解錠
アルル、新勇者と聖女の3人が去ったアラカラ村は騒然としていた。事態の深刻さを知っているラネッタとベルの母は、自宅で届きもしない祈りを捧げている。
ベルは家の外で待機していた。他の村人も騒ぎを聞きつけ、只事ではないことを察してざわめきが絶えない。
「アルル様の姿が見えんが……」
「勇者様と聖女様もいないようですよ……」
「まさか、アルル様は……」
村人達はベルの動向を確認しながら、口々に不安を漏らす。
勇者と聖女が村に立ち寄ってから、侵食していた恐怖から解放される一時は喜びを感じたものの、魔獣は本当に恐ろしい存在だったのかと改めて考えさせられた。
恐ろしくも敬畏の対象だった闇焔の魔獣アルラカルラは、今や生活の基盤となる存在だ。当初は恐れていたはずなのに、最近では当たり前のように接していたではないかと。
「ベル! 村に誰か歩いてくるのが見えたぞ」
「……」
外に様子を見に行っていた青年が報告しに来ると、村の入口に人影が現れた。
前を歩くモニカ、その後ろに聖女を横抱きした新勇者がいる。聖女は既に亡骸のようだ。
「ご苦労だった」 ベルが迎える。
「! ……拝謁致します。覚えておられるか分かりませんが、闇焔の魔獣アルラカルラが侍者、モニカでございます」 モニカが片膝を付き頭を垂れる。
「ああ、確かこの村の出身の者だったな」
モニカが挨拶をすると、周りにいた村人が騒ぎ出した。モニカは約18年前にアラカラ村から選ばれた生贄だ。あれよあれよという間に囲まれ、モニカは18年振りに家族と再会させられることになった。
モニカによって、魔獣は生贄を生贄として扱っていたわけではないことが分かった。わざと魔獣を悪として見せていたのだろうか。ちゃんと理由を、生贄達の現状を教えてくれていれば良かったのに、と村人は考え込んで黙り込んだ。
新勇者は冷たい聖女を抱えたまま、心ここに在らずといった間抜け面を晒している。
「ベルくんっ! ……勇者さんがいるってことは、アルルさんはもう……」
「ああ、命を全うしたようだ。ラネッタ、聖女の遺体を安置所に運んでやれ。明日兵士に引き渡す」
「……うん、分かった」
ベルが指示すると、ラネッタは新勇者に近付いた。話しかけても反応が無いため、ラネッタは断りを入れて聖女を浮かせた。
すると腕が軽くなったことで我に返った新勇者は、聖女を連れていくラネッタに叫ぶ。混乱中の新勇者は人間不信に陥っていた。
「おい! 何してんだよっ」
「落ち着け、安置するだけだ。お前とは話がある、遺跡で何があったか教えてもらおう」
「は……!? どういうことだよ! 魔獣だと知ってあの女と仲良くしてたのかよ!?」
「……そうだが?」
村人達の魔獣を弔う空気に、新勇者は驚きを隠せずにいた。それこそ自身が言った「ストックホルム症候群」が起こっていると思っていたのに、様子が全く違う。村の生活の基盤に魔獣が関わっているだけで、村人は自由に暮らしていた。遺跡にいた生贄達だって、魔獣の死後も自分達の役割があるからと各々動いている。
「村を整えるためにアルルに手伝ってもらっていたが、もう村人は自分たちで歩める…………この様子では話が進まんな」
「わたっ、私が説明いたします!」
再会した家族親戚にもみくちゃにされていた涙目のモニカが戻ってきた。新勇者の回復を待っている時間はない。
手っ取り早く、モニカが説明を始めた。まずはアルルが魔獣だと見抜かれていたこと、予定より早く戦闘が開始されたことを淡々と告げる。
「ふむ、聖女を侮っていたこちらの落ち度だな」
「……申し訳ございません」 なぜかモニカが謝る。
「いや、気にするな」
そして戦闘中にアルルの振るった腕が、聖女を貫いたこと。それにしては聖女の遺体は綺麗な状態だったが。
その直後に聖女が取った行動について話すと、新勇者は絶句していた。本来なら聖女は魔王に術を行使するようだったが、結局は皆に黙って命を投げ捨てる気でいたのだ。
「……なんで、そんな大それたことを」 新勇者が弱々しく呟く。
「何も分からなかったんですか? 何も知らなかったんですか? ……ここまで聖女に言われるがまま行動してたんですか!? 利用されてたんですねお可哀想に!!」
「……ッんなわけないだろ! 俺は俺の意思でここまで来たんだ!!」
モニカは新勇者に問い詰めるうちに、声を荒げた。生贄として連れていかれたが、魔獣アルラカルラへの忠誠は本物となり、その遺志を継いでいる。侍者達は遺志に背きたくない思いと、魔獣を想う気持ちがずっとせめぎ合っている状態なのだ。新勇者の存在が必要であっても、恨まざるを得ない。
それに触発されて、新勇者も感情を爆発させる。
「遺跡の生贄を解放したのに蔑みの目で見られるし、この村は魔獣の死を悲しんでやがる! この戦いには何の意味があるんだ!? 俺は何のために戦ってきたんだよ!! 誰に文句を言えばいい!? 文句言う相手はもう死んじまってるんだぞ!!」
