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婚姻



 闇雪の魔獣ウルタギルスが討伐されたと報告を受けた。そして戦闘中に薬師が死亡したという。

 新勇者一行は遺跡の近くにあるウタギス村に長い間滞在しているらしい。


「残った3人はとても落ち込んでいるようですわ」

「ふむ……ここで立ち止まってもらっては困るが」


 他人事のように報告を聞き、ベルは溜息を吐いた。

 聖女とメイドの仲が険悪で、新勇者が仲を取り持ちながら鍛錬をしているのだとか。聖女は王都からの仕事を処理しているようだが、メイドが一方的に塞ぎ込んでいるようだ。旅の中で仲間割れすることもあるとは思うが、聖女とメイドが仲違いするとは思わなかった。


「仕方ない……こっちは待つしかないからな」

「もどかしいですけど、仕方ないですわねぇ」


 簡易的に報告を聞いた後は、村の仕事に取り掛かる。周辺の村にも肥料や作物の融通をしており、アラカラ村は村同盟の盟主村となっていた。ベルはアラカラ村の実質的な村長なので、盟主としても動いている。

 魔獣の生贄問題は解決しているが、徴兵問題は解決していない。18歳になった子なし男性、もしくは第一子が7歳になった男性が徴兵される。結婚適齢期は成人する15歳から、18歳になるまでに子供が生まれるよう調整する必要があった。

 それ以前に村の中で結婚適齢期の男女の比率が同じになることはないため、他の村とも協力して男女を宛がい、少しの間でも徴兵から逃れようとしている。結局は徴兵されるし、お見合い結婚が主流となるため、別の問題が発生するが村としてはこれが最善の方法だった。


 そうして周辺村集合のお見合いパーティーが始まることになるのだが、飽くまでも徴兵を先延ばしにするために結婚、子作りを手段としているので個人の好みなどは尊重されない。もちろん村の中で恋愛結婚する夫婦もいる。

 徴兵される男子の確保、という国の政策に加担する形になるが従っておけば目をつけられることは無い。現魔王を倒せば徴兵制度も無くなるだろう。もうしばらくの辛抱だ。


「で、どうだった?」

「私まで言い寄られましたわ、旦那いる設定にしましたけど」

「……お前の話は聞いてないんだが」 ベルは眉をしかめる。


 お見合いパーティーの結果をアルルから聞こうとしたら、自慢話を聞かされる羽目になった。結果としては何の問題も無く進んだらしく、5村で13組ほど夫婦が出来たという。

 ベル自身も、成人を迎えている結婚適齢期の男性だ。しかし、お見合いパーティーには参加していなかった。盟主だから、ベルが結婚も子供にも興味ないから、というわけではない。


「ベルくん、お疲れさま!」 ラネッタが駆け寄る。

「あら、奥様~」

「オッ……奥様はやめて!!」


 そう、ベルにはもうお見合いが必要ないのだ。かねてより共に過ごしていたラネッタと結婚。村を挙げて祝福され、ラネッタはアルルから度々からかわれている。

 ベルは結婚する気は無かったが、ラネッタからの熱烈な告白を受け入れた。新勇者が到着すれば魔王城に行って死ぬ気でいたこともあり、それらを説明した上で一度断ったが、ラネッタは引かなかったのだ。それ以外に断る理由も無かったので、ベルはラネッタとの結婚を決めた。

 元魔王だということも、魔獣の話も、全て打ち明けているラネッタが相手なら気兼ねなく過ごせる。


『前世が魔王だとしても、今は村人だもん。村人の生活を味わって良いんだよ』

『ふむ……それも一理あるな』


 1000年前の記憶が残っているせいで、1000年前と現代を比べてしまう。魔王としての記憶が残っているせいで、とてもじゃないが一般的な村人として過ごすことは叶わない。それどころか世界の危機に首を突っ込んでいる始末だ。

