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探偵と助手・プロローグ

 ●●●●


 刻、刻、刻、と音を立てて時計の針は時を刻む。

 時計の長針はゼロを指し、短針はイチを指している。


「全部、お前のせいだ」


 ガラスが砕け散る音が響き、何かが床にぶつかった。血が円心状に広がり、殺人現場特有の血の匂いが散漫する。血を流す何かの下敷きになっているのは、先ほどまで元気に動いていた時計。


「お、お前が悪いんだ。俺は、悪くない」


 倒れる何かに向かって、左手に凶器を持つ男はそう吐き捨てる。


 しばらくして、その男は自分がしたことの大罪に気付いたのか、血に染まった左手を見て、すっとんきょうな声を上げながら走り去る。


 現場に残されたのは、血に染まった何かと下敷きになった時計のみ。



 ●●●●



 犯人は現場に戻ってくる。

 証拠を残してないだろうか、事件の調査に名探偵はいないだろうか、事件の進捗はどうか、自分が犯人とバレていないだろうか。

 など、様々な心理から始まった一つの行動。


 彼は現場に戻ってくる。

 血に染まった凶器を捨てられず、今も隠し場所を探しながら、野次馬の中に紛れて。



 ♤♤♤♤



 世界中から探偵が集まると言われている国際機関《ホルスの目》。その最高位の座に位置するのが、歴代探偵至上最高傑作との名声高い探偵の中の探偵ーー神無月(かんなづき)

 彼女専用の一室で、机一つ挟んで立っている高校生探偵がいる。


「シャーロッティア」

「いえプリンセスです」


 神無月の発言に間髪入れず彼女は訂正する。


「シャーロッティア」

「いえプリンセスです」


 神無月はため息を吐き、頭を抱えた。


「先日、お前に依頼した事件があるだろ。あれの件で、お前に厳罰を下さなければいけないことがあってな」


「私がミスを犯したと?」


 プリンセス、そう自称する彼女は自信に満ち溢れた佇まいで聞き返す。


「ああ。お前は組織の問題児だ。前回も、前々回もミスを犯した。そして今回も、だ」


「なるほど。皆目検討がつきません」


「嘘つけ。毎回毎回、お前に任せた事件は全て間違った答えを導き出し、罪の無い善良な一般人に冤罪を負わせている。おかげで我々の信用が損なわれている」


「失礼ですが神無ちゃん、」

「神無月最高探偵長だ」


 プリンセスの発言に間髪入れず神無月は訂正する。


「失礼ですが神無月ちゃん、」

「神無月最高探偵長だ」


 プリンセスはため息を吐き、頭を抱えた。


「何でお前が頭を抱える」


 プリンセスの態度に呆れ、神無月は頭を抱える。


「私の推理は状況証拠から事実だけを抽出し、答えを出しているに過ぎません。私の推理が外れているのは神無月最長漫画家大賞ちゃんのせいではありませんか」

「神無月最高探偵長だ。それになぜ現場にいない私のせいにする」


 まあ、部下の責任は結局上司にいく。と付け足し、神無月は依然として自信に満ちた表情を浮かべるプリンセスに感心していた。

 もちろん良い意味で、ではない。


「お前には一度部下を持つ者の気持ちを分かってもらった方が良いな」

「嫌です」


 急に真顔になり、ガチトーンで言い放つ。


「実はな、既にその相手はここに呼んでいる。もうすぐ来る頃だ」


 案の定、この部屋に向かう足音が聞こえてくる。やがて扉がノックされ、扉がゆっくりと開かれた。


 艶やかな銀髪に透き通るようなガラス玉の瞳、肌は真っ白で美しく、ビスケット色の探偵帽に探偵服を着こなした、中学生くらいの少女。


「彼女はーー」


 神無月が説明するのを遮り、彼女は自己紹介を始める。


「この運命の出逢いに感謝だぜ。俺は白銀(しろがね)神楽(かぐら)、今日からよろしくだぜ」


 ダンディーな口調で少女は言う。


 神無月は微笑み、プリンセスは対応に困って神無月の方へ視線を向けていた。


「プリンセス、お前も自己紹介してやれ」


「分かりましたよ」


 面倒な態度を装いながら、内心「待っていました」と言わんばかりにプリンセスは自己紹介を始める。


「よろしくな、神楽。私の名前は一度しか言わないからよく聞いておけ」


「はい」


「私の名はシャーロッティア・エヌマ・エヌマ・アドリアノープル・イオリス・デ・ドラゴニアン・パラダイムシフト・ナーシア・テンペスト・エンペリアル・ナーガ・ヘルメタル・ナ・プリンシパル・プリンセス」


