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魔女っこ姉妹のマキとりー

遅れてばっかで情けないとは思ってます

「うわああぁぁぁあああ!!!」

 

 酒場の一件から一晩経った翌日、マキは羞恥に悶ながら朝を迎えていた。


 あの後結局、閉じきった貝の殻をどうにかするためワカメブレードを売りつける謎の男に切断してもらったのだが、その方法がいけなかった。


『わー、お兄さん、いい剣持ってるじゃーん♥おねがいなんだけどぉ、お兄さんの剣でわたしの貝めちゃくちゃにしてほしいなぁ♥♥えー? 売り物だからだめぇ? もしかして自分の剣に自信無いのぉ? これで失敗したらお兄さんの剣がクソ雑魚のナマクラだってバレちゃうもんねー! ざーこ♥ざーこ♥ザコ昆布♥あれぇ? 怒ってるのぉ? キャハハ! え、あ、ワカメだっけ、ごめんなさい……。』


 美形幼女のスタイルを最大限活かした全力の『メスガキロールプレイ』。それに耐えられる男は居るはずもなく、昆布売りの男は貝殻の上側を泣く泣く斬らされた。ワカメブレードは湿気に弱くふやけて駄目になってしまったが、マキは無事に貝にありつくことができたのだった。


 しかしその代償は大きく、貝を食べた引き換えにマキは男として大事な物を失ってしまった。……そんな気がした。


 そもそも、自分はそこまでして貝を食べたかったのか? マキはその自問自答に答えを出せずにいる。


 このままでは本当にメス落ちしてしまいそうだ。マキは震えながらそう思ったし、というか斬るだけなら素直にリィナに頼めばよかったのでは? その真実に辛うじて気付きかけたマキだったが、昆布の出汁が入ってる方が美味しいはずという謎理論によってなんとか精神を保った。


 


「そういえば昨晩の夕食どうしたの?」

「え゛? ……す、捨てたよ」




 リィナと合流したマキはモカードの街を探索していた。北側の文化が多く流入したのか、石材や煉瓦で道が補填され、家の屋根などの一部だけは木で作られている。ここだけでもネガーの街並みとは大きく違っていたが、首都側から輸入されたであろう魔導機械が至る所に設置されており、経済規模でも辺境の街とは及びもつかないものであるらしい。


 モカードはゲームには存在しなかった街だが、同時にこういう街がゲーム内で幾つかあっても面白かっただろうなぁ、とマキは思った。しかしモカードはここ20年で急速に開発が進んだ都市であり、その開発理由は魔導機関車の開通による人口の流入、物流の増加である。『Angel Doll』の舞台となった時代は今の時代より100年以上前だったので、モカードが描写されていたとしてもそれは長閑な寒村でしかなかっただろう。


 それはそれとして、二人はプレイシアに向かう馬が出る時間まで暇を潰していた。街を巡っていたのはその一環だった。


 串に刺されたクモの素揚げを手に持った黒ローブは、そのゲテモノをフードの暗黒にズブズブと浸していく。暗黒面の向こう側に落ちたクモの足が内部でボリボリと貪られた。


「うーん……30点」


 表面は程よい硬さになるまで火が通っており食感は歯応えがある。肉の味は淡白で鳥のようだが、鳥よりも繊維が柔らかく、口の中でボロボロと崩れた。ぼちぼち塩が効いているので精神的な満足感もある。…………味はそれほど悪くない。しかし、姿揚げにしてるせいで見た目が悪いのが欠点だ。脳内で、蟹の親戚だと誤魔化し続けるのも限度がある。


 如何にも異文化な味覚体験だったが、通りすがる人々を見るとここは特に異文化を感じた。というのも、道行く通行人たち全員なんらかの形で武装しているのである。マキたちの住むネガーでも流石に非戦闘員が武器を持っていることなどなかった。


 治安が悪いのだろうか。マキは周りをまじまじと見た。


 ガタイのいい男が槍を背負っているのは分かる。ヒョロっとした肉付きの薄い男も長い木の棒みたいなのを持っていたりするの少し不安になるがまあ分かる。今の自分と同じ体格の子供が全員布に包んだ棍棒を背負ってるのを見ると流石に目を疑う。野球をやるにしてもバットだけ多すぎ問題である。リィナのような細くしなやかな身体の少女が、戦線を張れる世界なのでそれらのことを考えるのは野暮かもしれないが。


