。


 まず私たちがやって来た後に来店し、死んだ男から最も遠い席に座り、一度も動いていない眼帯をつけた学生は犯人候補からは外れる。

 また来店前にはいたが、入店時から一度も席を立っていない金髪の女子高生と、さっきから新聞を読んで顔を隠している学生も違うだろう。


 またもう一組のカップルも席を立たず、じっとしていたので犯人候補からは外れる。にしてもカップル揃って黒スーツ姿というのは少々気になる。もちろん個人的に。

 カップルと自称しているだけで、同僚という可能性もあるが。


 そして残りのサラリーマン二名、一人は右腕に包帯を巻き、もう一人は地味目で目立たないようだが、二重にかけた眼鏡のせいで逆に目立っている。

 彼らは何度かトイレに行っているが、トイレのすぐ隣の席であり、その道中で男の席を通らないという理由もあり、犯人候補から除外できる。


 最後に小学生だが、あくまでも偏見だが不可能だろう。証拠も何もないが、ただ犯人でないと思われる。

 白髪に、純粋無垢な白い瞳、これで犯人ならば恐ろしい。



「神楽、この四人の誰が一番怪しい?」


「そうですね。やはりカップルでしょうか。同じ会社で面識は一切ないというのは、少々気になります」


「四人の行動を詳しく聞いてみよう」



 オーナーはカウンターでずっとコーヒーを作っていた。私たちも見ており、コーヒーに毒を入れることはカウンターに小学生、また神崎が座っていたという点からも不可能だろう。

 怪しい行動をすれば、この二人のどちらかが見ているはずだから。


 自ずと犯人は三人に絞られる。


 神崎は何度かトイレに行っており、その道中で死んだ男の席の後ろを通ることになる。死んだ男も何度か席を立っていたという点から、タイミング次第では可能だ。


 カップルもまたトイレに行く際に男の席の後ろを通るが、どちらもトイレには行っていないらしい。だが他の客の証言によると、ガムシロップやシュガーを男が取りに行く際、カップルの男性ーー赤井とすれ違っている。



