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ゆるだら令嬢、魔王になる ~それでもお嬢様は可愛いので僕は無限に甘やかす!~  作者: 川石折夫
第1シーズン・ゆるだら令嬢危機一髪編
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第56話「獣魔の巨人」

 


「ふぅ……ふふふ。“獣化”など、何百年ぶりかの……」



「こ、これが獣魔族(ビースター)の獣化……?」




 あたしたちを見下ろし、重低音の声を漏らす巨大な獣人。



 声はすこし様変わりしてるけど、その口調はたしかにジデルのものだった。



 獣化……たしか、獣魔族ビースターが自らの獣性を開放して変化する、いわば戦闘形態のようなもの。



 って、魔王になるときに散々知識を叩き込まれたときに教わっていた。



 獣魔族(ビースター)のジデルなら、それができるのは当然だ。


 でも……




「こ、こんなにおっきくなるなんて聞いてない……! それ、ほんとに獣化!?」




 普通の獣化は頭や手足が獣に近くなり、その体は獣毛に覆われ、体が多少肥大化する程度の変化のはず……でも、ジデルのこれは身長が三倍以上に伸びてるし、骨格からしてもう別人。



 それに、毒を注入して獣化するなんて話、聞いたことがなかった。




「無論、ただの獣化ではない。ワシの老いきった肉体では、もはや自力の獣化もままならないからの……だから、“狂化毒”でワシのなけなしの生命力と魔力を爆発的に上げ、肉体を強化したのだ……ふふ、火事場のクソ力というヤツかな」



「そ、それって……」




 いかにも体に悪そうなんですけど……?



 あたしがその言葉を言いあぐねていると、ジデルの獣面がにやりと笑みを浮かべる。




「察しのとおり、これはわしの命を著しく削る、禁断の技……だから、手早くケリをつけさせてもらうぞ! おおおおおおおおおっ!!」




 そう言って、まさに獣のごとく咆哮するジデル。



 その敵意が、殺意が、刺すような睨みとともにあたしたちに向けられる。




「がーーーっ!!」




 それに反応するように、ガーコちゃんがまっさきに飛び出した。



 小さかった手を強靭な魔獣の腕に変え、角と翼もはやした戦闘形態になって、獣化ジデルに果敢に挑む。



 彼女はわたしを守るため作られた“ガーゴイル”……その存在理念に則り、あたしの命をおびやかす脅威に真っ向から立ち向かった。




「しゃらくさいわああァァッ!!」




 その彼女に対し、獰猛な獣魔の本性をあらわにして叫ぶジデル。



 ガーコちゃんの何倍も大きい巨体が、その腕を振り下ろした。




「が……」




 その攻撃に、自らも自慢の怪力をぶつけるガーコちゃんだけど、質量の差は歴然。



 ガーコちゃんの攻撃はジデルの攻撃に拮抗することもなく、その腕ごとガーコちゃんの体が粉々に砕けた。




「ガーコちゃ……」



 空中で粉砕され、ゴトゴトと地に落ちるガーコちゃんの破片。



 彼女の体は魔法で普通の魔族と変わらないように見えるけど、その本質は石……まさしく石くれと化したガーコちゃんの体は無慈悲に床に転がる。



 唯一原形をとどめたガーコちゃんの胸から上の部位も、たちまち色が失せてただの石像に戻る。



 体の大部分が壊れたせいで、彼女を魔法生物たらしめていた魔力も失われたのだ。



 そのガーコちゃんだった石くれを、ジデルの巨大な足が容赦なく踏み砕いた。



 ……あまりに一瞬。



 その光景を、あたしは言葉もなく、ただ茫然と眺めるしかできなかった。




「よくもガーコちゃんを~~~っ!!」




 そんなあたしと対照的に、猛烈な怒りにかられるメルベル。




「待って、メルベル……!」




 その声にはっと我に返って思わず彼女を止めようとするけど、メルベルはそれにかまわずジデルに向かって飛び出した。



 あんなメルベル、はじめて見た……



 いつもテキトーにふるまっていたけど、同じ時期にパパに造られた魔法生物として、ガーコちゃんにはただのメイド仲間以上の、姉妹同然の絆を感じていたのかもしれない。



 その妹をやられた激情に突き動かされ、メルベルがジデルに襲い掛かる。




「バカめ、真正面からかかってこのワシに勝てるか!!」




 そのメルベルに対して、腕を振りかぶるジデル。



 このままでは、ガーコちゃんの二の舞だ。



 けど……




「むぅっ!?」




 メルベルに対して拳を振るったジデルが、驚きに目を剥く。



 あいつの攻撃はたしかにメルベルに直撃したけど、とたん彼女の体はガムのようにびろーんと広がってジデルの攻撃を受け止めたのち、ぼよよーんとはね返した。




「へへーん! そんな力任せの攻撃、わたしには効きませ~ん!」




 メルベルの正体はスライム……全身液状の体が持つ柔軟性が、ジデルが繰り出した拳の衝撃を吸収して無効化したのだ。



 いくら力自慢でも、それが物理攻撃であるかぎり、メルベルの体を破壊することはできない。



 ジデルの攻撃を防ぐと、すかさずもとの人の形に戻って、ジデルに飛び込むメルベル。




「さーって、その図体にはさぞかしエナジーがたっぷり詰まってるんでしょうねぇ! このメルベルさんが、残さずたいらげてあげましょーか!」




 スライムの最大の武器は、捕らえた相手の生命力を吸い取り、骨になるまで体を溶解させるオールドレイン……メルベルはこのままジデルの体に密着し、あいつのすべてを吸い尽くす気なのだ。




(あれ、これもしかして勝てちゃう……?)




 意外なくらいメルベル優勢の展開に、あたしはそんな希望を見た。




「ならば、これはどうじゃァッ!!」




 でも、自分の顔面に向かってとびかかるメルベルに対し、ジデルはその大きな口を開ける。



 そこから放たれたのは、濃厚なガスだった。



 メルベルは自ら飛び込む形で、それを全身で浴びてしまう。




「ぎゃああああああああああっ!?」




 途端、悲痛な叫びをあげるメルベル。



 その体が、メイド服はおろか肌まで(まぁ、擬態してるだけで全部メルベル自身の体なんだけど)すごい速度で焼けていく。



 まるで強力な酸を浴びたような、そんな様だった。



 そのガスの中で、メルベルの体は急速に焼却されていく。




「お嬢、さま……」




 こっちを一瞥したのを最後に、メルベルの姿はガスの中に溶け消える。



 やがて、ガスの噴射が止まると、そこには彼女の体は一片たりとも残っていなかった……




「メル、ベル……?」




 この展開に理解が追いつかず、あたしはその名を絞り出すので精いっぱいだった。




「ふぅ……ワシの全身をめぐる猛毒と強化された魔力をブレンドした、とっておきの“魔毒”のブレスだ。いくらスライムといえど、これを浴びればひとたまりもあるまいて」



 そんなことを言いながら、口からしたたり落ちる毒液をぬぐうジデル。



 あいつの言うとおり、実際ブレスを受けたメルヒアは跡形もなく、この世から消滅してしまった……




「さて、次はお前の番だ……」




 一瞬にして、あたしのメイドたちを葬り去った悪魔……



 その悪魔の邪悪な形相が、あたしに向けられた。



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