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約束



 紆余曲折。勇者の仲間を紹介され、色々な場所に訪れ、色々な食事を堪能し、色々な人々と触れ合い、色々な経験をして、多くの死を偲んだ。

 勇者は度々、我を見ては「弟を思い出すよ」と零す。お前にいるのは妹だろうと指摘すると、笑って誤魔化す。


 彩り鮮やかになっていく景色の中で一番映えていたのは、勇者の驚愕した表情。


「──この先ずっと、我とお前が友人になることは無い」

「……マオベル……っ!」


 そう教えてくれたのは他ならぬ、勇者自身だ。

 この世界は誰かが思い描き、誰かによって組み上げられた箱庭。繰り返していたと思っていたのは勘違いで、本当は幾人もの「ぷれいやー」が「勇者」として行動していた幾つもの並行世界を見ていただけに過ぎない。


『進みたくないなぁ……闇焔(あんえん)の魔獣も倒して、後は魔王だけ……倒したら俺はその先も生き続けるんだよなぁ……ここは現実だもんなぁ……繰り返せない1度きりの現実……』

『お前は勇者だろう、迷う必要もない……繰り返しか、繰り返しの最後なのだとしたら、なおさら』


 闇焔の魔獣アルラカルラを討伐した勇者一行は休息を取っていた時の事。魔王はマオベルとして地味に上から目線で同行、闇嵐(あんらん)の魔獣ルガルアポルと闇焔の魔獣アルラカルラへ花を手向けていた。

 酒場の隅で、勇者ミシェルは酔った勢いで泣き始めた。今までも危うい瞬間はあったが、誰かの前で弱音を吐きだすのは初めてのことだ。初対面の時点で本音を話していた相手だったからか、気も緩んでいたのだろう。


『……嫌なんだ、嫌だったんだ本当は……好きだったんだこの世界が、魔獣たちだって。魔王の事も好きなんだよ』

『……』

『元の世界に戻りたい……魔王とも和解できるルートがあるなら教えてよ公式ぃ……俺はただのいちプレイヤーに過ぎなかったのに……殺したくない……もう何も……』


 さめざめと泣き続ける勇者。長い間勇者としての重責を抱え、重荷を背負い、有名であるせいか逃げ出すことも許されなかったのだ。

 律儀に魔王城で待ち続けていた昔の我と似たような境遇。我は見えない鎖に気付いてしまえば断ち切るだけで済んだが、勇者の場合は大衆の希望が鎖になっている。


『元の世界というものが我には理解が出来ない……お前は勇者の役割を与えられた何者だ?』

『……俺は、ただの日本人で、ただの新卒社会人で、ただのゲーム好きで、“終わりなき者たちへ”を愛していたごく普通の人間……勇者なんて器に相応しくない、ちっぽけな……』

『…………お前は十分勇者に相応しい人間になったじゃないか。近くで見てきた我が保証しよう、お前は魔王に挑む資格がある』

『……うぅぅ、だから戦いたくは…………でも、マオベルが気を使って言葉を選んでくるなんて、びっくりして眼が冴えちゃった』


 とはいえ酒が抜けているわけではないため、情緒不安定は継続している。勇者一行と行動を共にするまで気遣いも思いやりも知らなかったが、そういう選択肢もあると知ってからは考えるようになっただけだ。

 泣いたり笑ったり忙しい勇者から根気強く聞き出すと、勇者は別世界からの転生者だと漏らした。この世界は誰かが意図して作り上げた平面的なゲームであること。勇者を操作する「ぷれいやー」が幾人もいること。何度も繰り返して勇者を強くしていくこと。だがここは現実で間違いないから、繰り返すことは不可能であること。勇者が魔王を倒した先の物語は描かれていないということ。


『……魔王を倒せば元の世界に帰れないのか? そこで物語が終わっているなら可能性はあるだろう』

『それは分からない……どちらにせよ、魔王を殺さなくちゃならないなんて……』

『ふむ……今が繰り返しの終点なら、お前が物語の続きを作ればいい』

『……え?』

『お前は我に言ったな、「色んな事に触れて好きなものを見つければ、この先不安なことがあっても救いになるよ」と。この先、勇者という役割から解放されたお前を救う事柄はあるのか』


 この問いに、勇者は目を見開いた。ゆっくり背筋を伸ばし大きく深呼吸をすると、はらはらと涙を零し出す。酒を飲みながら泣き続けているため、脱水症状を起こしかねない。


『そうだよな……ここまで勇者として行動してきたのに、今更弱音を吐いて魔王は倒したくないなんて通用しないもんな。この道を選んだのは他ならぬ俺だ、まず勇者という責務を全うしなきゃ』