「そういえば、さっき遺体を調べた時、ポケットに大量の砂糖が入っていることに気付いた。こいつ、相当な甘党らしい」


「へえ、私と同じじゃんか。なんか親近感湧いてきたな。だが、こいつが頼んだのってマンデリンだろ。超絶苦いコーヒーだよな」


「まあそういう人もいますよ」


 私と同じ甘党と思っていたが、そうでもないらしい。彼には興味を抱いていたのだが、残念だ。


「でも先輩、カップルの男の赤井は先輩と同じモカを頼んでますよ。きっと生粋の甘党ですよ」


 私は見逃さなかった。神楽の発言に、違和感を感じていたオーナーを。


「甘党に悪い奴はいない、というわけで赤井は犯人候補から外れるな」

「そんな適当な推理しないでください」


 ふと赤井のテーブルを見てみると、逆にこちらは砂糖もミルクも何もない。

 なんか対照的な二人だな。


「名探偵プリンセス」


「ん? ああ、オーナーですか」


「事件に関係がある可能性があるので、言っておいた方がいいかと思いまして」


「どのような情報ですか?」


「あなた方が来店する少し前、あちらの女性客がコーヒーカップを落としてしまったとがありました」


 オーナーが視線を向けている先には、緋神がいる。


「その時、死んだ男性の方以外は皆こちらに視線を集中していました」


「なるほど。その間に毒を入れることができそうですね。というより、死んだ男性はなぜ見なかったのですか」


「偶然にもトイレに行っており、いなかったのです」


「席を立っていたのは誰かいましたか」


「はい。あちらの男性とあちらの男性、もう一方はあちらの新聞を読んでいらっしゃる方です」


 赤井と神崎、そして私のことをじっと凝視している男だ。


 赤井はコーヒーに砂糖か何かをトッピングしたかったのか、それらが置かれているコーナーへコーヒー片手に行っている。

 神崎は死んだ男がトイレに行っている間、外でずっと男が出るのを待っていた。だが男が入る前にも一度トイレに行っていた。

 不気味な男は店内を歩き回った後で、割れたコーヒーカップを片付けるのを手伝っていたという。


「ただ不思議だったのは、割れたコーヒーカップは取って部分だけが綺麗に残っていたんですよ。確率は相当低いんでしょうけど」


 私はさらに詳しくオーナーから事件の詳細を聞いた。

 それを踏まえ、一度時系列を整理することにしよう。



 男が来店したのは私たちの一つ前。男は注文をし、コーヒーを少し飲んだ。男はオーナーに愚痴を吐いていたらしい。

「昨日は仕事仲間と飲み会をしており、一睡もしていない状態でしんどくて、腹も壊している」

 男は一ヶ月ほど前からこの喫茶店に毎朝通うのがルーティーンになっていた。

 神崎はバッグを持ったままトイレに行き、何食わぬ顔で戻ってきた。神崎のバッグには薔薇模様が描かれた紅いハンカチ、化粧品や香水、手紙などが入っていた。

 緋神はコーヒーカップを落とし、割ってしまった。オーナーと謎の男がコーヒーカップを掃除し、その間死んだ男はトイレにおり、その扉の前には神崎がいた。

 また、赤井は砂糖やミルクが置かれたコーナーにコーヒーを片手に立ち寄っていた。オーナーによると、減ったのはミルク一つと死んだ男のポケットに入っていた六つの砂糖だけで、あとは変わっていなかった。


 しばらくして、私たちが来店。

 死んだ男はコーヒーを飲んだ瞬間、突然苦しみ出して死亡した。

 それまでの間に席を立っていない他の客は全員犯人候補からは外れる。


「なるほど。単純明快だな」


「先輩、犯人分かったんですか?」


「もちろん」


 私は事件の終息を待つ客らの前に立ち、話し始める。


「では、事件の全容をお話ししましょう。犯人はまず、ここへ来る前死んだ男と酒を飲んでいた。その際、下剤でもいれておいたのでしょう。時間が経ち効果が現れ、それが丁度この時間帯だった」


 私は神崎の方へ視線を向ける。動揺する様子はなく、平然としている。


「その時に毒で殺すこともできたでしょうが、きっとそこではアリバイや自分が犯人ではないという証拠が作れなかった。だからこの喫茶店で行った。幸い、この喫茶には多くの客がおり、罪を被せることもできた」


「良い推理だ」


 新聞を読む学生が呟いた。

 気にせず、私は推理を続ける。


「いつ犯行を行ったのか、それはトイレだ」


 神崎の反応を見ると、少し動揺しているようだった。


「ここは喫茶、なら毒はコーヒーに盛られている、そう勘違いするでしょう。だから犯人は喫茶で、尚且つトイレで犯行を行った」


 既に犯人は疑われていることに気づいているだろうが、名を言わず、推理を続ける。


「トイレでどうやって毒を飲ませるのか。難しいと思いがちですが、意外と簡単なんですよ。ほら、最初難しそうだなって思って諦めたことが、後々簡単なことに気付いてがっかりすることがあるでしょ。それと同じです」


 いまいち共感を得られず、やや涙目。


「天井に化粧水か何かを塗り、ランプの明かりで溶けてちょっとずつ垂れていくようにしたんですよ。証拠はすぐに消せるお手軽な方法です。普通トイレは大の時は座ってするでしょ。だから顔の位置に化粧水を落とすのなんて簡単ですよ。顔を洗うために洗面所に行く。そこで水を出すのですが、蛇口に毒を塗れば、自ずと毒は水に感染する。蛇口の毒は、ハンカチでしっかり洗えば落ちるでしょう」


 ここまで言えば推理はロジックをなす。


「答えは明白。それをできるのは終始トイレに他の人が入らないよう、扉の前で待っていた人だけなんですよ」


 私は手を振り上げ、私が犯人だと推察する人へ指を差す。


「つまり、犯人はあなたですね。神崎さん」


「ーーそれは違いますよ。プリンセス」


 新聞を読んでいる学生は、帽子を脱ぎ、立ち上がって私のもとまで歩いてきた。

 声を聞いただけで、私は学生が誰であったのか理解できた。忌まわしい屈辱の記憶が、男を鮮明に記憶している。


「へえ、私の推理を黙って聞いているのは相変わらずだな。探偵もどき」

「いえ、探偵王子です」


 地毛の金髪に、自信に満ちた金色の瞳、憎たらしい笑み、昔から何も変わっていない。


「プリンセス、私の推理を披露しましょう」

「もどきが言ってくれるじゃねえか」



 ◇◇◇◇



 探偵もどきは私の推理を覆す。それはいつもの流れだ。

 だがしかし、今回の私の推理は完璧なはず。どこに覆せる要素があるというのだろうか。


 私の疑念を察するかのように、探偵もどきは「大丈夫です。私の推理は外れない」と自信過剰に呟く。


「なら犯人は誰なんだ?」


「それを説明する前に、真犯人のトリックを説明しましょう」


「トリックなら説明しただろ。あれのどこに間違いがある」


「確かに途中までは素晴らしい推理でした。さすがはプリンセスです。犯人は被害者と飲み会をしており、下剤を入れ、腹を壊させ、喫茶で殺人を行おうとした。そこまでは合っています」


