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交錯



 かつて世界を混乱させた魔王が勇者によって討伐されて約1000年。しかし魔王は生きていた──正確には、魔王の頃の記憶を持ったまま、村人へと転生していた。

 村の少年となった元魔王──「ベル・ディアス」。何の力も持たぬ、ただの一般人。


「ふぅ……」


 農作業で流した額の汗を拭い、村を見渡す。

 記憶を持った元魔王の少年が開拓と技術向上に注力したおかげで、廃れる寸前だった村は生き返った。

 食生活は潤ったが、村人は常に恐怖しながら、とある人物の機嫌を取りつつ、共に暮らすようになっていた。


「ベル様、お疲れでしょう? 昼餉の用意が出来ましたから休憩なさってください」

「……ああ、分かった」


 村人の畏怖の対象が話しかけてきた。艶やかな赤い長髪を靡かせる、物腰柔らかな態度の女性こそ村人が恐れる存在──魔王の眷属が1体、「闇焔の魔獣」であった。魔獣の頃は「アルラカルラ」と名乗っていたが、人型化している現在は「アルル」と名乗っている。

 歳下の村人に対して、様付けをし敬語を使い謙った態度を取るのは既に少年が元魔王だと知っているからだ。



 聖女の「星渡りの儀」により新勇者が召喚された。後に闇華の魔獣ラバルバラス、闇雪の魔獣ウルタギルス、闇嵐の魔獣ルガルアポルが倒され、残りは闇焔の魔獣アルラカルラのみとなってしまった。

 新勇者と聖女だけとなった新勇者一行は、元魔王と魔獣が住むアラカラ村に寄るらしい。


「おかえりなさい、あなた!」

「ただいま、ラネッタ」


 家に帰ると、ラネッタが出迎えてくれた。そのお腹は、服を着ていても大きくなっていることが分かる。約7カ月だ。

 母とラネッタ、アルルが用意した食事を黙々と食べつつ、アルルの報告に耳を傾ける。


「後3日程度で到着するようですわ」

「本当に……本当に、アルルさん……」 ラネッタが俯く。

「私たちの死は、未来への投資よ。死んでこそ価値が生まれるの」


 新勇者が前に進むにつれ、終わりが近づいている。これからの世界のために、今の幸せな世界が壊れることになる絶望で、ラネッタは幾度目かの涙を流した。



◇◇◇



 アラカラ村に、新勇者と聖女が立ち寄った。兵士達もいたがもてなす場所が無いということで帰ってもらい、闇焔の遺跡に向かう日時を確認してから合流することに決まった。

 現村長が一昨日から腰を痛めていたため、代理村長のベルが話を聞く流れとなる。自宅に招き、今までの旅を労った。


「我々はあなた方のような力を持つ方に縋るしかありません。これまでお辛いこともあったでしょう……私たちは私たちなりに精一杯のもてなしをするつもりですので、出発までごゆっくりして行ってください」 ベルが儀礼的に頭を下げる。

「いえ、ありがとうございます……」

「お言葉に甘えさせていただきます。村の方を見学してもよろしいですか?」


 アラカラ村に1泊して、闇焔の遺跡に向かうようだ。昼過ぎに到着したので少しばかり時間がある。聖女の提案で、村を簡単に案内することとなった。

 聖女の目には、今まで立ち寄ってきた村とアラカラ村が明らかに違って見えていた。まず村人達が健康体であること。今までの村は良い作物が出回り、ようやく食生活が潤い始めたという段階で健康体が根付く前だった。


「アラカラ村は全体的に魔力濃度が高め、循環の流れも整ってる……今までの行った村で出回っていた作物はここで作られたものかしら……」

「だいぶ環境が良いな」


 聖女と新勇者が、周りを見ながら話し合う。

 ベルの指示とアルルの強さのおかげか、村人は立ち回りが上手くなり、余裕をもって生活できるようになっていた。品質の良い作物が多く収穫できるようになり、品種改良、加工法、保存法の研究が出来るほど。魔物が溜め込んでいた魔力を土に返し、作物を通して人が摂取、呼吸によって排出、再び土に宿っていく、そういった循環の流れも滞りなく行われている。

 そんな内情を知らない2人は、少しばかり安堵していた。まだ生きることを諦めていないのだと。


 しかし、アルルという女性を筆頭に狩りをしていることを小耳に挟んだところから少しずつ疑念を抱き始めていた。魔物の骨を使うことに関しては薬師の話からおかしいことではないと分かっている。

