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召喚



──6年後、アラカラ村。

 肥料を作ったことで沃地になり、村は着実に豊かになっていった。肥料を混ぜたディアス家の畑がは数ヶ月後には豊作となり、質良し味良し量良しの作物が出来た。その一角だけ緑地化が進んだことにより、当然村人達は目を瞠る。

 1年経っても魔獣は大人しいし、魔物の骨で作った肥料で豊作になっているし、村人は自分達の認識は間違っていたのではないかと思い始めていたのだ。


 時間が経ったことで、村人も大分落ち着き、冷静さを取り戻していた。そして自分達の置かれている状況が良くないことにも気付いて、代表して村長がベルとアルルに頭を下げる。

 そうして和解が進み、村人は全ての畑に肥料を導入。アルル、ラネッタと共に村の近くで魔物狩りも開始。ラウルア草は遺跡周辺で年中大量自生しているため、肥料のストックが切れる心配はなくなった。


 村人はアルルに従い、アルルはベルに尽しているため、実質アラカラ村の村長はベルが担うようになっていた。畑の豊作も、税を徴収するため定期的に訪れる兵士に見つからないように思案したのもベルだ。

 豊作がバレれば、納税額を吊り上げられるのは目に見えている。村人でも処理しきれない量であれば他の村や街に流しているが、基本的に村の中で加工して蓄えとしていた。


「ベルくん、こんにちは! 私の名前は何でしょう?」

「ああ、こんにちはラネッタ」

「ふふっ」 ラネッタは満足そうに笑う。


 6年が経った今、ベルは15歳、ラネッタは14歳になっていた。自然と采配を振る立場となったベルと、アルルと共に実力を上げているラネッタ。2人の距離は昔より遥かに縮まっているように見えた。


 魔獣の生贄問題が無くなったことで村人の心境が少しばかり穏やかになったこと、村の環境が整い豊作が続いたことによって、村は活気づいていた。しかしそれだけでは満足してはならない。

 ベルは村人に言い聞かせた。「平和にすることだけを目標にするな、平和になった後に何をするか考えておけ」と。


「新勇者が召喚されてもう2年ですね……闇華の遺跡からの連絡は2週間前から途絶えたきり。討伐と移動に時間がかかっているようですが新勇者一行は着実に迫って来ていますわね」

「どうした、怖気ついたか?」

「いいえ? ですが新勇者が来る前に私の好きな物見つけて供えてもらわないと」


 王都の聖女が「星渡りの儀」なるもので勇者召喚を行って早2年。召喚された直後の新勇者は、この世界の情勢も知らず、戦闘能力も持ち合わせていなかったために教育と訓練から開始。実力はあったようで見る見るうちに力を付けていったという。(ベルの中の勇者は前勇者だけなので、現代の勇者は新勇者と呼んでいる)

 新勇者一行は、強制的に召喚された新勇者、召喚した側の聖女、聖女の護衛兼世話係のメイド、聖女の護衛兼世話係の執事の4人。しかし闇華の遺跡で執事が死亡したという。


「怒らないんですか? ……ラバルラバスの愚行に」

「新勇者の仲間を死なせたことか? 我は新勇者に殺されろとは言ったが、殺すなとは言ってない……お前達が死にたくないと思っていることも知っているからな」

「あら……それならラバルラバスも本望でしょうね、私もいずれ逝きますから伝えておきますわ」 アルルは優雅に紅茶を口に運ぶ。


 現魔王を倒すには魔獣が新勇者に倒される必要がある。新勇者によって闇華の魔獣が倒され、魔王城への扉の封印が解けたことも確認出来た。

 待って殺されるだけで良い。命令は簡潔明瞭だったが誤算もあった。魔獣達はそれぞれ侍者達と接し、人間性を持ち始め、感情豊かになっていたこと。そのため侍者との別れが惜しく、この世からの離脱を悔やみ、ささやかな抵抗をしただけだ。


