明暗
時が過ぎ、村人に慕われるようになったアルルは「アルル様」と呼ばれている。当人もまんざらでは無いようで、楽しそうにしていた。
「闇華のラバルラバスと闇嵐のルガルアポルはそれぞれ侍者の1人と祝言を挙げていたのよ」
「そうなんですか? でも闇華の魔獣さんは……」
「残念だけど避けて通れない道なの、仕方ないわ」
ラネッタとアルルは洗濯物を干しながら話している。話題は魔獣と人の結婚に関してだ。2体の魔獣は役目に縛られつつも、侍者達と交流し続け愛を育んだ。
もっとも、闇華の魔獣ラバルラバスは新勇者一行に討伐されてしまい、侍者達は名目上解放となったのだが。闇華の遺跡も兵士が内部を調査した後封鎖された。
その後隠し通路から遺跡内部に入った元侍者からの情報によると、ラバルラバスが執事を殺した訳では無いと判明した。祝言相手となった侍者の男が命の限りを尽くし新勇者一行の執事を殺し、直後男は絶命したという。
役目とはいえ、魔獣達に課せられた使命は哀しいものだ。魔王城への道を作るために勇者に殺される必要がある、そのことを知っているのは魔獣本人と侍者、命令した本人である元魔王のベル、後はラネッタとベルの母。
ベル自身も繰り返した死の記憶がある元魔王ということもあって死ぬことを恐れてはいないし、死ねと命令することも厭わない。傀儡の魔王だった頃と違うのは、自身や魔獣の周囲に気を配っているところ。無意味に殺し続けていた日々は、今や誰かのために「明日」を取り戻すために行動する日々に変わっていた。
「アルルさんは、祝言を挙げたいとかは無いんですか?」
「……そうねぇ、皆良い子だけどそんな気持ちになったことは無いわね」
女子会の話題は少し柔らかなものになった。いずれ死ぬ身であれ、無駄な夢想を語るのは楽しいのだ。アルルは闇華と闇嵐の2人が祝言を挙げたという話を聞いて揺らいでいたが、自身の理想が固まっていないこともあって考えることを放置していた。
魔獣と分かった上でアルルに再アプローチを仕掛ける男達もいたが、主のベル以上に良い男がいないと感じ、付き合うことに対して無知だったアルルも、理解が追いついた今はストレートに断るようになっている。
「好きなタイプは決まってない感じですかね」
「う~ん……強いて言うなら、目的に対して手段を選ばない自分も周りも顧みない危険な子かしら……見てるだけでも楽しいと思うわ」
「ふふふ、観察対象の好みじゃないですか~」 ラネッタが笑う。
侍者も村人も良い子達で、良い子過ぎて刺激が足りないのかもしれない。一種の欲求不満なのだろうか。今のところ、良い人に巡り合える機会はない。
「私の事より、ラネッタはどうなの? あの方そっちは疎いから待ってたらダメよ」
「えっ……!? あぅ……頑張る……」 ラネッタは赤面して俯く。
洗濯物を干し終えると、アルルは狩りの前に遺跡に向かった。他の遺跡と連絡を取り合い、情報を得ている侍者達から報告を受けると、ベルの元へ。
「ベル様、作業中申し訳ありません。ここ最近の新勇者一行の行動報告をいたしますわ」
「ああ……では先ほどの方法で種の選別をしていろ、私は一度離れる」
ベルは村の子供達に選種の仕方を教えていた。特殊肥料だけに頼らず、選種や間引きをすることでさらなる品質向上を目指している。村の大人達は最近品種改良や加工法、保存法の改良にも力を入れており、盛り上がっていた。
アルルからの報告で、新勇者一行は執事が死亡後、遅れて合流した薬師の女性が仲間になったという。次の討伐対象は闇雪の魔獣だが、薬師が対抗手段となるアイテムを自宅に忘れてしまったとのことで薬師が生まれた「ハジマリの村」に向かったらしい。
