共生
アルルこと人型の魔獣アルラカルラが村に来て、2週間が経った頃。アルルは不思議な魅力がある魔性の独り身女性ということで未婚の男性達から軽くアプローチをかけられていたが、付き合うという概念が無かったために無自覚に一蹴しているようだ。
遺跡の主で侍者に全て任せていたアルルだが、ベルの母の手伝いを率先してやり他愛のない話で盛り上がれる関係になっていた。村で過ごしていた元魔王のベルより、元生贄の侍者達と積極的に会話していたアルルの方が人間性を持ち合わせていたのだ。
ベルは基本無口で無表情のため、何を考えているか分からない。気紛れで行動することが多いので周りから関わろうとする者は少ない。だが、ラネッタは毎日ベルに話しかけていた。
「ベルくん! おはよう! 私はラネッタだよ!」
「ああ、おはようラネッタ」
名前を覚えるのが苦手と言っていたベルに話しかける際、毎回自己紹介を加える。するとベルは返事をしつつ名前を呼ぶ。別に毎日話しかける必要は無いのだが、ラネッタは1日1回名前を呼ぶことをノルマとしていた。
「ベルくん! 今日は良い天気だね! 私の名前はラネッタだよ!」
「ああ、良い天気だなラネッタ」
ラネッタは畑仕事中のベルに駆け寄る。普段無気力なベルが村人達と同様に、土地を開墾し、土を耕し、畝を作り、種を撒き、水をやり、植物の世話をしている様子が新鮮でたまらなくて用事が無くても話しかけてしまうようになっていたのだ。
畑仕事に関しては、幼い頃から手伝わされる。人手が足りないということもあるが、慢性的な痩せ地のため量を増やすしか他無いのだ。
世界中に放たれている魔物が、痩せ地の原因になっている。大地には魔力の一種である地力が含まれているが、ほとんどが魔物に吸収されてしまっていた。地力が無ければ土地は痩せ、作物は育ちにくくその栄養素も少量となり、人の成長も阻害されている。
その上、生産された作物の大半は税として納める必要がある。作物の多くは街や王都に流れ、村はギリギリの生活を強いられていた。納税に加え、徴兵、生贄問題もありあまり状況は芳しくない。
「そもそも、魔物を撒いておいてなぜ魔力持ちが必要なんだ?」
「今現在撒かれている魔物は、私たち魔獣から撒いたものではありませんわ。現魔王が撒いたものです。それに感じませんか? 今の魔物の歪な魔力に」
「この体になってからは全く感じなくてな」 ベルは堂々と答える。
「それは仕方ないことです。私も魔獣でありながらかつてのように動けませんもの。今回も、遺跡を離れた影響がそろそろ出てしまう頃ですよ」
魔獣たちは魔物を撒き、魔物が周囲の魔力を吸収。吸収した魔力が魔獣に送られ、魔王の元にも送られる。魔王は魔力を蓄えつつ、勇者を迎え撃つ準備をしていた。それが1000年前の話だ。
魔獣を倒せば魔王城への封印が解ける、という話にはなっているが、同時に魔王の耐性解除もされていく。つまり弱体化を促すのだ、と「ぷれいやー」だった勇者が話していた。
魔王と魔獣は繋がりがある。力の流れは双方向で、現魔王の歪な魔力が魔獣たちを苦しめていたのだ。繋がりを絶った魔獣は魔力持ちのおかげで生き永らえている。そのため現魔王は自ら魔物を撒いて力を蓄えているのだが、撒かれた魔物達も歪で世界中は大混乱。
1000年前には出来ていた生態系循環すらまともに行われず、魔力を生み出す側は搾取されるばかり。
「このままでは生態系は維持出来なくなりますわ……こんな状況でも勇者が現れないなんて、おかしいですね。ベル様がここにおられる時点でおかしいですけど」
「この世界は変わった、勇者は現れないだろう……何かしらの打開策が必要になるが、今は情報が少ないな」
「ある程度の情報ならお任せください。他の魔獣たちも貴方様からの下命を心待ちにしてますよ」
闇焔の魔獣アルラカルラを含め4体の魔獣がいる。闇華の魔獣ラバルラバス、闇雪の魔獣ウルタギルス、闇嵐の魔獣ルガルアポル。魔獣同士は繋がりを保ったままだ。