 魔王だった頃は、誘いも素直に受け入れることが出来なかった。だが、村人として転生した今なら受け入れても良いと思ったのだ。


「ベルくん、アルルさん、晩ご飯の用意出来ましたから食べてください」

「ああ、すぐ行く」 ベルが頷く。

「ベル様の母君も2人目の娘が出来たって喜んでましたよ……私、娘になるのは初めてですわ!」

「……ふっ、そうか。お前も村人を味わっておくといい」


 2人はラネッタの後を追って、帰宅した。

 後日、新勇者一行に動きがあったと報告があった。「闇嵐の遺跡」に向けて出発したとの事だ。



◇◇◇



 闇雪の魔獣ウルタギルスを討伐し、ウルギス村に滞在して1ヵ月が経った。

 聖女は王都からの仕事を処理しており、メイドは仕事を放棄して呆然と過ごしている。そんな聖女とメイドは新勇者を介して会話しているほど、冷戦状態だ。

 村の厚意で空き家を3軒と食事なども用意してもらっているため、衣食住には困っていないが滞在が長引きすぎるのはつらい、と新勇者は溜息を吐いた。


「シュン、待たせてしまってごめんなさい……」

「いや、もしもの場合の引継ぎの仕事だろ。お疲れ」

「ええ、ありがとう。私はいつでも出発できるのだけど、フィオラは……」


 新勇者のシュンは、この1か月間橋渡しの役をしていたのでメイドのフィオラを呼びに行くことを買って出た。険悪な仲だったとはいえ、メイドが一方的に距離を置いただけなのだ。気まずさから聖女も距離を置くようになってしまい、会話の切り出し方が分からなくなっていた。

 メイドが籠っている小屋に来た新勇者は、最低限のノックをした後返事を待たぬまま戸を開ける。用意されたベッドに座り込んで俯くメイドの姿が目に飛び込んできた。


「いつまでそうしてるつもりだよ、明日には出発するぞ」

「…………」


 食事はちゃんと摂っているようだが、日に日にやつれている気がする。精神状態の均衡が崩れているせいか、生命力にも直結する魔力が上手く作れず循環できていないのだろう。

 近年出回っている作物は栄養価が高く美味くなっていると言われており、魔力持ちが食べると魔力の回復を促し、整える効果が高まっているという。

 今のメイドの状態ではそんな作物の栄養すら吸収されない。全て垂れ流して、無駄にしているだけだ。


「……黙っていれば、喪った命が帰ってくるとでも思ってるのか?」

「………………良いですよね、あなたは──」


 婚約者(聖女の執事)を亡くしているとはいえ、慰める気も励ます気も無い。

 ようやく口を開いたメイドは冷たく言い放つ。


「──失うものが何も無いんですから」


 メイドがそう謂った瞬間、新勇者の中でプツンと何かが切れた。元々気の短い男だ、沸点が低い。

 村中に地響きが伝わるほどの殺意を纏った新勇者は、メイドを睨み付けた。怒りは変質し重く苦しい魔力として辺りに放出され、メイドはどっと冷や汗を吹き出した。


「お前、喧嘩売る相手間違ってるんじゃねぇの?」


 今まで新勇者は怒ることはあっても、これほどの殺気を出したことは無かった。この世界に来てからの自分を全否定された苛立ちと、的外れな言葉を言われた怒りは、これまで溜め込んできた不安と不満と焦燥が絡み合い爆発した。


「俺は、俺なりにこの世界に価値を見出してた。悪い奴らじゃないことが分かったから、俺も手伝おうと思えた。お前達が世界を守ろうとしてるから、勇者として出来ることをしようと思えた! ……失うものが何も無いだと? そうだな。守るべきものが無いってことは気楽になれるな! 清々するぜ。世界が滅びるまでそうしてろ」

「…………」 メイドは震えている。

「フレッドの死も無駄に終わったってことだな」

「……っ!」


 フレッドとは執事の名前である。執事の名前が出た途端、メイドは大きく反応した。勢い良く立ち上がると同時に冷静になったメイドは、陰鬱な気持ちで思わず言い放った言葉で新勇者を怒らせてしまったことに気付いた。

 踵を返して小屋から出ようとした新勇者は、いつの間にか外で待機していた聖女とぶつかってしまった。


「うっ……あ、ごめんなさい! ごめんなさい! 頑張りますっ最後までついて行きますからっ……!」


 メイドは足をもつれさせながら新勇者を追う。時折咳をしながら叫ぶため、見かねた新勇者はメイドの肩に手を置き魔力を送った。一時的な応急処置だ。

 するとゆっくりと顔色が戻っていき、メイドの魔力循環も正常なものになった。


「あっ、ありがとうございます……申し訳ありませんでした、シュン様に失礼な事を……」

「……いや、俺もぶちまけたし。悪かったな」

「リーシェ様も……メイドの仕事を放棄してしまい、誠に申し訳ございませんでした」


 聖女は深々と頭を下げるメイドに微笑む。出発はメイドの回復を待ってからということになった。

 先ほど新勇者が殺意を露わにし、村中に緊張感が走ったため全員ぎこちない態度で接してくる。魔力持ちは冷や汗をかいており、他の村人もどこか落ち着かない様子だ。 

 態度と口の悪さは治らないものの、新勇者はそれなりにこの世界を気に入っていた。もちろん勝手に召喚された怒りは残っているが、現地人の世界を救いたい誠心誠意に感化され「勇者」をすることにしたのだ。現地人が生きるのを諦めたらそれまで、ということ。


