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第9話「ゆるだら令嬢、変身する」



 ――ルーネお嬢様の魔王即位まで、あと二週間。



 お嬢様に魔王らしい素養を身につけさせるための教育はおおむね完了し、準備は大詰めに差し掛かろうとしていた。



 そして、今回バハル様から言い渡されたのは……




「そろそろ、ルーネ様の公務における“お召し物”について検討したいと思う。魔王であるからには、きらびやかなドレスや礼服などではダメだ……見る者を圧倒し、畏怖させる恐ろしさと威風堂々たる荘厳(そうごん)さをかね備えた出で立ちが求められる」



「前回の鎧姿ではやはりダメですか、バハル様?」



「……まぁ、あれも条件に合っていると言えば合っているが、さすがにやりすぎだろう。あれほど誰だかわからん身なりでは、権威も薄れる。顔は多少隠しつつ、可能な限り魔王……いや、恐ろしい“女王”のイメージがほしいところだ」



「なるほど……」




 女王か……バハル様も上手いことをおっしゃる。



 たしかに、漠然とした魔王像よりは、女王という方がイメージしやすい。



 というわけで、今回僕たちがいるのはいつもの教育部屋ではなく、魔王城にある魔王専用の衣装部屋だ。



 ダンスホールにも等しい広い部屋にずらりと並んだ衣装棚に陳列された、数千種におよぶ衣装や装飾品……なにを隠そう、前回の鎧もここから拝借したものだ。



 奥には、更衣スペースもある。今回は、ここで衣装を見繕い、その場で試していこうという趣旨だ。




「さて、ルーネ様のお召し替えとなると、私やフィリエルではいささか都合が悪い。そこで、ちょうどいい人材を用意してある……入れ!」



 バハル様が出入り口のドアに呼びかけると、それがガチャリと開き、ひとりの人物が淡々とこちらへ歩いてくる。




「おや、あなたは……」




 それは、僕が知っている人物だった。



 タイトなスーツをぴしっと着こなし、きびきびした身のこなしの少女……



 ――僕がはじめてこの城に来るきっかけとなった、バハル様の遣いの少女である。



 お嬢様も、三賢臣(さんけんしん)との謁見の際にすこししだけお会いになられていたので、初対面ではない。




「この場を借りて、名乗らせていただきます。本日より魔王様の専属秘書として着任いたします、シャロマ=ダルムードです。どうぞ、よろしくお願いします」



「よ、よろしくお願いします……」




 少しの緊張もなく無機質に会釈するシャロマさんにつられるようにして、お嬢様も慌てたそぶりで会釈を返す。




「秘書、ですか……」




 そういえば、ナーザ様が人選はバハル様に任せると言っていたな。



 しかし……




「ダルムードというと、もしや……?」



「私の娘だ」




 僕の問いに、バハル様はあっさり答えた。




「え……」



 それを聞いたお嬢様が、シャロマさんとバハル様を交互に見渡して言葉を失う。




(この利発そうで美人なお嬢さんが、あのゴっツいオッサンの娘……!?)




 ……なんて思っているような様子だ。



 絶対、言っちゃいけませんよ、お嬢様?




「これには、以前から私の部下として魔王城で働いてもらっていた。城には慣れているし、実務能力にも問題はない。これから城にいる間はつねにルーネ様の傍についてもらい、公務の補佐をしてもらうことになる。いいな、シャロマ?」



「はい。承知しました、バハル様」




 バハル様の言いつけに、シャロマさんは恭しく頭を下げて応じる。



 そこに、父と子としての気安さはない。



 少なくとも、この城にいる間は上司と部下としてわきまえた距離感を築いているらしい。



 ……もっとも、たとえプライベートでも娘に甘々に接するバハル様なんて、想像したくもないけど。




「では、さっそく始めましょう。フィリエル氏にもいろいろとご意見を伺いたいと思いますので、衣装選びを手伝っていただければ」



「わかりました」




 シャロマさんからそう頼まれたので、僕も僭越ながらお嬢様の衣装選びに同席することになった。



 と言っても、僕はあくまで選ぶのを手伝うだけ……実際に試着させるのは、シャロマさんの領分である。



「まず、目下のところの懸案は、ルーネ様のお顔を隠すためのアイテムといったところでしょうか。頭をすっぽり覆う兜ではやりすぎとのことなので、ここは“仮面”などいかがでしょう?」



「そうですね。可憐すぎる印象は隠しつつ、女性だとわかるように配慮しなければ……鼻と目元を隠すだけでも、十分効果はあるかと思います」




 僕が思うお嬢様の一番のチャーミングポイントは、愛くるしく輝く大きな瞳だ。



 それを隠せば、幼い印象は消え、端正に整った美しい輪郭を際立たせることができるだろう。



 この衣裳部屋には、仮面も数多く置かれている。



 仮面舞踏会にでも使うような妖しくも高貴な印象のものから、なぜかあきらかにフランクなパーティー用と思われる滑稽なものまで……



 その中から、僕とシャロマさんは念入りに吟味し、ひとつの仮面を見繕った。



 それは雄々しい竜の顔面を思わせる、恐ろしくも気高い印象を与える仮面だ。



 これをお嬢様につけてもらい、さらにより雰囲気を出すため軽くメイクもしてもらったところ、持ち前のキュートさは見事にかき消され、美しさと危うさが同居した、まさに妖艶な女王といった風格が備わった。