 あまりにも平和的で豊かさを持っていることが、却って不気味だと感じた。時間が経つにつれ、村人と接していく度、幾つもの違和感が生まれている。


「遺跡に近い村から10年に一度、生贄が選ばれる話…………ベルさんの奥さん、いたでしょう」

「ああ、あの人がどうかしたのか?」

「ラネッタよ、約8年前アラカラ村から生贄に選ばれた子の名前……」

「は……?」

「記録にあったのを覚えているわ、兵士は生贄をちゃんと遺跡に送り届けたって」


 村長代理として対応したベルという男性の奥方が、ラネッタと自己紹介していた。数ある違和感の1つを解消したが、それだけでは解決していない。

 やはりこの村は何かがおかしい。聖女は兵士と連絡を取るために通話用の水晶玉を取り出した。



◇◇◇



 新勇者と聖女はディアス家で夕餉を頂いた。他愛の無い会話をし、寝床を整えた小屋の案内をアルルがすることに。

 アルルの後を新勇者と聖女が追う。軽くテーブルの上を片付けてから向かおうと思っていたベルに、ラネッタが震える声で話しかけた。


「ねぇ、アルルさんの、繋がりが切れた……っ」

「何だと?」


 ラネッタは真っ青な顔で訴える。予兆が無かった分、油断していたとベルは急いで外へ向かった。


 案内役のアルルと外へ出た聖女は立ち止まり、アルルに声をかけた。アルルは振り返り、首を傾げる。聖女は先程まで楽しく会話していた相手とは思えない神妙な面持ちをしていた。


「あなた、アルルさん……」

「はい? どうかされました?」

「アルルさん、魔獣アルラカルラよね」


 アルルと聖女の間に一陣の風が吹いた。隣で話を聞いていた新勇者はド直球な言い様に、冷や汗を垂らす。

 聖女は兵士と連絡を取り、抱いた疑問を取り除いていった。そこでおかしな人物として挙げられたのは「アルル」のみ。アラカラ村やその周辺の村の出身では無い、旦那がいると嘘をついていることを分かった。

 他3体の魔獣とは違い、アルラカルラだけは村中を「ストックホルム症候群」に陥らせているのだろうと結論づけた。


「平穏を取り戻してみせるわ」

「……勘違いも甚だしい」


 新勇者は剣を抜き、聖女も戦闘態勢に入った。その時ベルが駆け付け、アルルは笑う。


「それではベル様! ご武運をお祈り致しますわ!」


 アルルは既にラネッタとの繋がりを断ち、新勇者と聖女を連れて村から遺跡内部へ移動した。

 残されたベルは、軽くため息をついて自宅へ踵を返す。



 闇焔の遺跡──内部に瞬間移動した新勇者と聖女は床に転がった。すぐさま立ち上がり、場所と立ち位置を把握する。他の遺跡と造りは一緒なため、あまり驚きは無い。

 これから闇焔の魔獣アルラカルラとたった2人で戦わなければならない。それは重々承知の上で、正体を暴いた。


 気にしなければならないのは、生贄の存在。今まで幾度と無く邪魔され続けた。今回も気を引き締める必要がある。

 やはり2人だけというのは心許ない。どれだけ上手く立ち回れるか、もはや賭けだ。


「村のど真ん中で剣を抜くなんてどういう神経しているのかしら」

「……村人のことなど微塵も気にしていないくせに」

「あら、心外ね」


 魔獣アルラカルラと新勇者一行の戦いが始まった。

 人型のままアルルは、新勇者と聖女の相手をする。最終的に死ぬにしても、やはりただでやられる気は無い。2人が翌日に遺跡に向かえば、手早く死ぬことも厭わなかったというのに。

 斬りかかって来る新勇者の剣を受け止め、聖女の魔法を跳ね除ける。それの繰り返しだ。


(やっぱり2人だけだと、つらそうねぇ……)


 剣を弾き飛ばし、魔法を跳ね返す。あらゆる手で攻撃を仕掛けてくるのだが、アルルは全て片手でいなせるほどの余裕があった。これではどこで死ねばいいのかも分からない。

 侍者に1人出て来てもらって、他の魔獣達のようにあからさまな隙を見せるしかないだろうか。そんなことを考えながら、背後から近づく気配を後ろ手で弾き返そうとした時────右手が生温い感触に包み込まれた。


(──やば、聖女……っ)

「ごふっ」

「リーシェッ!!」


 アルルが後ろを振り返ると、近距離にいた聖女の腹に右手が突き刺さっているのが確認できた。聖女の強力な魔法に対抗する形で腕を振るっていたため、その威力は凄まじく、人の身は簡単に突き破られてしまったのだ。

 血反吐を噴き出す聖女。聖女の名を叫ぶ新勇者。アルルは誰も殺す気は無かったのに、と手を引っ込めて聖女に回復を専念させようとしたが、聖女はガッとアルルの腕を掴んで来た。