 どや顔を決め、プリンセスは神楽の目を見た。だが神楽は動揺することなく、むしろ腕を組み、平然とした様子で立っている。


「今日からよろしくお願いしますぜ。シャーロッティア・エヌマ・エヌマ・アドリアノープル・イオリス・デ・ドラゴニアン・パラダイムシフト・ナーシア・テンペスト・エンペリアル・ナーガ・ヘルメタル・ナ・プリンシパル・プリンセス先輩」


「な……何!?」


 プリンセスは動揺のあまり、口を開けて呆然と神楽を見ていた。


「それと、実は私の名前もさっきのは省略形でして、一度しか言わないので記憶の片隅にでも覚えておいてください」


「しょ、省略?」


 困惑しているプリンセスに、神楽は容赦なく自分の名前を正式名称で告げる。


「私の名前は白銀・白夜(びゃくや)白虎(びゃっこ)白妙(しろたへ)白眼青眼(はくがんせいがん)白兎赤烏(はくとせきう)・まぼろば・銀世界(ぎんせかい)明鏡止水(めいきょうしすい)一蓮托生(いちれんたくしょう)風林火山(ふうりんかざん)画竜点睛(がりょうてんせい)・ゆかし・神和(かんなぎ)()(ころも)を返す・今を大切に・愛のままに・世界一愛した娘・世界一幸せな子・神楽だぜ」


「いや、もはや名前でも何でもないけど!?」


 神楽の名前を覚えられるはずもなく、プリンセスはただ苦笑いを浮かべて場を乗り切ろうとしていた。


「先輩、少しは私のことが分かりましたか?」


「あ、ああ。な、なるほどなー」


 棒読みで無感情に発した言葉に、神楽は思わず微笑んでいた。


「先輩って可愛いですね」


 プリンセスが男だったなら神楽に惚れていただろう。それほどに神楽の笑みは可愛らしく、心惹かれる魅力があった。

 あどけない笑みなんかじゃない、優しい笑みだ。


「ではシャーロッティア、これからは白銀と一緒に捜査をしてくれ」

「いやプリンセスです」

「何でそれは(かたく)な」



 ♡♡♡♡



 神楽という少女が私の弟子になってから一ヶ月、事件は起こらず、私は現場に向かうようなことはなかった。いつものように学校へ登校し、家に帰ってゲームをするという毎日。

 教室の隅で机に臥し、窓から見える景色に別に心を惹かれるわけでもなく、退屈に、呆然と眺めていた。


「そういえば今日転入生が来るんだったな。まさかとんでもない長さの名前の生徒が来たりはしないよな」


 世界は昔、広かった。

 ある探偵の言葉で、それはある歴史文献について調査し、書かれている古代文字を読み解いた末に言った言葉だ。

 今はもうその名探偵ーーアレクサンドリア・銀朱(ぎんしゅ)ーーは亡くなっている。


 だがもし事実だったとして、世界はなぜ狭くなったのだろうか。

 ある歴史学者が言うには、世界は封印された古代超生物によって存在していた大陸の五十パーセントが海へ沈んだ、という仮説もあれば、

 ある医者が言うには、人ではなく水に感染する新種のウイルスにより水位が上昇し、大陸の多くが海へ沈んだ、という説も存在する。

 またある画家は、世界はあらかじめ設定が作られており、その上で我々は人生という物語を始めている。つまり世界はゲームの中であり、我々はゲームの世界を自分の意志で生きることができる主人公というわけだ。


 なんとも興味深い話だ。

 だが同時に、なんとも残念な話だ。


 古代の何千年何万年という歴史という莫大な伏線があるにも関わらず、この世界に罪が消えることはない。

 人は自己の欲望のために罪を犯し、生まれた時は純粋潔白でただの綺麗な手を、業に染めるのだから。


「大きな敵を前に、人々は協力する」というのは迷信らしい。

 大きな歴史を前にしても、人々は自分の利益のために争い続けるのだから。


 しかし、私だって他人のために生きている訳じゃない。私は、私のために生きている。

 ーーだから、私は私が幸せであればそれでいい。



 心の中で熱く語っていると、ホームルーム開始のチャイムが鳴った。


 ここ仇級(きゅうきゅう)学園は中高一貫校であり、この都市では最も偏差値の高い学園である。しかし、偏差値が高いところにいるからといって、誰もが皆、頭が良いわけではない。

 私は平均値、常に学年の平均点を取り続ける。


 ホームルーム開始のチャイム時には、全生徒が着席し、静かに先生を待っている。


 数秒遅れて先生は教室へ入ってくる。いつもは引き連れていない生徒を連れて。


「なるほど……。これは、どういうわけだろうか」


 先生に連れられた生徒を見て、私は呆気に取られていた。なぜならその生徒は、私は一ヶ月前に会った生徒であり、尚且つ探偵であるからだ。


「どもども、俺は白銀神楽だぜ。短い付き合いになるかもだけど、よろしくだぜ」


 不敵な笑みを浮かべて、彼女は私の前に現れた。

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