離別
翌日、アラカラ村に再度やって来た兵士達と新勇者が話し合いをして、聖女の遺体を引き渡した。これから新勇者と数人の兵士を引き連れて、ベルも魔王城へ向かう。
見送りの村人達は、どう声をかけたら良いか戸惑っている様子だった。アルルの死亡報告を聞いた昨日の今日で整理が付くはずもない。
「お前、奥さんいるのに良いのかよ」
「ああ、事前に話していたからな。了承は得ている」
「……それってお前の折れなさそうな意志を感じ取ってるだけだろ、別れの挨拶ぐらいしとけよ」
新勇者の言葉にベルは瞠目した。ベルは元魔王として現魔王と魔王城の現状を把握したいと思い同行を申し出た。だが下手すれば死んで、村に戻って来れない可能性がある。
元より死ぬ覚悟は出来ていた。そもそも魔王として生きてきた頃は何度死に目にあってきたか憶えていない。そのため村人達に役割を引き継がせ、村を繁栄させるよう約束させたのだ。
心残りは無い、そう思っていたが指摘されて気付いた。ああ、そうか、声の無い我慢も形の無い犠牲も気づけてやれていなかっただけだったのか。
「ラネッタ、今まで苦労かけたな」
「……苦労したことなんてないよ。ベル君と一緒にいたから、何もかもが楽しかった」
「そうか。我も人を学べた、感謝している」
あっさりと返すベルに対し、想いが伝わっていないと分かったラネッタはありったけの想いをぶつけた。
「私、ベル君のことが好きだよ! 引き止めちゃダメだって分かってるけど本当は引き止めたいの!! ずっと一緒に居たいよ……隣で歳を重ねて行きたい……帰って来て、死ぬかもしれないなんて言わないで……私はここにいるから……! 私がベル君を愛してるって事だけは忘れないで」
「……ああ。帰って来れる保証もないが、これは約束しよう。生まれ変わったら、また夫婦になろう」
「……うん、うん、約束。約束よ……」
ラネッタは静かに泣き出し、ベルはラネッタを優しく抱きしめる。ベルは感情の起伏が乏しく言葉数が少ない、ラネッタは察する能力に長けており普段は遠慮深いため、互いが想いを伝え合うことは無かった。今回初めて抱きしめ合ったぐらいだ。
ラネッタを想う気持ちはあっても大きく示すことなく、言葉も簡潔で声色も変化無し、名残惜しさも感じてなさそうなベルに新勇者は引いていた。「もう少し感情を込めろよ……」と。
ベルが家族や村に対して特別な感情を持っていたことは確かだ。しかし全て流れ消えゆくものだと分かりきっているためか、別れを悲しいものとして考えていない。望んでいれば、いずれ会える。そう信じているのだ。
挨拶もそこそこに、ベルは新勇者と共に馬車に乗り込み、兵士に連れられ魔王城への入り口となる「闇廟」へと向かった。
道中、馬車の中ではベルと新勇者が話し合っていた。新勇者は、元々ゲームをするタイプでは無かったが、亡くなった兄がやり込んでいたこの世界が舞台のゲームをやり始めてみたという。
前提として同じ時間を繰り返しつつ、育成や仲間集め、サブストーリー解放などを行う周回ゲームとのこと。小さな村に住む主人公は勇者として魔王討伐に向かう。初回は装備も弱くメインストーリーは3分で終わり、仲間もいないまま魔獣4体と魔王に挑む。必ず負けてしまう負けイベントを経て、2周目から本番となるのだ。周回するたび、仲間に出来るキャラクターの選択肢が増え、仲間に関するイベントも追加され、条件を満たせば行けるエリアが増える。そうすれば新たな素材も手に入り、武器防具の種類が増えていく。
周回一定間隔で魔物や魔獣、魔王も強くなっていくが、勝っても負けても結局リセットされて村からスタートするのだ。主人公のみレベルがリセットされるがそれまでに取得したスキルや技は使用可能(アイテムは特殊亜空間)、周回数毎の適正レベルは変わるものの仲間キャラの育成は引き継がれているため、それほど難しくないゲームだという。主人公のレベルリセットに関しても前半こそ疲れるが、後半はレベルアップアイテム(主人公のみ使用可)を簡単に手に入れられるのでさほど気にならない。
「主人公にレベルアップアイテムを大量投入することを“薬漬け”って言われてたのは笑えた」
「我はその繰り返しの中で殺された記憶を思い出して自我を持ったと思うと情けなく感じる……」
育成し、魔獣を倒し、魔王に挑んで、また村で目を覚ます。そんな強くてニューゲームを繰り返すのだが、明確な終わりが用意されていなかった。魔王討伐に成功しても繰り返しは終わらないのだ。プレイヤー達は周回し、武器防具アイテムの図鑑を埋め、仲間キャラのイベントを回収し、果てにはバグを見つけて遊び尽くし数年が経った。