「待ち続けるのは当たり前だと思っていたんだがな」

「ええ、待ち構えてるだけで向こうからやって来ましたものね……」


 もう少しで新勇者がやって来る。現魔王に近づくために必要不可欠な存在を待ち望んでいた。

 でも本来待っていたのは新勇者では無い。


「こうも障害が多いと探しにも行けぬ」


 生まれ変わったのは、待つためではなかったはずなのに。



◇◇◇



 闇華の魔獣ラバルラバスを討伐した新勇者一行は、「闇華の遺跡」から一番近い「ラルラス村」で休息をとっていた。


 討伐までは誰一人欠けることなく終わったが、直後に聖女の護衛として共にいた執事が命を落としてしまった。遺跡に生贄として連れていかれいた1人がこちらを攻撃してきたのだ。洗脳されていたのか、闇華の魔獣が死の間際に生贄を操ったのかは分からない。

 生贄による攻撃は、遺跡を変形する強力なものだった。床は針地獄に変わり、出口を目指す新勇者一行を礫で執拗に追い、最後に通路の壁を狭めてきた。逃げ遅れ挟まれそうになったのはメイドと執事。執事はメイドを決死の想いで出口へ突き飛ばしたのだ。『お嬢様を頼む』と言い遺して。


「あぁぁ……」 メイドはずっと泣き続けている。

「お願いフィオラ……泣き止んで……スープだけでも飲みましょう?」


 立場が逆転し、今は聖女がメイドの世話をしている。自分を助けるために犠牲になったから、だけではない。メイドと執事は幼馴染であり聖女の側仕えであり婚約者であったために、喪失感は計り知れないものとなっていた。

 やがて泣き疲れたメイドは、借りた空き家で深い眠りに就いた。


 聖女は人目に付かない村の外れにいる新勇者の元へ向かう。ラルラス村の村人は解放された生贄達と新勇者一行を優しく出迎え、最大限のもてなしをしてくれた。

 6年前聖女は眠りに就き、告げた通り4年間魔力を溜めて目を覚ました。そして啓示された「星渡りの儀」によって、勇者召喚を行い現れ出たのが──シュン・アマノと名乗った男。


「……フィオラは眠ったわ」

「おう……お前は大丈夫なのかよ」

「大丈夫そうに見えるなら、その眼球洗ったほうが良いわね」

「……元気じゃねぇか」


 召喚した直後は、右も左も分からない生まれたての小鹿のような男だった。上背はあるのに筋肉は薄い、体力は無い、魔力の操り方も知らない残念な勇者。それでもこの男に賭けるしかなく、聖女は男に知識と修行の場を与えた。

 1年半の鍛錬は功を奏し、震えていた男は逞しくなり強くなっていた。変わらなかったのは態度と口の悪さ。礼儀がなっていないことを指摘しても、こちらの身勝手で拉致し勇者を押し付けた非を突いてくる。

 それでも自身が強くなったことで自信を持ち、余裕が出来たのか、世界の様子や人々に気を遣うようになった。接するたびに不器用な優しさが垣間見えるようになったのだ。



 死と隣り合わせなこの世界では、大切な者を喪っても大事な物を無くしてもすぐに立ち上がらなければならない。薄情に育ったわけではなく、強く振る舞わなければ、自分を騙していなければ、キリが無いから。


 気にしてない様子の新勇者も本当は動揺している。転移する前にいたのは日本で、身近に死はあれど立て続けに喪うことは滅多に無いだろう比較的平和な場所だった。

 召喚後に目にしたものは荒れ果てた大地、耳にしたものは懇願する人々の声。勉学と訓練に勤しんだ後に目にしたものは山積みにされた死体、耳にしたものは苦しみと悲しみの怨嗟。惨状に耐性が無かった新勇者は酷く狼狽した。

 そして次第に自分が置かれた立場を自覚し、手を差し出す決意を固めて旅に出たのだ。例えここがゲームの中だとしても。


「……生贄達は解放されたってのに、全く嬉しそうにしてないのは何でだ?」

「洗脳されてた可能性が高いわ……殺されてなくて良かったけど、精神状態は危ないの」

「……そうか? ……そういうことにしておく」


 聖女からの答えは煮え切らないもので、違和感を拭うことは出来なかった。闇華の魔獣が最期の抵抗として生贄を動かし攻撃して来た、と思い込もうとしている。何かが心のどこかで引っかかっていた。


