何言ってんのおsWITCH
モカードから出て数時間。
マキたちは呑気に外を眺めていた。
夕陽に照らされた湖の水面が赤く反射している。馬車に乗ってる間に一日の終わりが近付いていることを示していた。
二人を乗せた馬車は水晶のような透き通った物質を敷き詰めて整備された道を走破していく。
プレイシアまではもう、すぐそこまでだった。
「りーさんのその刀、柄が茶色の方のヤツって結構な業物らしいじゃん。どこで買ったんだ?」
「地元」
少しして、身体にかかる加速度が減衰した。馬車は速度が緩まったまま幾らか進み、プレイシアのターミナルまで行ったところで完全に静止する。目的地に着いたようだった
荷台から降ろされた二人は、街とも呼べない石造りの街を歩く。何百年か前まで人が住んでいたらしい建物には今は誰も住んではおらず、観光客もこの時間帯は居ない。まさしく廃墟と呼んでも差し支えない場所だった。
モカードのそれより一段と冷え切った静謐な空気が身体にまとわりつく。
「さぶぶっ……早く宿行こうぜ」
二人はそそくさと夜の遺跡を駆け抜けた。しかし、疾走の一秒後にはマキはリィナの俊敏な動きに置いていかれそうになってしまう。肉体の基本性能に差が有り過ぎたのだ。しょうがなくリィナがマキの歩調に合わせることにした。
身体を震わせながら宿屋に駆け込み、チェックインと食事を済ませた二人は就寝まで時間があったので、部屋で雑談がてらテーブルゲームをしていた。
マキの気分は完全に修学旅行生である。
剣を握ってるとは思えないくらい綺麗なリィナの手には2枚のカードが握られている。モカードの探索中に買ったトランプである。カード漏れの確認を兼ねて二人でババ抜きをやっているのだ。
「ムムムムムっ」
マキは鉄仮面染みたリィナの顔をじっと観察しながら手をカードの左右に行ったり来たりしている。
「変わらねぇ……」
フェイントを仕掛けても眉一つ動かすことなくマキを冷めた目で見つめるリィナに薄ら寒いものを感じながらも直感に従いながらカードを取った。
捲られたカードはババだった。
「んほぉぉおお!!」
「うるさい」
「はい」
後ろ手にカードをシャッフルさせて、マキが2枚のカードを構える。マキは表情筋を釣り上げて口もすぼめた。リィナに尽く表情の変化を見切られたマキは、ここに来て『初めから変顔しとけばババ見破られない作戦』を決行した。
ゆっくりと近づけられたリィナがクローバーの2に添えられる。マキはなんとか表情を維持した。
今度は手がスライドしてジョーカーに添えられる。マキは表情筋を更に釣り上げ、眼球を可動域限界まで上側に向けて白目になった。
……リィナの手が逆側のクローバーの2を無慈悲に抜き取った。
「んなぁーッ!?」
「私の勝ちね」
リィナはどこかほっとしたような顔で、自分の勝利を宣言した。
「くっ、リーリリに負けた…!」
「誰よリーリリ」
リリリーリ・リーリリはツインテ真拳の伝道者である。縛られた両髪を自在に動かして戦うのだ。
「……もう一回やるだろ?」
「嫌よ。私朝早いし」
「じゃあまた今度な」
二人はバラバラになったトランプを集めて箱の中に収めていく。マキはカチカチと中から音が鳴る箱を無理やりバッグの中に詰め込んだ。
「つーか、りーさん朝早いって言ったけどさ、俺りーさんの予定知らないわ。明日はどうすんの?」
「……? 別にモカードに戻るだけだけど」
「え?……待って。じゃありーさんがプレイシアまで来た理由って──」
「ぶっちゃけるとあなたのお守りかしらね」
「えぇー!?」
マキの為だけに今日明日を潰して、ここまで付き合ってくれたらしい。マキは申し訳なさと、また仮を作ってしまったという情けなさで頭がいっぱいになった。
「いや、別にわざわざそこまでしてくれなくてもいいって。俺が見た目通りのヤツじゃないって知ってるだろ?」
「気にしなくていいわ。私だってこっち側に師匠が居るかどうかの確認がてら来たわけだし」
「……お師匠さん、この街に居るかどうかはまだ調べてないだろ。俺も明日手伝うよ」
「大丈夫よ。多分だけどこっち側にはまだ来てなかったから。そして、それが分かれば十分だわ。プレイシアから南下しながら捜査してけばそう遠くないうちに見つかるでしょうね。だから手伝いなんて要らないわ。あなたはあなたのやるべきことをしなさい」
「あー、そう……」
マキはどこか釈然としない気持ちで返事をした。マキにはマキのやるべきことがある。何人もの人の力を借りてやっとここまで来たのだ。ならば、マキには死力を尽くして、世界間渡航の術を研究する義務がある。他のことにうつつを抜かしてる場合ではない。
「うーん。まあ、お互い頑張ろうってことで」
「そうね。それでいいわ」
「明日はいつ出るんだ? 見送りぐらいはさせてくれよ」
「朝一つ目の便よ」
「早いなぁ」
その後、リィナが自分の部屋に戻り、一人部屋に残されたマキは雑に敷かれたベッドの上で寛いでいた。
思い起こすのはアイリーリスに来たときのこと。気づいたら右も左も分からない深い森の中に居たマキを街まで案内してくれた少女のこと。
そして、少女と共に戦うため分不相応な魔法を無理やり行使した結果、身体がトンチキなことになった自分のこと。
その少女がまた厄介なことに首を突っ込んでるらしいのに、自分は何もしてやれないようであること。それがマキの心の底に染みのようにへばり付いていた。
「自分の用事くらいさっさと片付けねぇとな」
自分の用事が早く終わればその分リィナの手助けができる。マキは決意を新たに固めた。
「地球に帰る方法を見つける。その後りーさんの師匠とやらも一緒に探す。結構なハードワークだな」
ハードルが高い方がモチベーションも上がるのだ。ちょっとくらい難題を加えたぐらいがちょうどいい。
それは間違いなく無知ゆえの無謀。マキの悪癖だった。
ええっ! 世界間渡航とかいう無理難題に時間制限も加えるって!?
できらぁっ!