「いかがです、お嬢様?」



「なんか自分じゃないような変な気分……ちょっと視界が悪いけど、まあこれなら」




 お嬢様にとって、あくまで重要なのは仮面のつけ心地。印象の変化については、あまり気にならないようだった。



 自分の真の姿を隠しとおすため、これまでも様々な変身を遂げてきた方だ。



 今回の“魔王”も、そのうちのひとつでしかないのである。



 ひとまず、これで仮面選びの方は終った。




「では、次はその仮面に合うお召し物ですね。バハル様がおっしゃるには、きらやびやかすぎるドレスや礼服の類は魔王にそぐわないとのことですが……」



「女王であるなら、基本はやはりドレスが良いのでは。少々肌の露出を増やして、妖艶な雰囲気を出すのも悪くないですね。いっそ、以前の鎧も一部使い、“強い魔王”らしい物々しさを加えるのも……」



「……それ、フィリエル氏の趣味が入ってません? 鎧好きなんです?」




 シャロマさんが、じとーっと疑いの目を向けてきた。




(あんたら、あたしで遊ぼうとしてない……?)




 ついでに、お嬢様からもそう言いたげな刺々しい視線を向けられた。



「いえ、そういうわけでは……」




 もちろん、僕の趣味などではない。けっして。



 でも、普段から可愛らしい幼女姿やお美しい淑女姿のお嬢様を見慣れている僕には、あの鎧姿の厳かなたたずまいがとにかく新鮮に映ったのである。



 これもアリ……! と。



 いわゆる、ギャップ萌えというものである。






 僕のそんな意見はさておき、とりあえず仮面のイメージに合うお召し物というコンセプトで、衣装探しがはじまった。



 ――いろいろ試した。



 悪の伯爵夫人といったイメージの毒々しいドレス姿や、猛々しい女将軍といったイメージの鎧姿におどろおどろしい魔女のようなローブ姿……



 果てはホラー風のボロボロのドレス姿、趣向を変えて恐ろしくも愛着のわきそうなゆるキャラ魔獣の着ぐるみ、サキュバスらしくお色気ムンムンのエキゾチックな衣装……そりゃもう、いろいろ試してみた。




(あんたら、完璧に遊んでるだろー!)




 迷走は迷走を呼び、ついにはお嬢さまがガチでキレそうな気配を纏い、一部始終見ていたバハル様も青筋を浮かべているのが見えたので、すみやかにクールダウン。



 あらためて冷静に思案し、最終的に選ばれたのは……






「……まぁ、こんなものだろう。やや肌を出しすぎな気もするが……事実として魔族の頂点に立つべき女王としての風格がある……と思う」



 迷走に次ぐ迷走の果ての着地点でしぶしぶ妥協するかのように、バハル様はやや疲れぎみにひとまず合格点をくれた。



 お嬢様が纏うのは、胸元とふとももを大胆に出した黒いスリットドレス。さらに、両手足に両肩、胴体には黒光りする鎧。そして、背中にはマントを垂れ提げた、妖艶たる女王の風格と強き魔王の威容をかね揃えた装束であった。



 ……はい、僕が最初に言い出した案がほぼそのまま採用されました。



 しかし、こうして実際に見ると、思いのほか様になっていた。



 雄々しき鎧とドレスに身を包んだ、仮面の女王……我ながら悪くないと思う。



 実際、バハル様をはじめ、シャロマさんもお嬢様本人からも、文句の声はなかった。



 ……単に、もうこれでいいやという諦めを強く感じるけど。



 とにかくこうして衣装選びは無事終わり、お嬢様の魔王即位のための準備は、ついに最終段階を迎えるのだった……



 ◆



 ――その夜、魔王城のとある執務室。




「――お前から見て、ルーネ=ヴィリジオはどうだった?」



「はい、彼女自身には特に問題はないかと……むしろ、あの執事の方がよっぽど不安です」



「たしかに……あの娘、普段はおとなしいくせにここぞという時には度胸があるし、能力も申し分ない。思ったより、上手くやってくれそうではあるのだが……」



「なにか、心配が?」



「どうも、な……あの娘、時折妙な挙動を見せる。なにか、重大な“秘密”を隠しているような、そんな後ろめたさを抱えている気がするのだ」



「秘密、ですか……」



「うむ。ユーリオ様の二の舞になるようなことは、避けなければならない。なるべく早々に、あの娘の真偽を見極める必要がある」



「承知しました、では明日からそれとなく探りを入れてみます」



「私の動きはナーザ様にも悟られるわけにはいかん。くれぐれも慎重にな、シャロマ。私が統括する“魔王城諜報部”のエースたるお前に期待する」



「はい、バハル様……」




 ……やがてシャロマは部屋を去り、バハルは一人、机で重い息を吐く。




「あの娘に、本当に魔王をやりぬくだけの資質があるのか。もし、そうでない時は……」



 三賢臣(さんけんしん)バハル=ダルムード……誰よりも、“強い魔王”に固執する男。



 その瞳には、昏い炎が揺らめいていた……


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