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転生



────生まれ変わったら、友達になろう。


 そんな一方的な願いは、呪いとなり魔王を蝕み続ける。

 人類に魔物をけしかけ悪の象徴として君臨していた魔王は、勇者から冷たい刃と暖かい言葉を贈られた。魔王の身を貫いたのは刃、心を貫いたのは何の変哲もない言葉だった。


「ふぅ……」


 かつて世界を混乱させた魔王が勇者によって討伐されて約1000年。しかし魔王は生きていた──正確には、魔王の頃の記憶を持ったまま、村人へと転生していたのだ。

 村の少年となった元魔王──「ベル・ディアス」。何の力も持たぬ、ただの一般人。


 農作業で流した額の汗を拭い、村を見渡す。

 記憶を持った元魔王の少年が開拓と技術向上に注力したおかげで、廃れる寸前だった村は生き返ったものの、すぐさま新たな問題を抱えることになった悲しい村。

 食生活は潤ったが、村人は常に恐怖しながら、とある人物の機嫌を取りつつ、細々と暮らすようになっていた。


「ベル様、お疲れでしょう? 昼餉の用意が出来ましたから休憩なさってください」

「……あぁ」


 村人の畏怖の対象が話しかけてきた。艶やかな赤い長髪を靡かせる、物腰柔らかな態度の女性こそ村人が恐れる存在──魔王の眷属が1体、「闇焔(あんえん)の魔獣」であった。魔獣の頃は「アルラカルラ」と名乗っていたが、人型化している現在は「アルル」と名乗っている。

 歳下の村人に対して、様付けをし敬語を使い謙った態度を取るのは既に少年が元魔王だと知っているからだ。


 魔王の眷属である魔獣はアルラカルラを含め4体いるが、ほか3体は遠方にいてたまに連絡を取っていた。だが3体とも「勇者が来ました」と報告して以降、連絡が付かなくなった。

 勇者が魔王を倒すため、魔王城へ向かうため、魔王の眷属を倒す必要がある。この村の近くに、最後の眷属が待ち構えている「闇焔の遺跡」があると勇者は知っているから、いずれこの村にも訪れるだろう。


 我は知りたいことがある。

 元魔王である我がここにいて、魔王の眷属が我の配下のままであるにも関わらず──新たな勇者が眷属を倒して魔王討伐を成そうとしている。


 一体、今の魔王は誰なんだ。

 眷属達も知り得ない、謎めいた現魔王の正体を──我は、知らなければならない。



◇◇◇



 突然、世界は生まれ変わった。

 決められた動きと台詞ばかりを繰り返す人類は消え去り、魔王城以外に赴くことが出来なかった見えない鎖が砕け散った。

 繰り返し続ける記憶が、似たようで少し違う光景が、意志も意味も無く繰り広げた惨劇が、息絶えるその瞬間がまざまざと頭の中を駆け巡る。


「っ……なんだ、この記憶は……っ!」


 険しい顔で目の前に立ち塞がる数人の男女の姿がまぶたの裏に浮かび上がる。いつも真ん中にいるのは同じ顔の男なのに、周りに立つ者は違ったり被っている時もあれば立ち位置が変わっていたりする。

 そんな似た光景を何度も見た。どの記憶も立ち方や話す内容は同じなのに、装備と戦い方が違っていた。何千回、何万回、何億回、いやそれ以上かもしれない。

 目まぐるしく変わる記憶に酔い、魔王である我が膝まづいて吐いてしまった。


「こ、んな……ことっ……」


 頭が痛い、胸が苦しい、胃が気持ち悪い、今までこんな感覚を持ったことがあっただろうか。斬りつけられた感覚も、魔法に撃たれた感覚も遠い昔のようで──今の時点では一切、攻撃を受けたことは無い。


「記憶が前後している……っ? 倒された記憶は……未来の……どういうことだ!?」


 魔王はふらつきながらも立ち上がり、先ほどまで座っていた玉座の背もたれに手を置く。玉座の装飾のひんやりとした感触、纏わりつく湿気と陰気な匂い、目を向けることも考えなかった窓の外の景色、薄ら暗い空に耳を劈く激しい落雷、体中を駆け巡る血液。

