【2】
私と彼が出会ったのはいつ頃だったかな。
確か私は22歳で、通い始めたばかりのハプニングバーでお酒を飲んでたんだ。
ハプニングバーっていうのはHなハプニングのある…カップルから3Pに誘われたりノーマルにSMやセックスに誘われたりするとこ。
誘いを断ったり、行為をせずに1人でいてもいいし(現に私はここで行為をしたことはなかった)、結構自由な場所。
ハプニングバーって場所ははじめてのときはどきどきしたけど、だんだんと知り合いが増えたり、スタッフと顔馴染みになったりしてすごく居心地のいい場所になっていて、その日もステージの緊縛ショーを鑑賞しなながら1人でひたすらモスコミュールをあおいでた。
「隣、いい?」
『…どうぞ。』
知らない男が話し掛けてきたときは、私は前を見たままで答えることにしていた。
話し掛けてくる男の数は多いからいちいち相手になんかしていられない。
「よく、ここに来てるよね?」
今日は少しが機嫌悪いから少し無愛想な風かもしれない。
『…うん。』
こうして真正面を見ていれば男の表情はわからないけどきょとんとした顔をしているのはなんとなくわかった。
「…あははっ…つれないなぁ。
おじさん切なくなっちゃうな」
『そんなっ……』
その声や話し方の若々しさとおじさんって一人称のおかしさに突っ込みたくて思わず彼の方を向いてしまった。
(ああ、いけない、やられた。)
私は即座に思った。
(目を、目をそらさなきゃ)
思ったけど私は動けなかった。
ひきつけられて固まってしまった。
彼は知っていたのだ、その言葉で私が振り向くことを。
そんなわけはないのだが、私が振り向いた瞬間の彼の笑みは、
今でも私が好きな最上級のほほ笑みであり、待ち構えていたかのような、しかし温かみを伴った不思議な雰囲気をまとっていたからその時の私はそうと信じて疑わなかった。
『……。』
「どうしたの?」
彼は表情を崩しカウンターに向きなおした。
私も少し落ち着いて表情を直した。まだ心臓は高鳴りを続けていたけれど興味に負けてもう一度彼を見た。
彼は決して一般的にいい男ではなかった。
おじさんと言うほどの年でもなく、20代ほどだったが、黒い髪は長く、鋭い目は印象的だった。
色白で、スーツを着ていてもわかるほどのすらりとした体躯はどこかひょうひょうとした風であった。
「なにか俺の顔についてる?」
ほほ笑みながら聞いてくる男にほほ笑みながら返してあげる。
『んーん。なにも?
ただ、面白い男だなぁと思って。』
なぜか素直に言ってしまった。
男はまたきょとんとして、それから笑いながら言った。
「かわいい子にいい男って言われるとなんだかうれしいね」
『いい男とは言ってないよ?』
冗談めいた会話に少し余裕が出てきたことを感じた。
「ははっ、俺はユウ、優しいのユウ。よろしく」
勝手に自己紹介されてしまった。
正直、嫌じゃなかった。
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それから3時間もの間私とユウはたくさんの話をした。
セックスの事も話したし、お酒の話もした。
驚いたのは音楽とか映画の趣味が合うこと。でも彼のほうがかなり詳しいことも知った。
話が楽しすぎて他の人のことはあんまり見ていなかった。
私が眠くなって帰るまでほんとにたくさんの話をしてくれた。
ユウはその外見からは想像もつかないくらい砕けていて、だけど大人の常識とか知性を持ってる人だった。
帰りぎわにユウはさらさらと自分のメールアドレスを紙ナプキンに書いてくれた。
送っていくと言われたがなんとなく断って1人で帰ってきた。
もっと話したかったけど今日の出来事を寝る前に思い出したかった。
きっと家に着いたらすぐに寝てしまうから、ユウのことを思い出したかったから。
それじゃと言ってあげた彼の指の細さは少し不気味な位であった。