「はぁー……っはぁ……っ」

「……何してるの、あなた」

「……本当は魔王に使おうと……っ思ってたのに……死ぬ、なら……っお前を……道連れにしてやるっ」


 汗と血でドロドロになった聖女は、興奮気味にそう叫んだ。アルルを渾身の力で引き寄せると、とある術を発動させる。

 アルルは狂気染みた表情をした聖女に引いてしまった。発動された術が完全展開されるまで時間がかかることが分かったため、記憶に触れて術の内容を確認することに。


 皆を救けたい。皆を救けるのは当たり前。皆を救けられるのは私だけ。皆が私に救いを求めている。私は擦り減っていく。救けても救けても足りない。救う。救えない。零れ落ちていく。

 もういっそのこと楽にしてやるから。私も皆の事も。こんなこと考えちゃいけないのに。これで終われる。後のことは全部どうでも良い。早く楽になりたい。……ようやく死ねる。


「……どうしてそんなことを」

「……期待されるのはごめんよ。もう、救けを求めてくる奴らも! 最悪な事ばかり考える私自身も! もう、(うんざり)なのよ!!」


 聖女は、勇者召喚を行う前に4年ほど眠りに就いたことがある。それは魔力を蓄えるため、という名目ではあったが少々意味が違っていた。寿命を含めた、これからの魔力全てを溜め続けていたのだ。

 民衆を救け、民衆の期待に応え、民衆に微笑む。幼少期から当たり前だと思ってきた。しかし歳を重ねて世界に目を向けた時、自分だけではどうしようもないと悟った。狭い世界だけを救っていただけで、満足していた自分が情けない。そうして行くうちに、心が壊れた。

 聖女は自分諸共、根源を滅ぼそうと考えた。だが今回予定が狂い、魔王ではなく魔獣に術を使う羽目になってしまった。


「私には薄くても勇者の血が流れてる……それに今の勇者の血を分けてもらってるわ……だから、私の死は無駄にはならない……っ」

「……良いわ、気に入った……どこへでも着いてってあげる……!」


 アルルは聖女を抱き締め、聖女は虚ろな目で術を完全展開した。新勇者が駆け寄ろうとした瞬間、アルルと聖女を中心に幾重にも張られていた結界に阻まれてしまう。

 聖女から放たれる衝撃波は、内側1つ目の結界を破壊した。2度目の衝撃波は2つ目の結界を、3度目の衝撃波は3つ目の結界を破壊。破壊されるたび外側の空気も大きく振動し、新勇者は立っていられないほど。

 遺跡内が震え、天井から砂埃が降り注ぐ。4度目の衝撃波が放たれると、結界が機能せず、新勇者はなす術無く壁に打ち付けられてしまった。


「がっ……くそ……リーシェっ……」


 新勇者はただ見つめることしかできなかった。アルルと聖女がいた場所で、聖女は力無く倒れ込んでおり、その近くでアルルは小さな魔獣の姿になって倒れていた。どちらも一切怪我も汚れも無く、横たわっている。

 新勇者が聖女の亡骸を抱き寄せている横で、部屋の奥から数人の男女が魔獣を取り囲んだ。


「アルル様……うぅ……」

「その雄姿、しかと心に刻み込みました……」


 魔獣の亡骸に跪き、悲痛な泣き声を漏らしている。老齢の女性と若い女性は黙祷後、新勇者に向き直った。その神妙な面持ちと、生贄達の異様な光景に頭が混乱していた新勇者が狼狽える。


「なん、なんなんだよ……お前ら……」

「この世に顕現せし新たな勇者様。貴方様のご活躍により闇廟の封印は解かれ、魔王城への道が開かれました。今宵は休息お取りください……」 老齢の女性が頭を下げた。

「……は?」 新勇者は瞠目する。

「モニカ、案内を任せますよ。ご両親に会いづらくても、これがあなたの仕事です」

「……はい、大丈夫です」


 老齢の女性が声を掛けたモニカという若い女性が、新勇者の目の前に立った。新勇者はその場に座り込み、聖女を抱きかかえているまま混乱していた。

 今までの遺跡より、生贄達は冷静に促してくる。冷ややかな視線を送られるのは変わらなかったが、目の前の新勇者に構っている暇など無いと忙しなく動いているのだ。


「立ってください、アラカラ村に案内致します」

「あ……っおい!」


 モニカは呆然としている新勇者の腕から、聖女の亡骸を浮かせた。我に返った新勇者が慌てて立ち上がり、聖女を横に抱きかかえる。半ば強制的に立ち上がらせると、モニカは無言のまま遺跡の出口に向かっていく。

 それでも理解が追いつかない新勇者の背後から、「詳しいことは村に着いてからです」と老齢の女性は声を掛け、モニカを追わせた。




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