 これほどまでに周りのことに、自分のことに無関心だったのか。いつどこで生まれたかも覚えていないが、もう数百年玉座に座り続けていた気がする。だが今日初めて、呼吸をして、瞬きをして、自分の意思で歩を進めたような、高揚感が湧き上がって来た。熱を感じる、風の動きを感じる、音の響きを感じる、そして自分のいた部屋が妙に暗いことに気付く。


「気にしたことも無かったな……別に暗い場所が好きというわけではないが……」


 目を向ける全てが気になって仕方がない。昔からあったはずなのに、初めて目にした気がするものばかりだ。とはいえ、いかにも謁見の間といっただだっ広い空間に玉座や壁掛け燭台があるぐらいで、かなり殺風景。

 魔王はいつも、ここで誰かを待つだけだった。玉座に座ったまま、他に何もすることなく誰かを待っていた。ここに来た者たちと相対し、何度も何度も倒された記憶。返り討ちにした記憶もあるが、その者たちは装備が貧相だったように思う。

 思いに耽っていると、謁見の間に魔王城の召使いが入って来た。


「魔王様! 闇雪(あんせつ)の魔獣、ウルタギルス様の死亡を確認! 勇者一行が第二の鍵を解錠致しました……っ!」

「…………そうか」


 切羽詰まった慌ただしい様子で、転がり込んできた召使いは肩で息をしている。確かに一大事だが、こうも心が動かない報告は初めてだ。

 同時に我は、自分が勇者を待っていたことを思い出した。そんな重要事項をなぜ忘れていたのだろう。記憶の中でも何度も何度も、似たような報告を受けて辟易していたのだろうか。


 魔王の眷属は魔獣4体。今は亡き闇華(あんか)の魔獣ラバルラバス。今回死亡が確認された闇雪の魔獣ウルタギルス。残るは闇嵐(あんらん)の魔獣ルガルアポルと闇焔(あんえん)の魔獣アルラカルラ。

 この4体が倒された時点の記憶が立て続けに蘇ってくる。確か地上と魔王城へ続く扉を開錠するためのアイテムを4つにして、眷属魔獣に預けていた気がする。何にしろ記憶が曖昧で全てに確信が持てない。


「……憤りも哀情も焦燥も全く感じないな。全くおかしな気分だ」


 我はいつの日も勇者の到着を待ち続け、倒し倒されるという日々を繰り返していた。どちらかが倒されれば、振り出しに戻る。勇者は魔王城への道中、仲間を集め、魔王の眷属魔獣を討伐。そして我の前に現れる勇者は、毎回違う仲間を連れて、違う装備で挑んでくる。その上、まるで別人のように戦い方を変えてくる。

 正確には同じ時間を繰り返している、ということだろうか。我が勇者を倒す時もあれば、倒される時もある。それだけでは繰り返しは止まらないということか。こんな無駄な時間を延々と繰り返し続けて、なんの意味があるというのだろう。


「そもそも……私は何のために魔王をやってるんだ?」

「……えっ!?」


 大きな独り言は召使いの耳に届き、大いに驚かせた。我自身が知らないのだから、召使いが知っているわけがない。


 それよりも、勇者は当たり前のように闇華と闇雪の魔獣を倒している。馬鹿の一つ覚えなのか、そういう決まりを作ったのかは知らないが、毎回順番通りに倒しているのだ。闇華・闇雪・闇嵐・闇焔の順で倒し、闇廟(あんびょう)にある扉を通って魔王城へやって来る。

 今までの勇者の行動パターンは、魔獣討伐後「遺跡」内部を再び探索するか、討伐直後に魔法及びアイテムで外へ脱出。その後勇者が拠点としている王都や近くの大きめの街にワープ、ハジマリの村(勇者の出身地)や他の小さな村にワープすることもあった。主に休息やアイテム補充を目的とした行動だ。

 眷属魔獣が住処としている遺跡に長時間居座って、湧き続ける魔物を狩っていたこともある。今思えば、あの行動には何の意味があったのだろうか。


 順調に勇者が魔王城に訪れたらまた繰り返してしまう。そんな無意味な戦いをする前に手を打たなければならない。次に目覚めた時、繰り返している事実を忘れているかもしれないのだから。