それぞれ魔力持ちを傍に置き、遺跡内の安寧を保っていた。魔力持ち達は半ば誘拐された身で、解放の機会が巡って来たにも関わらず、滅びの危機に陥っている世界や魔獣の力になりたいと遺跡に残ることを決心する者が多くいたのだ。もちろん数人は故郷や街に帰ったものの、誰1人魔獣に恨みを持っていなかった。
遺跡内であれば、他遺跡と連絡が取れる。王都に近い闇華の遺跡の魔力持ちは、王城へ取り入って情報を得ているらしい。
「1000年前、魔王を倒した勇者と第二王女が結婚。現在の子孫は魔力持ちで、聖女として崇められているようです。魔物を片付けた地域を浄化して回っているのだとか」
「ほう……お伽噺ではなく事実なのか。勇者は往生したのだろうな?」
「勇者の死に関しては秘匿されているのか不明瞭な情報しかなく……ですが生前は遺跡や魔王城へ花を手向けに足を運んでいたらしいと」
「それは確かか? フッ……あのくだらん趣味を続けていたのだな」
「……(ベル様嬉しそう)」 アルルは微笑む。
敵にも花を手向け弔う、そんなおかしな趣味を持っていた勇者。それは魔王を倒した後も変わらず、年に一度の忌日に花を手向けていたそうだ。若いうちは並行して他の趣味を手広くこなしていたようだが、年を取ると花を手向けるだけになっていたという。民衆に崇め奉られた勇者が魔王すらも大事に思っていたなんて知られるわけにはいかない。なぜそんな情報が得られたかと言うと、王城に取り入ったうちの1人が王族になったからである。
勇者と第二王女だけでなく、護衛騎士、勇者の妹、元料理人の3人もそれぞれ結婚してどこかに子孫がいるらしい。
誰にも聞かれないように、そんな話をしていると村人の叫び声が聞こえた。
「魔物が入って来た!! 逃げろォオオ!!」
「うわああっ! ぶ、武器を取れえっ!!」
禍々しい姿の魔物を引き連れて、逃げ惑う青年。魔物は大小疎らで30ほど。
村の男達は農具という名の武器を持ち、女子供は村の奥に避難を開始した。人々の悲鳴にも魔物の咆哮にも慣れているベルは動じない。その背後を狙う魔物がいても、眉一つ動かさない。
「──ベルッ! 危ないッ!!」 村人が叫ぶ。
「ほら、言ったでしょう? 不安定だから影響出ますよって」
ベルを襲う魔物を、アルルが一瞬にして消し炭にした。遅れて背後を振り返ったベルは炭化した魔物を見下ろして、微かに嗤う。見下したわけではない。人間に転生して鈍くなりすぎた自分を嘲笑したのだ。
アルルが他の魔物も一掃、とはならず問題が発生。アルルは魔法を放った影響で体内の魔力バランスが崩れ、魔獣の姿に戻ってしまった。このままではまともに戦えない。
「あら……このままでは私が村を滅ぼしかねませんわ」
「──ラネッタ! お前の出番だ」 ベルがラネッタを呼んだ。
魔物が村に入って来た事と魔獣が現れ出たことで村中は阿鼻叫喚。
ラネッタは母と兄と共に避難する前に魔獣の姿を確認したため、家の前で立ち止まっていた。
「私行かなきゃ!」
「何を言ってるの!? 馬鹿な真似はやめてちょうだい!! 戻って!!」 ラネッタの母は悲痛な叫びを上げる。
「ごめんね、ママ! 私にしかできないことがあるの! お姉さんたちとも約束したことだから!」
自己紹介していないのにベルから名前を呼ばれた衝撃も相まって、ラネッタは走り出した。お姉さんたちとは遺跡内に残ったモニカ達のことだ。約束したのは、魔獣のサポート。
「魔獣が遺跡を出た影響で、近いうちに村を守る結界に揺らぎが生じる。私達が揺らぎを一瞬に抑え込むけど、それでも魔物が結界を潜ってしまう可能性はあるから魔獣が主戦力として戦うことになる。魔獣は不安定だから魔力持ちであるあなたが傍にいないと上手く戦えない。だから怖がらず一緒にいてあげてほしい……村を守るためにも!」
その切実な願いは自身の想いと同じものだった。魔獣が悪い存在ではないことも知っている、魔獣は村人を守るために戦っている、だから逃げるわけにはいかないのだ。
「アルルさん!」 ラネッタが駆け寄る。
「ほら、背中に乗って。落ちないように魔力で固定するのよ」
