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9、平家星と源氏蛍

 ●●●●


 仇級都市のある幼稚園で、二人は出逢った。

 一人は頭脳明晰、大人顔負けの知識を有する少年。

 一人は知恵も身体能力も平均で、これといって目立つ才能を持たない少年。

 真逆の二人だが、同じ要素はあった。


 二人とも、名家の出身であった。


 仇級都市の二大勢力ーー平家と源氏。

 かつて争い合い、今でも牽制し合っている関係にある。


 本来、二人は出逢ってはいけなかった。

 だが神のいたずらか、二人は出逢ってしまった。

 まだ何も知らない子供の時期に。


「僕はキンダーガーデン・平家です」

「俺はアンダースクール・無名(なしな)だ」


 二人はーー出逢った。


 二人は不思議と仲良くなるのが速かった。

 三日もすれば一緒に外に遊びに出掛けるようになっていた。


 十日もすれば友達のことを親に話すようになっていた。

 だから、二人は後悔した。

 自分の家のことについて、もっと理解していなかったことを。


「無名、お前は相変わらず我が一族の恥さらしだ」


 父は無名に思いきり平手打ちをした。

 無名は後ろから倒れ、頭を強く打った。

 無名は頭を抑え、激痛を味わっていた。だが父は無名を心配することなく、吐き捨てるように言った。


「その平家の少年を殺せ。できなければ家から出ていけ」


 父はナイフを無造作に投げ捨てた。

 床に刺さったナイフを無名はしばらく眺めていた。


 まだ幼い彼らだが、親から高等な教育を受けてきた。

 一人は全てを吸収し、天才となった。

 だがもう一人は違った。


 無名はナイフを手にする。

 キンダーガーデン・平家を殺せば、父から愛を受けられる。

 父に自分を見ていてほしい。自分のことを大切にしてほしい。ただ、そばにいてほしい。


 無名は覚悟を決めた。


 幼稚園でキンダーガーデンと対面する無名。ナイフを袖に隠し持つ。

 今にもナイフを握り、振るわなければ。

 覚悟は彼を前にして飛散する。


「ねえ平、君の家ってすごかったんだね」


「ん?」


 キンダーガーデンは一瞬何を言っているのかと戸惑いの視線を向けたが、無名の悲しそうな表情を見て彼の真意を理解した。


「僕の家は確かに名門だ。でも君の家も同じだろ」


「うん。でも今は、普通の家に生まれてきたかったって、そう思うよ」


「やはりか」


「……え?」


「君の家の噂はよく聞く。ただでさえいがみ合っている敵同士の家系。そこでこんな噂を耳にした。君の父親が君に僕の殺害を促していると」


 無名は目を見張る。


「僕はそれを聞いて腹が立った。君の反応からして、多分それは本当なんだろう」


 キンダーガーデンは気付いていた。

 無名が袖に隠していたナイフを。


「僕はそれを知って見て見ぬふりできるほどお人好しじゃない」


 キンダーガーデンは決めた。


「無名、僕が君のヒーローになるよ」


 キンダーガーデンは無名に手を差し伸べた。

 無名にとって、それは希望だった。

 その手を掴む。


「さあ、変えよう。今から君の世界を」


 無名は話した。

 自分が源氏の中でどんな扱いを受けていたのか。どんな苦しみを味わっていたのか。


 キンダーガーデンは全てを受け止めた。


「もうあの家にいたくない」


「分かった。全部僕に任せろ。僕はお前のヒーローだからな」


 この日、キンダーガーデンと無名は二人で源氏の家へ向かった。

 巨大な木製の門、ギギギという音を立てながら静かに開き、腰に刀を提げた数人の従者が迎える。


「無名様、隣のお方は誰でしょうか?」


「僕はキンダーガーデン・平家。無名の父に物申しにきた」


 平家の人間と分かった途端、従者たちはひどく焦る。

 しばらくすると、従者は恐る恐る二人を父のいる部屋へ案内した。

 二人は部屋へ入る。


 三面の壁に刀が飾られた部屋、床は畳、襖は一面、天井には提灯が提げられている。よく見ると一本だけ刀がなくなっているような空白があった。

 部屋の中央では父が刀を抜き、無名へ向けている。


「覚悟を決めたわけか」


 父は刀を無名に投げた。


「殺せ。お前の手で」


「あなたが無名の父ですか」


 キンダーガーデンは物怖じせず、問いかける。


「ああ。お前はこれからあいつに殺される。さようなら」


 父は笑っている。

 無名は父が笑う姿を初めて見た。それは穏やかな笑いなどではない。


 しかし、無名は錯覚した。


「そうだ。平を殺せば父は喜んでくれる」


 無名は刀を手に取った。

 だが、刀は重く、その重さに比例するように彼の心に暗い感情が渦巻く。


「俺は……」


「無名、殺せ。お前はその程度もできないのか」


「父上、俺は、俺はやります。やれます」


 涙ながらに無名は叫ぶ。

 いざ父を目の前にしてむめいは逆らえない。これまで受けた恐怖が無名を従順にさせる。