幾度のアップデートで新しい仲間やイベントが追加されることはあったものの、エンディングは無い。某有名マンガから言葉を拝借し「終わりのないのが終わり」と言い表すプレイヤーもいた。
「でもゲームの3周年記念で大型アプデが来て、エンディングが追加されたんだ。条件が────ッ!?」
不意打ちとも言える待望のエンディングが追加されたと、新勇者が話を続けようとすると突然外から轟音が響き、馬車が大きく揺れた。急停止した馬車から飛び降りると、平坦だったはずの地形は岩が降り注ぎ、至る所にクレーターが出来上がっていた。闇廟に近付けさせまいと大量の魔物が馬車を取り囲んでいた。
「魔獣が倒されてるのに魔物が生まれてるのは本当だったな……」
「言っておくが今の我は手伝えないからな」
「精々足手まといらしく大人しくしてろよ!!」
このまま魔物の群れを突っ切って、闇廟へ徒歩で向かうことになった。一介の兵士でも軽くいなせるほどの強さだが、何分にも数が多い。魔物達の猛攻に手が回りきらなくなり、ベルの周りが手薄になってしまった。
「撃ーッ!」
遠くから号令をかける声が聞こえてきた次の瞬間、ベルを囲んでいた魔物達に魔法が直撃し倒れていく。加勢したのは魔物討伐のため徴兵されていた兵団だった。魔物は闇廟周辺に集中しているようで各地の兵士達が自然と集まり出したのだ。
「ベル、行くぞ。後はこいつらに任せても問題なさそうだ。どのみち今の魔王を倒さなけりゃ魔物はずっと押し寄せてくる」
「早く進んだ方が得策というわけだな」
「……ベルだって? アラカラ村の……ベル・ディアス……なのか?」
兵士の1人から声を掛けられベルが振り返ると、そこには顔中に細かい傷を付けた男が立っていた。髪はボサボサで無精髭を生やし、少々顔はやつれていたがその顔立ちはベルと似ている。
「まさか……我の父か」
「そうか! そうなのか、ベルなんだな!? こんなところで……なんでこんな危ない場所にいるんだ……!? それも勇者様と一緒に……」
「ふむ、ここで再会するとは。長年顔を合わせていなかった分、蔑ろにするわけにもいかぬな」
新勇者も親子の再会に首を突っ込めず、足踏み状態で見張りを始めた。ベルの父は、ベルが7歳の頃に徴兵されたため約10年来の再会となる。母は元気であること、ベルは結婚し嫁のお腹には子供がいること、村の現状を簡潔に話すと安心やら驚きやらで表情を変える父。
そしてなぜベルが新勇者と共にいて、闇廟に向かってるのか説明する際、ベルは何の躊躇いもなく自身が元魔王であると話した。その瞬間新勇者は手元を狂わせ、剣で岩を粉砕してしまった。案の定、父の反応は薄く、聞き間違いかと再度訊ねられる羽目に。
「突拍子もないことだ、無理もない。どうあれ我が魔王城に行くことは必至だ、詳細を知りたくば生き残り村に帰れ、母達が知っている」
「…………あ、あぁ」 度肝を抜かれた父は頷く事しかできなかった。
「会えたらまた会おう、父さん」
ベルは待たせていた新勇者に声を掛け、闇廟へ歩き出した。背後で父は「父さんらしいことしてやれなくてごめんな」と弱々しく呟いた。短すぎる親子の再会が終わり、新勇者は呆れの溜息を吐いた。「まじでお前感情込めろよ」と。
◇◇◇
闇廟に辿り着き、新勇者と血の契約をしていた数人の兵士と共に魔王城に突入した。ベルに関しては魔獣の忠誠を得ていたことで血を交わらせる必要は無かった。
数人の兵士が同行したものの、魔王城内部で魔物に襲われるたび分散し、結局謁見の間に辿り着く頃にはベルと新勇者の2人になっていた。
「魔王城の構造が違うなんて聞いてないぞ……」 ジロっと横を睨む新勇者。
「一般人の我が知るわけなかろう」
「……とにかく、ここまで来た。これまで色々あった、リーシェ達には悪いが正直腹立たしさが勝ってる、早く帰りたい。これでようやく終わるんだ……」
ゲーム知識が通用しない魔王城を散々歩き回って、謁見の間の前までやってきた。来たる終わりに向けて、新勇者は深呼吸を繰り返す。
「急いては事を仕損じる、ヘマするなよ」
「うるせぇ、分かってる――行くぞ……」
新勇者の指先が軽く触れただけで、謁見の間の扉はギィ……と音を立てて開き出した。扉の奥に進むと、謁見の間の真ん中に黒い霧の塊が浮いていた。揺らめく霧は訪問者に気付くと、静かに形を変えていき内側に隠していたものを露わにした。
「あれは……」 瞠目する新勇者。
「……愚かな。自ら救けた民を自らが苦しめることになろうとは」
それは、胎児の姿から青年の姿へ変化していき、歪にも黒い霧を纏わせて虚ろな双眸をゆっくり開眼させる──1000年前の全盛期の姿を現して。
「勇者──久しいな」
勇者ミシェル──ベルは久々に目にしたその姿に、思わず口角を上げた。




