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ゆるだら令嬢、魔王になる ~それでもお嬢様は可愛いので僕は無限に甘やかす!~  作者: 川石折夫
第1シーズン・ゆるだら令嬢危機一髪編
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第59話「甘やか執事の裁き」

 


 ――ジデルは生かしてはおけない。



 その一念で、僕は彼と対峙する。



 堕天使としての姿をあらわした僕に、ジデルは最初こそ委縮していたけど、不意にその挙動から怯えが消えた。




「ぬあああああああああっ!!」




 そして、咆哮。



 それとともに、ジデルの大きな口から濃密なガスが吐き出された。




「こうなれば、かえって好都合! ふたりまとめて溶け死ぬがいい!!」




 そのガスは、あっと言う前に僕と、その後ろにいたお嬢様を包み込む。



 ……なるほど、溶解性の猛毒ガスか。




「ふははァッはっはっはっ!!」




 必殺のブレスによる不意討ちで、勝ちを確信したジデルの高笑いが響く。




「……はっ!?」




 けど、ブレスを吐き終わった途端、ジデルの顔が凍りつく。



 毒煙がはれたその場所……



 そこに僕はもちろん、お嬢さまもまったくの無傷で立っていたのだ。



 こんな見え透いた攻撃を素直に受けるほど、僕はマヌケじゃない。



 なにより、今僕の後ろにはお嬢様がいるのだ。



 だから、僕は毒のブレスの発射と同時に、僕らの周りに魔法の防護壁を展開。



 これがブレスを完全遮断し、直撃を回避したのだ。



 この防護壁は普段の僕の力でもガラド様の攻撃の威力を半減させるくらいには強力だけど、本気を出した今その威力は桁違い。



 僕らを除く周囲の床が一瞬でボロボロになるほどの毒ブレスを、お嬢さまのドレスにこげめがつくのも許さず防ぎきった。




「天使の魔力は、そこらの高位魔族よりもはるかに上……この程度では傷ひとつ負わせられません」




 天使は基本的に天界からの斥候役だが、それが世界を滅ぼしかねない脅威になるなら地上の争いや危険因子を力ずくで鎮圧することもある。



 そのために、天使はその気になれば数人で数万の軍勢とも渡り合えるほどの力を持っているのだ。




「天使の力、あなたなら多少は知っていたはずでしょうに、やはり伝承で聞いた程度では実感できなかったようですね。今の自分ならあるいは……そんなあさましい夢でも見たのですか?」



「ぐむむ……」




 けど、あらためて天使の力の一端を見て、夢から覚めたようだ。



 ジデルはふたたび恐れに支配されながら、こちらを牽制するように睨みつける。




「そして、とうとう僕の目の前でお嬢様を攻撃するとは……これは、いよいよ許せませんね」




 ダメ押しとばかりに僕が殺気のこもったひと睨みをくれてやると、ジデルはその獣面を脂汗でびっしょり濡らして硬直した。




「ぐ、ぐおおおおおおおおおっ!!」




 しかし、突然発狂したように咆哮をあげ、腕を振り上げる。



 ヤケクソまじりの、決死の一撃……!