「では犯人はどこで毒を飲ませたというのだ?」


「コーヒーですよ」


「コーヒー!?」


 私が一度否定したコーヒーという答えを彼は提示した。だが私は考えなしにコーヒーに毒が入っているという可能性を消したのではない。

 コーヒーに毒を入れるとしたらミルクや砂糖に混ぜること。だがそれらが置かれているコーナーで減ったのはミルク一つと被害者のポケットに入っていた六つの砂糖のみ。それは赤井が入れた。

 だがミルクを入れる瞬間は目撃されている。


「探偵もどき、お前は事件の調査をしていないからそんなとんでもな答えをーー」


「ーーミルクや砂糖にコーヒーを入れたのではない。コーヒーに毒を入れた」


「……ん?」


 私は困惑し、固まった。


「ど、どういうことだ」


「つまりコーヒーに自分で直接入れ、被害者に飲ませた」


「いやいや、いくらなんでも無理だ。毒はすぐにコーヒーに溶けるようなものじゃないし、溶ける前に飲み干す。それに他人のコーヒーに入れるような行動をしたら、他の人が注目して……」


 一度、全員の目が集まったことがあった。

 それは赤井の彼女である緋神がコーヒーカップを落としたことだ。


「もし、客の目を一点に集めるためにコーヒーカップの取っ手に傷をつけ、取っ手が取れやすいようにしていたら?」


 オーナーは取っ手だけが綺麗に取れていた、と不審がっていた。まさかこいつがコーヒーカップの掃除を手伝ったのは、それを確認するため?

 事件が起こる前から推察していたとでも言うのか。


「不可能じゃない。だが……毒はどう説明する?」


「毒は自分のコーヒーに入れたんですよ」


「被害者の自殺だと?」


「いいえ。犯人は自分のコーヒーに毒を入れ、溶けるのを待った。そして彼女のコーヒーカップを切れやすいようにし、自分はミルクでもトッピングすると言ってそれらが置かれたコーナーへ行く。

 彼女はコーヒーカップに細工がしてあることに気付かず、落としてしまう。皆の視線が集まった時、偶然にも、いや、下剤を飲ませて必然的に被害者をトイレに行かせていた。犯人は自分のコーヒーと被害者のコーヒーを入れ換え、何食わぬ顔で自席へと着く」


 彼の推理に矛盾はない。

 全て、これまでの情報の末に導き出される答えだ。


「つまり犯人は、赤井さん、あなたですね」


 赤井は膝から崩れ、床に手をつけた。


「なぜこんなことをしたのですか?」


「俺の彼女は、こいつにストーカーされていたんだ。だから、だから彼女のために俺はこいつを殺した。仕方なかった、仕方なかったんだ」


 色々と見えてきた。

 同じ会社で、それでも面識はないと嘘をついた理由。


「俺は……彼女に楽しく生きていてもらいたかったから……」


「女のために(あや)めただと。ふざけるな。お前がしているのはな、ただの自己満足でヒーロー気取りで身勝手な行動だ。こんなことしても、お前の女は喜ばねえぞ」


 神楽の叫び声が、店内に響く。

 突然の行動に、私を含め、店内にいた多くが驚いていた。


「一度愛すると誓った相手のことくらい、ちゃんと分かれよバカ」


 時にハードボイルドに、時にダンディーに、時にカッコいいのが私の弟子だ。

 ーーほんと、私とは正反対だ。


「先輩、既に拘束班を手配しました。もうじき来るでしょう」


「な、なるほど」


 神楽の目はいたって真剣だった。

 私の弟子は、本当にかっこいいな。


「赤井、出所したら、今度こそは彼女のことを分かって、ちゃんと守ってやれよ。今回みたいなやり方じゃなく、もっと正義の道を選んでさ」


 神楽の優しくも、向き合ってくれていると実感できる声に感化され、赤井は自分がしてしまったことの愚かさに気付いた。


「もう……こんなことはしない」


「それで良い。良い奴になれよ」


「ああ」


 喫茶店での事件に、一幕が降りた。

 後のことは探偵王子に任せ、私たちは喫茶店を出る。


「ってか、学校行かなきゃ」


「あっ、忘れてた」


「急げ」



 ♧♧♧♧



「ヴァンパニアちゃん、《不死鳥》が事件に巻き込まれて来るの遅れるって」


 桃色の長髪を両横で団子状にしてまとめた少女は、机を挟んで椅子に座っている彼女に伝えた。


「そうか、事件か。そこに探偵は居合わせていたか?」


「ええ、探偵王子と、もう一人は確かプリンセスとか呼ばれてたらしいですよ」


「プリンセス、か」

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