「勇者はウルタギルス討伐後にどんな行動を取った?」

「はい! 勇者一行は一度王都に帰りましたが、勇者1人だけ『闇雪の遺跡』に戻り祭壇に花を手向けたとのことで……」

「花?! ……なぜ勇者がそんなことをする?」


 その行動は闇雪の魔獣に対しての献花といって間違いないだろう。人類を守る側にいる勇者が魔王の配下に花を手向けるとは、今までの行動パターンと全く違っている。

 勇者の1人行動は何ら不思議では無い。1体1で戦ったこともあるぐらいだ。仲間も人が違えば人数が違うことはザラだった。


「花……? なぜだ?」

「そ、それは分かり兼ねますぅ……」


 数多あるどの記憶にも無い、勇者が見せた奇っ怪な行動。どういう意図があるのか気になる。

 ソワソワと心を揺さぶられる感覚。ウズウズと確かめたくなる感覚。どれもこれも新鮮だ。


「ふむ……勇者の行動の意味を知る必要があるな」


 今の勇者は、闇雪だけではなく闇華の際も献花していたらしい。今後の事についても話にしなければならないし、様子を見に行くことにしよう。

 記憶の中の我は、一度もそんな考えを持ったことが無い。待ち続け迎え撃つことしか能が無い人形のような頭の固さを持っていた。魔王城の外に出るという思考にすら至らなかったのだ。


「ま、魔王様が自ら行かれるのですか!?」

「ああ、そうだ。なににせよ、勇者は闇焔のアルラカルラを倒すまでは魔王城に来ることはできん。それまで律儀に待ち続ける必要は無い」


 一言一言弾むように言葉を発する。一動作ですら愛おしく、心躍らされる。血の通わぬ人形だった我が息づいていく。

 今思えば、召使いとの会話も楽しいものだ。今までまともに会話を交わしたことがあっただろうか。あくまでも事務的に、報告を聞いていただけだった気がするが。


「容姿はなるべく人間に近付けておくか……よし」


 魔族の象徴でもあり、魔王の特徴でもある大きな角を魔法で見えないようにした。髪型と瞳の色を変え、服装を整え、準備万端だ。元々人間と姿形は似ているから変装時に弄る部分は少ない。

 傍で召使いたちが狼狽しながらも準備を手伝ってくれており、何度も勇者に会いに行くことを止めようとしていた。宿命の相手なのだから気にしないほうが難しいだろう。


 召使いの制止を振り切り、魔王城を出ると落雷と共に轟音が鳴り響いた。枯れ木ばかりの薄気味悪い庭園に、生気を感じさせない魔王城の外観。誰の趣味だ? 我か? 全く記憶にないが。

 未だ勇者は1人で「闇雪の遺跡」に留まっているようだ。偶然を装って、献花の理由を問うてみよう。



「────なぜ敵に花を手向けるのだ?」

「えっ……?」


 祭壇前で黄昏ている勇者の背はどこか頼りなさげな、どこにでも居そうな青年のようだった。

 こちらを振り返った勇者は戸惑いながらも答えた、「敵だと思えてた方がマシだったな」と。眉尻を下げて、とても悔しそうに。


「……でもまさか遺跡で声をかけられるとは思ってなかった。そういうルートかなぁ……闇華では無かったけど、闇雪だけ……もしくはどちらにも献花をしたからルート解放されたとか……な訳ないか、現実だし」

「……何を言っている?」 勇者を睨み付ける。


 次にこちらに背を向けてぼそぼそと呟く勇者。独り言らしいのだが、我の耳が良いせいで全て筒抜けだった。聞こえたものの、勇者の言葉は理解できない。

 理解が及ばない内容だったため、思わず怒気を含んだ声音になってしまった。我の声に驚いた勇者が、慌てて呟くのをやめた。


「な!? なんでもない!! ──それはそうと、君は? こんな場所に来るなんて……まさか……」 途端に勇者の顔付きが険しくなる。

「……言葉は最後まではっきりと申せ。それにここに我がいておかしいことがあるのか?」


 勇者はこちらを詮索するような眼差しから、間の抜けた表情になる。しばらくして、言葉を詰まらせながら話し始めた。

 遺跡周辺は魔物の出現過多に加え、町や村周辺にいる魔物より格段に強いことから滅多に近寄る者はいない。そして遺跡内部へは神の加護を受ける勇者が共にいなければ入ることが出来ない。(魔獣討伐された遺跡は一般人も入れるようになる)