「シュン、ありがとう。無理やり連れてきてしまったのに私達のために戦ってくれて」

「……別に」


 聖女が破顔すると、新勇者は耳を少し赤らめた。誤魔化すように顔を背け、その場を去っていく。

 その後、メイドは順調に回復。精神状態もだいぶ落ち着いたようだ。しかし、塞ぎ込む前に言っていた言葉を撤回する気は無いという。


「闇嵐、闇焔の際に生贄が姿を見せたら排除しますので」 メイドはぴしゃりと言い放つ。

「……そうね、洗脳されてるとはいえ、こちらの邪魔をされてしまうのは困るものね……」

「本当に洗脳されてるのでしょうか、生贄自ら動いているように見えたんですが」


 闇華の遺跡で執事を殺した生贄は、まるで魔獣の敵討ちをしているようだった。闇雪の遺跡で薬師を殺した生贄は、確実に魔獣の援護をしていた。2体の魔獣を倒し2人の仲間を喪った今は、旅に出た初日より考えが変わってきている。

 もし生贄が姿を見せても極力殺さないように、と聖女は釘を刺しメイドは頷いた。


 新勇者一行は闇嵐の遺跡を目指し、ウタギス村を出発。

 闇嵐の遺跡の周辺はその名にふさわしい光景が広がっていた。暗く重たい曇天に、吹き付ける強風、叩きつけるような雨、激しく轟く雷。遺跡に近づくほど強まっていく。まるで嵐が遺跡の門番のようだった。


「俺たちにとっては道案内にしかなってねぇな」

「そうね、とても分かりやすくてありがたいわ」


 嵐は遺跡に近づけば近づくほど強くなっていくことが分かり、魔法で雨風を凌ぎながら突き進む。

 3人となった新勇者一行を待ち受けていたのは、闇嵐の魔獣ルガルアポル。新勇者シュンはゲーム知識から、ルガルアポルは鳥型の魔獣であることを知っている。雷と水と風の3種攻撃に加え、弱点らしい弱点が無く、基本的に持久戦。第二の魔王と言っても過言ではない魔獣だ。

 しかし驚いたことに、ルガルアポルは魔獣の姿ではなく人間の姿だった。迫力には欠けるものの、強さは変わらず、素早さが増している。


 更に驚かされたのは、顔を覗かせた生贄を魔獣自身が守りに入ったこと。メイドは有言実行し、大広間の奥にいた生贄を排除しにかかった。その時はまだ生贄は何かしようと動いていたわけではないが、何かされた後では遅い。

 生贄を殺そうとするメイド、生贄を守ろうとする魔獣、魔獣を追う新勇者。結果的に魔獣は生贄を守り切り、メイドは魔獣の電撃により絶命。直後、新勇者が魔獣を斬り倒した。


 魔獣ルガルアポルは人を守って、死んだのだ。生贄は泣きながら、人型の魔獣の亡骸を抱きしめていた。意気消沈した生贄が保護されたが、残された新勇者と聖女は立ち尽くす。

 メイドの弔いを済ませ、たった2人になった新勇者一行は休息もそこそこに闇焔の遺跡に向かうことにした。


「フィオラの言う通りだったわ……生贄達は操られてなかった……でもどうしてあんな行動を……」

「魔獣が生贄を守ったのは分からないが、生贄の心理はストックホルム症候群かもな……」


 聖女は首を傾げた。新勇者はストックホルム症候群に関して簡潔に説明する。拘束下にあった生贄が、魔獣と時間や場所を共有した上で優しくされれば、生贄は魔獣に好意を抱いたとしてもおかしくない。


「生贄達は寿命や病気以外で亡くなった人はいなかったみたいだし……魔獣を慕うようになるのも無理ないのかも。それにしても、あなたの世界にはそんな心の動きにも名前が付いてるのね」

「まぁ、ストックホルムは向こうの世界の地域の名前だけど」


 闇焔の遺跡にいる生贄達も、同じ心理状態になっている可能性が高い。近くのアラカラ村に立ち寄って、準備を進めることにしようと話し合い、歩を進めた。



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