無窮
城の自室で眠っていたはずが、日本にある自宅の自室のベッドで目を覚ました。
新勇者こと天野瞬は、自身に起こっていた出来事を思い出し、体を起こした。デジタル時計が映していた日付は、異世界に召喚された日の朝。全て無かったことになっているようだったが、気分は最悪だった。
その日は休日だったが用事があったため早起きをした。しかしいつの間にか白い空間に連れてこられ、自称神に何かしらの説明を受けて、聖女が召喚の儀式を行っている場所に放り出されたという流れだ。自称神との会話ははっきりと覚えてい無いものの、帰りの際には2つ願い事を叶えてもらった。
こちらの世界に大きな影響を与えるようなことは無理と言われたが、クソ神から施しを受けるのも嫌だった。
1つ目は魔王討伐が終わった世界で罪の器や討つ者を必要とする儀式を失くした上での安定を保証すること。
2つ目はあの場で交わされていた約束事を叶えること。
元の世界に帰ることは前提条件とされていたので、瞬は自宅に戻された。
やはり向こう側世界の出来事と関わって来た人々を思い出すと、平穏な世界に戻って来れたことを素直に喜べないのが現状だ。
1階に下りて、リビングで両親と挨拶を交わす。キャビネットに飾られた、何枚かの写真立てを眺める。幼い頃の兄弟写真、家族で映った写真、瞬の高校入学時の写真、そして新社会人としてスーツを着込む緊張した面持ちの実兄の写真。
「準備が出来次第行くぞ、満の墓参り」 父が準備するよう促してくる。
「うん、分かった」
────亡くなった兄・満の命日。瞬は多く写真立ての中で様々な表情を見せる兄から目を逸らし、自室に戻っていった。
◇◇◇
15年後、天野瞬は教鞭を取り体育教師、剣道部の顧問として働いていた。
「眞央、遅れちゃうよ!」
「何の問題も無いだろう、背中を押すんじゃない満」
「早く! 天野先生怖い顔してる!!」
「いつもと変わり映えの無い相貌だ、気にするだけ損だぞ蘭」
朝の登校時、仲良く登校してくる男子2人と女子1人の3人組。男子1人と女子1人は模範的な生徒だが、その2人に背中を押されて急かされている男子がなかなかの問題児だ。
年上に対しても態度はでかいし、頭の回転が速く何事も完璧に熟してしまうが、人間関係が致命的なタイプである。しかし隣の男女は無条件に慕っているように見えた。
2人は元気に挨拶をするが、問題児は「朝から精が出るな、ご苦労」と何様な言葉を投げかけてくるので日常茶飯事で全教員は頭を悩ませている。
「三貝、舘村おはよう。鈴村、まともに挨拶も出来ないのかお前は」
「挨拶を重んじる文化に不慣れなものでな」
「お前はどこの世界の出身だ……」
注意を受けると、謎めいた返答をしてくるのも難点だ。学生時代はキャラの濃い問題児として扱われるが、軌道修正できなかった場合に社会に出た時を考えると溜息しか出ない。
教員の心配もよそに、問題児はこちらを揶揄するように不敵な笑みを浮かべて、横を通り過ぎる。
「────お前は良く知っているんじゃないか?」
「……っ」
背後から聞こえてきたバッと振り返る。相変わらず仲の良い3人組は楽しそうに会話をしながら、校舎に向かっていく様子が見えた。
何とも言えない物悲しさを感じ、瞬は空を仰いだ。