 手足は震え、刀もまともに持てない。


「振り回されるな無名。君の手は汚させない」


 キンダーガーデンは一歩一歩無名に近づく。

 無名の刀の間合いにキンダーガーデンはいる。

 だが無名は刀を震えず、そして静かに刀を置いた。


「父上、俺は……友達は殺せない」


「バカ野郎」


 父は飾られていた刀を手に取り、無名に向かって走り出した。


「お前などいらない」


 父は刀を突き刺した。

 だが間一髪のところで刃先はキンダーガーデンによって変えられた。

 無名の前に立ち塞がったキンダーガーデンは、刀を腹に受けた。


 血が噴き出し、痛みが全身を駆ける。


「無名、ついでにお前も」


 父は刀を振り上げた。

 振り下ろされれば無名は死んでしまう。


「話を、僕は、あなたと話をするために来たんだ」


 キンダーガーデンは父の足に絡みつき、叫ぶ。


「邪魔だ」


「無名は必要とされても良い人間だ。あいつを否定するなんて、それでもお前は親なのか」


「うるさい。俺はこいつの親などではない」


 父は感情的に叫んだ。

 無名はその瞬間、絶望した。

 自分を取り巻く環境は何も変わらないんだと。

 父からの愛は一生受けることはないんだと。


「糸の切れたマリオネットなどいなくなればいい」


 無名は泣き叫んだ。

 父は無慈悲に無名に刀を振り下ろす。


 嫌だと叫んでも、愛してと泣いても、父は子を受け入れない。

 その絶望がどれだけのものか、まして子供にとって、父はどれだけの存在か。


 無名は思った。

 自分は存在しなくて良い人間だと。

 最後はせめて、愛してほしかった者の手で終わらせてほしい。


 だから刀は振り下ろされた。

 それでも刃は届かなかった。


「死なせない」


 無名の眼前に広がった光景は、幼い彼にしてみれば衝撃的なものだった。

 目は涙で滲み、鮮明な視界ではなかった。

 朧気な瞳で、確かに見た。


 父の心臓に刃が突き刺さっているのを。

 父は正面から倒れ、背中から深々と刺さった刀の柄がピンと立つ。


 すぐ側にいたキンダーガーデンは血に染まる。


「無名、僕は……」


 キンダーガーデンの脳裏を駆ける。

 自分は正しかったのか。

 だが彼はどれだけ知恵はあっても、か弱い少年だった。

 彼の心は自分を正当化するためだけに動いた。


 幼い子供の防衛本能。


 僕はヒーローとして当然のことをした。

 無名もこの行動を受け入れるはずだ。


「無名、僕は君のヒーローだ」


 キンダーガーデンは自分を憧れの眼差しで見ていてほしかった。

 自分はヒーローなんだって、自分に言い聞かせたいから。


 だが無名の目に憧れはなかった。

 目の前にいるのは、父を殺した罪人だ。

 無名は自分がどうするべきか、分からなくなっていた。


 無名もキンダーガーデンのように、自分を正当化したかった。

 父に愛されていないわけじゃない。

 今日この日を忘れることで、父からの浴びせられた言葉をなかったことにしたかった。

 だから彼はこの記憶を忘れることにした。


 無名は父の刀を拾い、天井の提灯に向かって投げた。


「父は火事で死んだ。そこに俺は関わっていない。全ての記憶はもう存在しなくて良いから」


 提灯の火は瞬く間に燃え広がる。

 木製の家は火にとっては大好物、一瞬で全ては灰になる。


 なぜか空いていた襖から飛び出す。


 僕は家から逃げた。

 何故家が燃えたのかも忘れ。

 何故逃げているのかも忘れ。


 そして出会った。


「汚いガキだ。昔の俺を思い出しているみたいだな。走馬灯ってやつか」


 《エンドローガー》に拾われ、過去の記憶を微妙に歪められた。

 その選択の果てに俺は罪を重ねるために未来を進む。


 キンダーガーデンは病院に運ばれ、意識不明に。

 目覚めた時、彼の側に無名はいなかった。


「ヒーローの憂鬱かな」


 キンダーガーデンは無名に謝るため、探偵として歩み始める。


 二人の関係は燃え盛る炎とともに消えていった。



 キンダーガーデン・平家は自分を恨み、

 アンダースクール・無名は愛を羨んだ。



 ♤♤♤♤



「以上が二人の話だ」


 神無ちゃんは話を終えた。

 二人の幼い頃の話を。


「今回の『XYZ殺人事件』はアンダースクール・無名によるものである。我々が彼を止めなければ、仇級都市は滅び、やがて世界に伝播する」


 無名を止めることが、世界の救いになる。


「そして今、キンダーガーデン・平家は一人で無名のもとに向かっているだろう」


 メンヘラガールははっと顔を上げた。


「だがこのままではキンダーガーデンは殺される。キンダーガーデン自身がそう言った。だから我々の手でキンダーガーデンを救うのだ。今こそ世界に革命を」

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