魔女っ子マキちゃん
【名言集100選】
ガガーリン
地球は青かった
まだ夜の余韻を残した早朝。馬車の手入れも終わり、いつでも出発できる準備が整ったという頃。発着所ではフードを被った妖しい黒ローブと、明るいブラウンの髪を二つに縛った少女が互いに向かい合っていた。
「そんじゃまたな、りーさん」
「さようならね。もうあなたの真っ暗な顔を見なくて済むって考えると清清するわ」
「なんか今日辛辣じゃね?」
「清々しい気分になったわ」
「よかったね! でも言い直さなくていいわ!」
一緒に旅をして2日。二人の目的が別にある以上、道が交わることは無いと分かっていたが、それでも寂しさのようなものをマキは感じていた。
『リィナもそう思ってくれてるだろうか』とマキは想うが、リィナの性格を考えるとそれは無い、とマキの論理的な部分は答えを出した。リィナは独り立ちが早かったこともあって、自立が出来ている少女だ。少なくとも3つも歳上のマキよりよっぽど精神的自立が出来ている。
だから、マキの自分と同じ気持ちであって欲しい、という願いはリィナのことを無意識に自分と同格と見ていることを示しており、それはリィナに対しての侮辱以外の意味を持たなかった。
「俺の目的が早めに終わるようだったら、りーさんに加勢しに行くわ。ここまで護衛してくれたお礼も兼ねてな」
「あなた足引っ張りそうだから要らないわ」
「肉壁くらいには使えるかもしれんぜ!」
「そうね………あなたの目的のワープ航法?の研究とやらはどのくらいで終わりそうなのかしら」
「まさかの肉壁で食いついたぁ!?」
それでも同行の許可を貰えそうなのが嬉しかったのか、フードの中の顔はにやけていた。プライドも扱いもやすいメスガキ野郎であった。
「別に……あんまり早く終わるようなら、迎えに行った方がいいと思っただけよ」
「おやおや、ツインテだからツンデレですってか、そのツンデレ『安い』ねぇ……」
「勘違いしないでほしいわね。別にあなたのことが心配だから迎えに行くだけであって、私の手伝いをさせようっていう魂胆なんて欠片もないんだからね」
「ツンデレ構文で戦力外通告されちゃったぁ!?」
直球の要らない子宣言、どころかリィナの中でマキは要介護者として扱われているようだった。しかし、それも仕方のないことだろう。マキのフィジカルはゴミカスであり、弱々ボディの代償に手に入れた異世界チート特典的サムシングであるはずの魔法も対人レベルの規模で使うだけでひぃひぃ言い、手先の器用さも幼女のそれなので持ってるものよく落とすわ、脚も同様に不器用なので走るとすぐ足をもつれさせるわ、とスペック的には散々なのだ。世間知らずな所も相まって、自分を10代後半の男性と思い込んでるただの幼女なのではないかとリィナは少し疑っている。
「おいおい、忘れちゃいけねぇぜりーさん。確かに今の俺は背丈は小さいが、こんなでもりーさんより幾らか歳上で、火やらビリビリやら出せるから戦闘力皆無ってわけじゃないんだぜ」
「焚き火とかする時は便利そうね」
「俺の役割サバイバルキットかよ」
お喋り機能付きチャッカマン。ちなみに話はそんなに上手くない。Androidの画面を占拠する羊の方がマシだろう。
会話が途切れたところで、マキは懐に手を入れ金属で覆われた直径2センチ程の球体を取り出す。首にかけられるようにするためなのか、紐のようなものが括り付けられているので、アクセサリーの一種だと思われた。その球体の表面は完全に金属で覆われているわけではなく、よく見れば下半分はガラスのような透明な素材で出来ている。金属部分には幾つか用途不明の穴が空けられており、デザインとしてはやや前衛的だった。
「はい、とりあえずこれ持っといて」
「何これ?」
「昨夜作ったお守り」
「悲しいくらいセンス無いわね」
「実用性重視だからな」
「なんかの魔導機械なの? これ」
「こいつを持っててくれれば、運命が俺とりーさんをもう一度引き合わせてくれる……かもしれない。あっ、中の装置壊れやすいから取り扱い注意な」
「ふーん……」
謎の球体を胡散臭そうに見つめるリィナを前にマキはこれまた胡散臭そうな説明を繰り返した。
「物としては中の変な形した金属に微弱な電流を流して磁界ってのを発生させんだけど、そこに電波っていう光の親類みたいなのを──」
「あーはいはい。どうせ聞いても分かんないしいいわ」
「あーうんそうだな。取り扱いだけ説明すると、金属製の密閉した容器には入れないでいて欲しい。バッテリーは一ヶ月持たないだろうし一ヶ月経って何もなかったら捨てていいよ」
「お守りなんでしょ。捨てずに持っとくわよ」
「あと万が一その丸いのが異常に熱くなった場合もすぐに捨ててくれ。火事の原因になるから」
「やっぱ返していい?」
返品は拒否である。製造物責任法もこの世界にはまだ無い。仕方なしにリィナは恐る恐る謎の球体を首にかけた。
「うん。まあ、似合ってんじゃね?」
「こんな変な物が似合ってても、何も嬉しくないわね」
もう少し時間があればデザインにも気を使う余裕があったかもしれないが、一晩ではこれが精一杯だった。次に工作する時は見た目も女受けしそうなデザインにするべきか、とマキは思案したがその機会が来るかどうかは怪しいところだった。
馬車の駆動音が鳴った。見れば運転手が数人の乗客たちに出発する旨を伝えている。そろそろ乗り込まないと置いていかれてしまうだろう。
「思ってたけどさ、あれ本当に馬車か? 馬要素どこ…………」
「見ればわかるじゃない。荷台を引っ張ってる先頭部分、ややメタリックだけど馬よ」
「どう見ても非生物なんですけどそれは」
この世界でエンジンに相当する物を作るのは難しくない。魔法で運動エネルギーを発生させ続ければそれで完成だ。ガソリンよりも効率の良い動力機関の完成である。
ちなみにこの世界の馬の馬力を地球で換算すると100PS程。これは軽自動車2台分に相当する。マキたちがモカードから出たときに乗っていた馬車であり、そしてリィナが今から乗るであろう謎の馬車の馬力は、恐らく10PSが精々だろう。
この世界の技術が馬に追い付くのは当分先なのかもしれない。
「一般的な馬であれなら、ギガホースとか300馬力超えてたでしょあれ…………」
「何言ってるか分からないけど、私もう行くわよ」
「あーうん、また今度な」
「軽いわね」
「そう遠くないうちに会えるだろ多分」
いくつか軽口を交わして、 すぐにリィナは荷台に乗り込んでいった。やがて、走り出した馬車がマキから遠ざかっていく。
馬車がマキの視界から消えた頃になって、じわりと胸中が不安と寂しさがごちゃまぜになったような冷たい感覚に浸された。そしてようやく、自分が一人きりになったことを遅れて実感する。
「………りーさんがいなくなった途端これとか、俺ぁガキかよ………あっ、幼女だったわ」
マキは自分の内から発した感情を見ないフリをして歩きだした。目指すは街の中心部。郊外の遺跡群から少し離れたところにある研究所。肩にかかる荷物の重さに辟易しながらマキは歩を進めた。
【名言集100選】
蝦夷鹿
がんばってじゃねぇよオイ!───オメェもがんばんだよ!