「ハジマリの村……どこかで聞いたことがあるな」
「少しでも聞き覚えがあるなんて珍しいですね。勇者ミシェルの生まれ故郷ですよ」
それを聞いたベルは目を見開いた。薬師は勇者の妹シェリルの子孫だと言っていたらしく、遠いが血縁者である聖女ともすぐに意気投合。ベルは魔物の骨を薬剤の材料として使う辺り出来る奴だ、と高評価。
「それにしても対抗手段なんて何を用意しているんでしょうねぇ……ハジマリの村は隠されているらしく元侍者も追えなくて詳細は分からないようですわ」
「興味深いが……概ねこちらの思惑通りに進んでいるからな」
元になっても働き者である、闇華の魔獣の元侍者達は新勇者一行の後を追い情報を集め、遺跡を使って報告してくれる。もちろん慕っていた魔獣の遺言で「出来る範囲で良いからベウルエウル様の手伝いを続けてほしい」とあったからだ。
新勇者一行はハジマリの村から闇雪の遺跡に向かうだろう。かつての勇者ミシェルのように、そして数多の「ぷれいやー」達がそうして来たように。順番に攻略していくのだ。
◇◇◇
亡くなった執事と入れ替わりで仲間になった薬師のリルムが、ハジマリの村に忘れ物をしたため新勇者一行はハジマリの村へ向かった。
前魔王討伐以降、部外者が立ち入って荒らされることも度々あって、聖地ハジマリの村は隠されることなった。聖女も村が隠されていた事は聞いていたが、今まで訪れたことは無かったという。
ハジマリの村は隠されているが、一族以外の人間も外から連れてくることもあった。定住、結婚ともなれば色々厳しい条件も課せられるが、それでも村に残る者はいた。おかげで一族の血は途絶えることなく今に至る。
村での用を済ませ、新勇者一行は「闇雪の遺跡」を目指した。兵士たちも同行するが、遺跡内は新勇者、聖女、メイド、薬師の4人しか入れないため、外で待機している。
闇雪の遺跡の大広間は雪が降り、床は一面雪が積もっていた。ひんやりとした冷たい空気の中、吐く息は真っ白。歩きづらい雪面は足音をかき消してしまう。闇華が春なら、闇雪は冬といった感じか。
「お前が新しい勇者? 間抜け面は一緒だね」
青い龍のような魔獣が新勇者一行の前に立ちはだかる。
青い龍──蛟を模した闇雪の魔獣ウルタギルス。ゲームの設定を知っている新勇者は、闇雪の魔獣が「陽光」が弱点であることを知っていた。
しかし周囲は遺跡に囲まれ、天井を壊したとしても陽光は当たらない。遺跡の真上に太陽が来る時間帯を調査してもらったが、この辺りはハジマリの村同様隠された状態で昼間も太陽が見えないらしい。
せり上がる氷波が行動範囲を狭め、串刺しを狙った円錐状の氷が雪面から飛び出し、天井から氷柱が落ち何かに当たるまで追従してくる。噛みついてくる魚や突撃してくる大量の魚にも翻弄され、近づく事さえ出来ない。
魔獣は氷の鏡で魔法を跳ね返し、距離を詰められたら氷筍を出して足止めを繰り返す。
「……ゲームの時もイライラさせられる敵だと思ってたが、実際に相手すると余計にうぜえ!」
「? ……でもだんだんと圧せているようです! これなら!」
薬師は、わざわざ村に取りに帰った対抗手段アイテムを取り出した。それは人為的に陽光を発生させることが出来るもの。
「そんなものあるならさっさと出しておけよ!」
「ごめんなさぁい! 使用時間が短くて見極めないといけなかったんです~!!」
新勇者からの怒号が飛び、薬師は勢いよく魔獣の頭上にアイテムを投げた。魔獣はそれを撃ち落とそうとしたが、陽光が放たれ始めて動きが鈍り落とし損ねる。