 ジデルの振り上げた巨腕が、その大きな影を僕らに落とす。




「失礼、お嬢様」



「え……」




 それに際し、僕はお嬢様の体を抱き上げ、背中の翼をばさりと展開。



 振り下ろされるジデルの巨腕をするりとよけて、天井近くまで高く飛び立った。



 直後、ジデルの攻撃はさっきまで僕らがいた床を直撃。



 攻撃が外れたことをジデルが認識する間もなく、僕は彼の頭と同じ高さからから、その顔面を見据える。



 状況を理解する猶予も与えられず、硬直するジデル。




「ふん……!」




 その彼に、僕は広げた翼から無数の羽を発射。



 それは僕の意のままに動く刃となって、ジデルの巨体を四方八方から切りつけた。




「ぐああああああっ!?」




 一本一本が堕天使の濃密な魔力に覆われた羽は、ジデルの強靭な肉体をたやすく刻み、その身に無数の傷を与える。



 これにはたまらず、ジデルも悲鳴を上げてたじろいだ。



 ――その隙に、カタをつける。




「――“開廷(アンファン)”」




 そのまま僕は片手でお嬢様の体をしっかり抱きとめたまま、もう片手をジデルに掲げ、魔力を開放。



 僕の手から、普通の天使には絶対に宿らないまがまがしい邪悪な魔力が放たれ、ジデルの体を包むように拘束する。




「ヒィッ!?」




 その魔力は、はるかいにしえ……神代の魔族でもないかぎり、けっして目にすることはないもの。



 その常軌を逸した力の波動に、さしものジデルも恐怖に顔をひきつらせた。



 今になってようやく、彼は自分が何と対峙しているのかを思い知ったことだろう。



 ……ま、もう遅いけど。



 僕はジデルを拘束する魔力にさらに力を注ぎ、魔法を発動した。




「我が魔力に、その身すべてをそぎ落とされるがいい……“裁禍(ゼーラ)凌獄牢(ヘルンニグス)”」



「ごあああああああああああああっ!?」




 途端、体を大きくのけぞらせ、苦しむジデル。



 彼の体を縛る魔力がはじけ、無数の棘となってその全身を貫いたのだ。



 その棘はジデルに耐えがたい苦痛を与え、搾り取る。



 ――彼の魔力、あるだけすべてを。



 お嬢様やメルベルのように魔力を吸収するのではなく、根こそぎ消し去る魔法……



 それが、裁禍(ゼーラ)凌獄牢(ヘルンニグス)だ。



 己の魔力をじわじわと喰われる際の激痛は、生きながらに全身の皮と肉をそぎ落とされるも同然。



 あのガラド様ですら、音をあげた魔法だ。



 肉体的にはともかく、内面的にはあくまで老いぼれに過ぎないジデルが耐えられる道理はない。




「っ……!」




 ジデルの悲痛な叫びに耐えかねたように、僕の体にしがみつくお嬢様の力が強くなる。



 ……もうすこしご辛抱ください、お嬢様。




「おおおおおお………!」




 魔族にとって、魔力は自身の体を維持する生命力も同じ。



 それを喰われ、ジデルの体は萎むように、みるみる元に戻っていく。



 やがて魔法の効果が切れると、そこにはすっかり衰えた老人に戻ったジデルが横たわっていた。




「ひゅー……ひゅー……」




 まさしく、虫の息。



 ジデルはぐったり地に伏しながら、それでもか細い呼吸で命をつなぎとめていた。



 僕はそれを確認して、床に降下。



 お嬢さまをそっと腕から降ろして、ひとりでジデルに歩み寄る。



 それに対しても、彼に反応はなく、顔を上げる余力すらないようだった。




「こ、この魔法……まさか、“禁呪”、か……?」




 その有様で、ジデルは息も絶え絶えにつぶやく。




「ええ、そのとおり。禁呪は天使ですら禁忌とする魔法ですが、堕天使となった僕には関係ありませんので」




 そもそも、禁呪はひとりの堕天使が時の魔王に教え、魔族に伝わったもの。



 ならば、僕がそれを使えるのは当然の話だ。



 まあ、もはや本当かウソかもわからないくらい大昔の話だけど。




「しかし、まだ生きておいでとは、なかなかしぶとい方だ。ガラド様には多少加減はしましたが、あなたには一切容赦しなかったのに」




 とはいえ、ジデルからはもう、ほとんどの魔力を感じない。



 体は弱り、生命力たる魔力もほとんど失い、もう長くないだろう。




「放っておいても助からないでしょうが、それでは僕の気が済まない……トドメを刺します」




 そのジデルに、僕は魔力をこめた手を振り上げる。



 お嬢様の命を狙い、恐怖させ、そしてその身を傷つけた罪は万死に値する。



 ゆるやかに死を迎えるなど、許しはしない。



 もっとむごたらしく、殺してやる……!




「死ね……!」



「フィリー、待って……!」




 お嬢さまがとっさに叫ぶものの、それでもなお僕は胸の内から湧き出る殺意を止められない。



 僕はお嬢様の声も振り切り、ジデルめがけて手を振り下ろした。


 


 けど……






「――その役目はおぬしのものではないぞ、フィリエル」




 


 突然割り込んだその声とともに、振り下ろすはずだった僕の手がぴたりと止まる。



 ……動けない。



 腕だけでなく全身が、見えないなにかにコーティングされたように動けなかった。



 これは、強大な魔力による束縛だ。



 僕の動きを封じるほどの力の持ち主となると、魔王城にはおそらくひとりしかいない。




 


「そやつの始末は、我がつける」




 


 かくして、僕の目の前にすーっと、その人物は姿を現した。



 魔法で姿を隠していたのか、景色からすーっと浮き出るように、この方は現れたのだ。




 


 ――ジデルと同じ三賢臣(さんけんしん)のひとり、ナーザ様が……



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