「魔獣との繋がりを意識しろ、同調出来れば魔獣の力が安定する。後は攻撃時の消火だ、魔獣の思考を読み取って動きを追え──アルル、魔物は形を残せ」
「かしこまりましたわ」
アルラカルラが乗りやすいように屈み、ラネッタは躊躇いなくその背に乗った。魔力の存在を意識する練習をしていたが、何せ実戦でやることが多い。まず背から落ちないように魔力で跨いでいる位置を固定、魔獣と魔力同調して一体化、魔獣が攻撃した際に出る飛び火の消火。そんな複雑な命令を簡潔に説明されたラネッタは混乱したものの、本番に強かったらしく全てやりこなした。
魔獣アルラカルラの炎攻撃により次々と魔物が地へ落ちる。消火のイメージから水を連想したラネッタは、辺りに散った飛び火の動きを読んで水魔法で消火していく。初めての同調と実戦にしてはうまく行き過ぎているぐらいだった。
「上出来よ、頑張ったわね」
「わぁ……ほんと? 良かったぁ」 ふわふわ答えるラネッタ。
「初めてにしては素晴らしい連携だったな」
結界の内側に侵入した魔物の処理が終わり、魔獣アルラカルラの姿から人型になったアルル。変化した際に背に乗っていたラネッタは肩車されていた。
3人で楽しそうにしていたが、一部始終を見ていた村人は真っ青な顔をさせて恐怖している。
「まもの……っお前、魔物だったのか! 人に化けて騙して俺たちを喰おうとしてたんだな!?」
先ほどの出来事を目にしていたはずなのに、理解が及ばなかったらしく魔獣を罵倒し始めた。混乱しているから仕方ないとはいえ、冷静さを欠いている現状ではどう説明しても無意味だろう。
「ダメだよ! アルルさんはみんなを守ってくれたんだよ!?」 ラネッタが抗議する。
「魔物の襲撃はそいつが仕組んだことだろう!! 村に居座られたら堪ったもんじゃない!!」
「なんで!? アルルさんがみんなに危害を加えたことなんて無いのに!!」
「2人ともこっちに来なさい! まさか洗脳までしているのか!?」
「子供を利用して、村に侵入した不届きモノめ……!!」
何を言っても通じない村人達を目の前にして、ラネッタは目に涙を浮かべた。守るべき存在、守ったはずの存在が武器を持ってこちらを睨み付けているのだ。その光景にはショックを隠せなかった。
「ベル様、先日紹介するつもりだったのでしょう?」 アルルは平然としている。
「……ふむ、仕方ない。黙らせるか」
「っだ、ダメーッ!!」
ラネッタの感情が爆発したと同時に、水魔法が暴走。頭上から大量の水が降り注ぎ、村中滝行したように浸水した。村人はずぶ濡れで呆然としている。
大泣きしているラネッタを見上げ、ベルはため息を吐く。アルルは3人の濡れた体を瞬時に乾かした。
「今ので幾分か頭が冷えたことだろう。アラカラ村の民よ、ここにいるのは闇焔の魔獣アルラカルラだ」
なんとベルがアルルの紹介を始めた。それにはアルルもラネッタも驚いて目を丸くする。
魔物に敵わないのに、魔物を倒した魔獣を追い出そうとしている矛盾した行動。目の前にいるのが言葉が理解できる女性が相手なら敵うと思っているのだろうか。三竦みではなく食物連鎖だ。この場ではもちろん人類が最下層である。
「小さな魔物1体にすら力及ばない者は魔獣の機嫌を取り、恐怖すればいい。この事に関しては箝口令を敷く、命が惜しくば身を縮めて大人しく暮らせ」
「まぁ、恐怖で縛っては可哀想ですよ」 アルルは他人事のように嗤う。
「理解を得られないならこの方法が手っ取り早い」
村人からは、ベルがアルルの従者にしか見えないだろう。子供を利用して村に取り入って1人ずつ喰っていく人狼があぶり出したところで、その圧倒的な強さに平伏すしかない。最初から魔獣であると紹介し、生贄の件も誤解であると説明しても全員が納得するはずもない。
それなら恐怖心を呼び起こして支配するだけだ。その恐怖に慣れるか、恐怖が間違いであると悟れれば村人の勝ち。恐怖を取り除こうと敵意を向ければ村人の負け。
どちらにせよ、しばらくは静かになる。