『覚悟が決まったか。弱気のままではつまらんからな』

『ありがとう、マオベル……正直途中何を話してたか曖昧だけど、スッキリした──で、俺と友達になってくれないか?』


 泣き腫らした目で、こちらに手を差し出してくる。

 我はため息をついた。この誘いは今回が初めてではない。酒の席以外の正常時でも幾度も聞いたセリフだ。いつだったか、我を「友人だ」と紹介した勇者に対して「友人になったつもりはない」と否定したところ、事あるごとに「友達になろう」と口にするようになっていた。

 すぐさま「断る」と返し、泥酔した状態の勇者を引き摺って勘定を済ませた。


──勇者と魔王が仲良くなるなど絵空事。夢のまた夢。


「友人になれるはずなど無いと理解したか?」

「……嘘だ、嘘だ嘘だ! そんな……っ!」

「我は魔王で、お前は勇者──それ以上でもそれ以下でもない。ならば互いの責務とやらを果たしてみようではないか!」


 魔王城の謁見の間に着いてから、魔王の姿がないと戸惑っていた勇者の背後から歩み進め、正体を現し見せたマオベル。マオベルが魔王だと知った勇者は、驚愕と当惑に打ち震えていた。

 勇者の狼狽えも虚しく、最終決戦の火蓋は切られた。勇者を含めた5人と魔王1人の戦いは、非情になりきれない勇者たちが圧されている状況が続いた。

 魔王は容赦無く拳を振るい、剣で斬りつけ、魔法を放つ。勇者の仲間たちは次第に、瞳に生気を宿し始めしっかりと応戦するようになった。


「ここへ来るまであなたは同胞を自ら切り捨てていたというのですか!?」 国を愛する第二王女は、涙を流しながらも強かに言い放った。


「……散々あなたを疑っていましたが……ここに来て自分の考えが間違っていてほしかったと思ったのは初めてですよ……!」 第二王女の護衛である騎士は俯きながら、唸るように言った。


「わ、魔王の姿も美人……まだ眺めていたかったなぁ、ずっと一緒だと思ってたのに……もう前が見えないや」 男女問わず美人好きな勇者の妹は、ぼろぼろと涙を溢れさせることで直視を避けていた。


「まだこの世には美味しい料理たくさんあります! 同じ釜のメシ食べたのに、なぜ! なぜですか!?」 一風変わった元料理人は震えながら怒鳴り、癇癪を起こした子供のように喚いた。


「この世界はまだ広いはずなんだ……まだ見ぬ世界を、平和になった世界を、仲間たちと観光出来たら……どんなに楽しいかって……そう考えることも許されないのか、勇者って」

「……お前が目の前にしているのは魔王ベウルエウルだぞ? そのような夢想に浸れるほど退屈か、ならば前座は終いにするとしよう──さあ来い、勇者!」

「……今思うと君は、一度も俺の名を(ミシェルと)呼んでいなかったな」


 これはゲームだ、と初めて魔物を倒した時の生々しい感触と血生臭さに必死に思い込んだ。夢であれ、と初めて人が死ぬ様を目の当たりにした時に散々祈った。嘘であってくれ、と今現在願い続けている。

 そんな現実逃避をする勇者の横で、仲間たちが魔王に立ち向かっていく。仲間たちがマオベルと魔王と認識し、勇者に声をかけ続ける。

 魔王はおもむろに綺麗なしゃぼん玉を浮かせた。しゃぼん玉はいまだ回避と防御に徹している勇者の眼前に、ふよふよと漂い近付くと何の前触れもなく爆発した。


「幻滅したぞ……勇者としての責務はどうした? 」

「……っ!?……!?!?」


 爆発による熱風で顔中を大火傷し、左目は即失明、右目も著しく視力を奪われた。魔王の腕一振りで起こされた風圧により、仲間たちも壁に打ち付けられ、しばし静寂が訪れる。

 第二王女は右腕を、護衛騎士は左腕を、勇者の妹は右脚を、元料理人は左脚を一瞬にして失った。行動が遅い、判断が遅い、そのせいでまた失っていく。その事実にようやく気付いた勇者はフラっと立ち上がった。


 目の前に立ちはだかっているのは、マオベルではなく魔王だ。無慈悲なまでに冷酷に振る舞う君だけに、そんな役割を押し付けるのは嫌だから。俺も奪わなければ、非情にならなければ、勇者をしなければ────。

 剣を握り直し、勇者は魔王に斬りかかった。激しい攻防が始まり、部位欠損した仲間たちも決死の思いで援護し、魔王を圧し出した。やがて、勇者の剣が魔王の腹部を貫いた。


「俺は勇者で君は魔王で……そんな役割が無い世界なら……俺たちが何の変哲もない人間だったら……」

「…………」

「でも君は死ぬ……そうだ────生まれ変わったら、友達になろう」

「…………ふ、……そ、れも、わるく……な、いな……」


 勇者の剣で穿たれた魔王の身はみるみるうちに朽ち果てていき、最期の返事をした後跡形もなく消え去った。



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