新勇者の混乱も仕方がない。自身が知っている世界と似て非なる場所、それでも似た部分を見つけて心の安寧を保って来た。キャラ達は生き生きと「死」に怯えているし、鬱々と「生」を求め続けている。現実と変わらない心変わりが、現実と全く異なる光景が、目の前で繰り広げられて混乱は加速していく。
そんな時、パァンと大きな乾いた音が村に響いた。モニカが新勇者の頬を引っ叩いたのだ。
「それなら断れば良かったのに。勇者だと持ち上げられて調子に乗ったのでしょう! 城で世話されるうちに絆されて? 自分は何か出来ないかと! 生贄の話を聞いて同情したのでしょう!? 魔物に苦しむ人々を救ってやりたいと!! ふざけるな、この偽善者!!」
「もうよせ、モニカ」
アルラカルラを喪った悲しみと怒りを吐き散らすモニカ。指摘された内容が図星で言い返せない新勇者は黙ったまま、打たれた頬に手を添える。
両者の言い分は理解できるが、これ以上は話が逸れてしまう。ベルは言い争いを中断させた。
「っ申し訳ございません……ベウルエウル様……」
「……っ!? ベウルエウル、だと?」
ベルの御前で失態を犯してしまったと、モニカは深々と頭を下げた。咄嗟の事で口にした今は存在しないはず魔王の名に反応したのは、異世界から召喚されし新勇者だった。
「……こいつが? なんで魔王がここに……なら、魔王城にいる魔王は一体……」
「……お前、『ぷれいやー』か」
「──っ!?」
新勇者は先ほどまでの言い争いの話が吹き飛ぶほどに驚愕していた。
◇◇◇
ベルの「ぷれいやー」発言により、新勇者は一気に脱力した。今までの魔獣が闇華ラバルラバス、闇雪ウルタギルス、闇嵐ルガルアポル、闇焔アルラカルラだったから、魔王城に魔王ベウルエウルがいると思っていたのに────。
周りの村人を帰らせ、真実を知る数人だけで話を進めた。ベル・ディアスは魔王の生まれ変わりであることを打ち明け、新勇者が魔獣を倒すのを待っていたと話す。これから魔王城にベルも同行することも伝えた。
村人は就寝し、草木も眠る頃──新勇者は外で頭を冷やしていた。農具置き場の隅に腰掛けて話し合った内容を振り返る。
説明を受けて知ったのは、ベルの手の平の上で転がされていたこと。反芻する度に腸が煮えくり返って、まともな判断が出来そうにないと項垂れていた。
「アルラカルラの侍者の非礼を詫びる」 ベルがやって来た。
「……あんた本当にベウルエウルなのか」
「ああ、そうだ」 あっさりと答える。
新勇者は立ち上がり、ベルに対して魔力を放ち牽制。しかし、ベルは涼しい顔して一切反応しない。
「余裕綽々って感じか?」
「……」
「俺の魔力はさぞや弱々しく見えるんだろうなァ!」
「っ……」
新勇者は怒りに任せてベルの胸ぐらを掴んで引き寄せる。そのまま突き放して、ベルは後退りして尻もちをついた。
「全部仕組んで、全部思惑通りに進んで、さぞや愉悦を感じていることだろうな!」
「全く……落ち着け」
感情がぐちゃぐちゃな新勇者は、大粒の涙を流しながら叫んでいた。ベルは元魔王であって、今はただの一般人。それも魔力は一切無いため、新勇者の放った魔力に気付けなかっただけだ。しかし新勇者は強者の余裕だと勘違いしている。
ベルは立ち上がって、服の汚れをはたいて落とす。新勇者の癇癪の落ち着かせ方を頭の中で模索する。
「お前は今の魔王を倒すまで勇者を続ける必要がある。お前は、魔王を倒せば帰れるのだろう?」
「……ああ」
「なら最後まで遣り果せてしまえ。周りのことを考えるな、『ぷれいやー』に徹すればいい」
「…………お前はなんでこの世界がゲームだって知ってんだよ」
よし、新勇者の意識を逸らすことが出来た。無理に内側の人間として生きようとせずとも、新勇者は外側の世界の認識を持ち合わせているのだから、それに合わせてしまえばいい。
ベルは、包み隠さず1000年前のことを話した。自身の頭に流れ込んで来た幾千の勇者達と戦う記憶、自ら行動する意識が芽生え勇者に会いに行ったこと、勇者達と共に旅をして数々の素晴らしい体験をしたこと、勇者が異世界からの転生者であること。そして勇者に討たれ、魔王から一般人に転生し今を生きていることを教えた。
「…………まじかよ、前の勇者も異世界から? どこから来たか教えてもらったのか?」
「当人はシラフでは語らなかったからな、酒に酔った時に少しずつ聞き出した。ニホン人と言っていたな、聞き覚えがあるか?」
「……っ日本人?!」
新勇者は驚愕していた。そんな話は王都の歴史書にも書かれていなかったし、聖女から聞いたことも無い。次々と判明する事実に、再び険しい顔で黙ってしまった。
そしてポツリポツリと呟き始めた。自分も日本人だったこと。自分が知っているのは1000年前の世界──『ぷれいやー』として勇者を操作していた。1000年後である今も、年月が経っているだけで4体の眷属魔獣と魔王の存在は変わらず存在していたから、違和感はあれどゲーム知識で進めてられていた。
「……じゃなければ……とっくに心が折れてた」
「……」
「……敵だと思えてた方がマシだったな」
今にも押し潰されそうな声色で新勇者は呟いた。どこか、聞き覚えのある言葉を残して。