「えっと……つまり、君が自らの命を絶つために……来たのかと思って……」

「お前の見当違いだ……ふむ、我が丸腰だからそう思ったか。生憎だが殺されすぎていてな、飽き飽きしている」

「殺されっ……!? ん……? その、勘違いをしてしまって申し訳ない」


 魔王の配下である眷属魔獣が巣食う遺跡に好き好んでやって来る人間はいない。そのせいか、突然現れた人物の目的が自殺だと思ってしまったようだ。

 漠然と死を求める希死念慮も、死に場所を求める自殺念慮も、一切抱いたことが無い。塵芥の命が手の平の上で転がり、いとも簡単に潰れていく。そんな人間の命も、自分自身の命すら好きに出来た環境で自殺を選択する理由が無かった。

 だが、繰り返す中で一度も自殺を試したことが無い。そういう選択もあるのか、新たな知見を得ることが出来た。もし今度があれば試すのも一興か。


「君はここまでどうやって来たの? 良ければワープで送るよ」

「いや……最初の問いに答えてもらっていないが?」

「えっ……最初の問い、あぁ! あぁ……あはは……その、命は等しく尊いもので、魔物や魔獣であれど弔いたい。つまり自己満足だよ。魔物達に苦しめられた人たちや一緒に戦った仲間にこんなところ見られたら、拒絶されるのは分かってる……だから1人で来たんだ」


 答えてもらうまで食い下がってやる、という態度を取ると勇者はすぐさま観念して答えた。敵に対する弔い、というよりは勇者自身の気持ちの整理と言ったほうが正確か。勇者ですら敵に花を手向けるというのに、我は自身の配下たちを弔うどころか労った記憶が無いな。

 勢いで接触したが、学ばされることばかりで思うように話を進めることが出来ずにいる。偶然を装いすぎたためか、このままでは別れることになってしまう。


「話すつもりなかったのに……! 今の事は誰にも言わないで……」 勇者が頭を抱える。

「誰かに言う選択もあるのか。ならお前はなぜ我に話すという選択をした? 話したくないと言えば良いのではなかったのか?」

「えぇ!? 断っても良かったの!?」


 勇者が狼狽えて、一気にしょげてしまう。肩を落とし、魔獣戦が終わった直後より老け込んだ顔になった。

 自由な選択肢がある世界が、急に眩しく思えた。そして漠然とした不安が押し寄せてくる。即決できない悩ましさは、あまり心地よいものではない。今ある選択肢の中に、果たして正解はあるのだろうか。


「……我も弔おう。何かを偲ぶ感覚を味わってみたい」

「え?」 勇者が瞠目する。

「いや、それ以外もだ。何しろ、先ほど生を受けたばかりでな。我が今いる世界を知りたい」

「……俺もまだ知らないことばかりだよ。良かったら、一緒に旅をしないか? 戦えとまでは言わないから、思う存分この世界を楽しんでほしい」


 勇者からの唐突な誘いに、今度は魔王が瞠目した。目の前で魅力的な選択肢が手を差し出している。

 考えるより先に体が動き、魔王は勇者の手を取っていた。そしてすぐに離した。


「俺はミシェル・クロスローズ」

「勇者には固有名詞があったのか!」

「あるよ!? ……やっぱり俺が勇者だってことは知ってたんだね。君の名前は?」

「我はまお……ベ……マオベルだ、姓は無い」


 我は魔王ベウルエウル──直球な自己紹介をしてしまうところだった。口の動きが緩くなりすぎているかもしれない。気を引き締めなければ。


「……今捻り出したみたいな感じだったけど……まぁ良いか。よろしくマオベル」

「我はお前の後を付けるだけだ。よろしくするつもりはない」

「ん……!? はは、まぁ良いか」 ミシェルは、マオベルがこういう性格なんだとすぐに受け入れ笑って受け流すことにした。

 

 そして魔王ベウルエウル改めマオベルは、遺跡近くで花を摘み取ると勇者ミシェルに倣って、初めての弔いをしたのだった。



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