『よくもっ……! よくもラヴィ様をッ!!』


 戦闘直後に奥から現れた生贄の1人が、大粒の涙を流しながら魔法を使った。闇華の魔獣ラバルラバスを愛称で呼び、怒りに身を任せ魔法を放ち続け、執事を亡き者にしたその生贄は、遺跡の中で息絶えていた。

 憎悪に満ちたあの表情が、哭きながら力を振るう様子が、まやかしであっても簡単には忘れられそうにない。



 呆然と過ごす新勇者と聖女に、声をかける者が現れた。腰を低くした女性は、儀礼的に頭を垂れる。


「勇者様、聖女様。お初にお目にかかります。私はリルム・クロスローゼ、薬師を生業としています」

「クロスローゼ、ということは……!」 聖女は目を見開いた。

「はい、かつての勇者様の妹君の子孫です! 新たな勇者一行が旅に出たと聞いて同行するために、ハジマリの村を出発したんですが、既に闇華の魔獣を倒された後だったようで……」


 前勇者ミシェル・クロスローズの妹シェリルも同じ姓を持っていたが、当時の王の意向により似た姓に変えた経緯がある。勇者ミシェルの子孫か、その妹シェリルの子孫か後世にも分かりやすくするためである。しかしクロスローゼ一族はある時から表舞台から消えていた。

 

「ハジマリの村! 今もあるのね!?」 興奮気味になる聖女。

「はい、ありますよ! かつの勇者様の出生地でもあったためか、魔王討伐後から外部から訪れる者が多くなり荒らされ始め……妹君がクロスローゼの姓と村を守るよう命を受けてから、村は隠されたのです」


 妹君の手記にそう書かれていた、と薬師のリルムは新品同様の手記をどこからともなく取り出して見せた。手記は魔王討伐後からの内容しか書かれていない。たまに討伐前の話を書こうとして途中で止めて、消した痕跡があったりもする。誰々が美しいだの何々が美しいだの、短い感想文が書きなぐってあるだけだ。

 聖女は手記を貸してもらい、隅々まで確認した。1000年近くは経っているというのに、ここまで綺麗な状態で保管されているのは驚きだ。中身を見ると、文体文法が現代と若干違うもののちゃんと読める。


「こんなにも保存状態が良いなんて……城にも魔王討伐当時の古い手記を保護魔法をかけて保管しているけど、形だけ保たれている状態で……」

「当時の記録があるのに読めないなんて勿体ないですね! これは経年劣化したものを修復するための薬剤です。魔物の骨とラウルア草を混ぜて発酵後、1:1の水で希釈して浸けますと復活してくれるんですよ! ページが破れていたり、文字が消えている場合は別途用意するものがありますけど」

「凄いわ! ぜひ城の古書も修復をお願いできないかしら」


 聖女と薬師がキャッキャと盛り上がっている様子を横目に、新勇者は大あくびをかました。自分には1000年前の事なんて関係無いし、古書修復に驚いても元の世界に持ち帰れる技術ではないから。


──新勇者は知っていた、この世界に来る前からこの世界のことを。

 この世界は元の世界にいた時にプレイしたことのある『終わりなき者たちへ』というゲームの設定と酷似していた。魔王の存在と魔獣の名称、魔物に脅かされる世界は同じなのだが、魔王は一度討伐されている未来の世界であった。

 ゲームで得ていた知識は、ほとんど意味を成さない。全員が知る常識か、全員が必要としていない情報かの二極化だ。最初こそ興奮し観光気分だったが、命がけであると身を持って知った今は、ゲーム知識などどうでも良くなっていた。


「勇者様と聖女様の他にお2人おられるんですよね、後程ご挨拶を……」

「……1人は先の戦闘で亡くなったわ」

「そ、そうだったんですね……」


 ふと薬師が顔を上げ、仲間入りの挨拶を申し出たところで聖女の顔付きが苦々しくなった。

 前勇者一行を模する子孫一行が揃っていたはずなのに、もう二度と顔合わせすることは叶わないのだ。

 聖女は静かに薬師を抱きしめて、「御先祖様の活躍に恥じないよう、共に頑張りましょう」と呟いた。薬師も柔らかく抱きしめ返し、強く頷いた。



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