ここから新勇者一行の反撃開始、かと思われたが薬師に攻撃が集中し始めた。新勇者、聖女、メイドは薬師を守りながら攻撃を引き付けようとするが、攻撃を捌ききれず薬師は攻撃を受けてしまった。
大広間の隅から小さく言い争う声があった。
「陽光出すなんてズルすぎだろ! ウルト様を守らなきゃ!」
「バカ! 何やってんだよ! ウルト様の邪魔するんじゃねぇって!」
薬師が受けた攻撃は2つ。1つ目は魔獣からの氷結攻撃で右腕から胸元にかけて凍り付き、2つ目は魔獣の援護をした生贄からの攻撃。凍った部位は砕け散って、肺の一部を削り取った。
メイドが倒れ込む薬師を支えた。損傷部は氷で覆われ、出血はしていない。骨まで凍った直後に砕けたためか、痛みは無かったようで薬師は意識を保っている。
用意した回復薬の性能は、この1000年間で随分と劣化が進んでおり重傷には効果が期待できない。薬師の一族が独自に開発を続けていた高品質の回復薬ならと、薬師のバッグを探す。
「リルム様! リルム様がお作りになった回復薬はどこに!?」 メイドが叫ぶ。
「うぅ……あぐ……ぅ」 薬師は小さく首を振る。
攻撃を受けた際、バッグも狙われており損傷を免れることが出来ず、回復薬も失ってしまったという。
ゲームなら、バッグ要らずだったし、敵が手持ちアイテムを破壊してくることなんて無かった。破壊するのは戦闘フィールドに展開したアイテムぐらいだ。小賢しい真似を、と新勇者は苦々しい顔で魔獣に攻撃を続ける。
その時、陽光を発するアイテムの輝きが増した。魔獣の動きは更に鈍り、攻撃が雑になっていく。
「もっと、魔獣に光を集中させるには……っ!」
聖女は、魔獣の周りに生えていた氷筍を魔法で切断。鏡面になったことで陽光は魔獣に向かって突き刺さる。完全に動きが止まった魔獣に、新勇者がとどめを刺した。
闇雪の魔獣ウルタギルスの死亡を確認すると、遺跡内の雪や氷は完全に溶けた。それと同時に訪れたのは、避けられない薬師の死。
「聖女の力でも無理なのか?」
「切断された部位を繋げるぐらいなら出来るけど、完全に失ってると無理だわ……!」
聖女は薬師の傷口から溢れ出る血を魔法で止めているが、だんだん心音が弱まっていく。聖女は分かっていてもなお、止血をやめない。
薬師は腕を失った時点で生き延びることは諦めていた。だから、陽光アイテムに命の全てを注ぎ込み活路を見出したのだ。突如輝きを増した陽光は、薬師の命の輝きそのものだった。
「ごめんなさい……」 聖女が掠れた声で謝る。
既に喋れない薬師は微かに微笑んだまま息を引き取った。やれることをやりきったと満足した安らかな顔だ。しかし聖女は悔しさで唇を噛みしめる。
その後、兵士達が生贄達を保護。闇華の遺跡同様、生贄達は解放されたことに喜んでいない。薬師の死の原因となった生贄はこちらを睨みつけている始末。耐えかねたメイドがガンを飛ばしていた。
「リーシェ様、もう生贄達は見捨てましょう。支障しかありませんから、魔獣に加担する動きを見せたら殺します」
「……フィオラ、本気で言ってるの? 彼を喪ってから冷静な判断が出来てないように見えるけど」
「失礼を承知の上で申し上げますが、リーシェ様も今後ともお変わりありませんか」
「………………」
冷たく言い放つメイドに対して、聖女は目を丸くし押し黙った。まるで図星を突かれたように、言い返せず狼狽えている状態。
婚約者であった聖女の執事を亡くして、メイドは日に日に冷淡になっていた。仕えるはずの聖女にさえ、抑揚の無い言葉をぶつけている。彼女の変わりようにも衝撃を受け、言葉の意味にも気付いた聖女は落胆してメイドと距離を置くようになった。
「まるで……魔獣を倒すために生贄を捧げているようじゃない……」
聖女は頭を抱えた。