 それでも全員が全員武装し合っているのは、何だか落ち着かなかった。ケンカなんて起きれば人の命が簡単に吹っ飛びそうだ。


「もきゅもきゅ……もう一生クモはいいかな……。串どこに捨てよう」 


 マキがモカードの食文化を脳内レポートしていると、ふと隣のリィナが足を止めた。釣られてマキも足を止めると、そこは武器屋であった。看板に達筆な字でそう書いてある。


「ほほぅ……りーさん行ってみようぜ!」


 フードに隠れた瞳をキラキラさせながらマキが店に向けて指を指した。根が男子小学生なマキは大斧とモーニングスターが大好きなのだ。しかし、そんな浮かれるマキを無視してリィナは一人で武器屋に入っていってしまう。それに慌てて、マキもリィナに追従した。


 中に入るとそこは、マキが夢にまで見た無数のイカした武器群が並ぶ奇跡の空間───が広がっていた訳ではなく。あるのは棍棒であった。


 棍棒。棍棒。棍棒。木の棒。棍棒。棍棒。スコップ。木の棒。棍棒。槍。棍棒。


 謎の棍棒フェスである。


「え、なにこれ?……なにこの棍棒推しは……」

「表に置いてある武器なんてどこもそんなもんよ」

「嘘だろ!?」

 

 刃が付いている武器を素人が振り回すのは危険であり、特に剣などは訓練が必要な武器の筆頭である。考え無しに振れば自らの身体を刃が突き刺し、敵に振るわれるべき刃は自身の大切なモノすら傷つけるかもしれない。


 しかし、棍棒ならばどうか。敵にめがけて雑に振ってればそれなりに強く、扱いも他の武器に比べればそれほど難しくない。雑に扱ってもそうそう壊れることなく、複雑な手入れも必要としない。何より安価で買い替えやすい。一般人が持つ武器としては最適解の一つなのだ……ッ!


「……ということなのよ」

「そうなのか?」

「まあ、ここまで武器種に偏りがあるのは珍しいけどね。でもそれだけ今はどの家も武装が必要なんでしょ」

「武器の需要が急に増えまくってるせいで棍棒ですら皆欲しがってるってことか。なんで? 市民総出で革命でも起こすの?」

「発想が物騒ね」

「うちの地元では棍棒代わりにギロチンを使ってたぜ!」

 

 

「お買い上げ頂かれた皆様方は、『安心』が欲しいのですよ」


 光を放つ魔導機械で照らされた店内に低い声が響く。店の奥から高級そうな靴の音を壁に反響させながら現れたのは、壮年の男性だった。


「ようこそいらっしゃいました。私、この店のオーナーをやっているものです。と、言っても私以外の店員は居ませんけれども」


 燕尾服に身を包んだその男は、丁寧な所作で挨拶を行うと、リィナたちに向き直った。


「おや、失礼致しました。出過ぎたことを申しましたね」

「いえいえそんな、えっと安心? そう、安心ですよねー。太くて逞しい棍棒は見てるだけで安心感が湧き上がってくる的な……」


 黒ローブの頭に相当する部分を隣の少女剣士が叩いた。ぶべぇ、という汚い声がローブの内から漏れた。


「すみません。コイツ頭の病気で」

「………………はい。そうです。ごめんなさいボクは病気なのでしばらく黙っています」

「ハッハッ、お気になさらず。この街の人間は対話も困難な粗暴者も一定数居りますので、特に店種が店種ですし、ええ。お二方のような、礼節に礼節で返そうとする方々はむしろ少数派ですとも」


 礼節どころかおもくそ無礼で返した気がすんだけど、マキは思った。


「いえいえ、こういうのは気持ちですから。貴方はいきなり現れた私の話にも無理やり合わせようとしてくれたでしょう。形はどうあれ貴方は私を気遣おうとした。相手を思いやって行動した。礼節なんて本来それでいいはずなのです」


 イヤアァァァア!!! 初対面の人間にめっちゃフォロー入れられてる〜ッ! マキは思った。思って、己を恥じた。一説によると、人の尊厳を最も傷つける方法とは、相手に恥辱を与えることである。マキを苛んでいるのは、己が培ってきた常識や倫理観そのものだ。マキは今、他でもない自分自身によって途方もなく大きな恥辱を与えられているのだった。

 

「えっと、なんか……すみません」

「いえいえ、元々お二人の間に割り込んだ私に非がありますので」


 謝るな。頼むからやめてくれ。これ以上俺を追い詰めるな……。ローブの内でぷるぷる震えていたマキを無視するようにリィナが話を進めだした。


「剣を見せてほしいんですけど」

「剣、ですか。それは腰にある物と同タイプのもので?」

「ええ。できればこれより性能が良いのを」

 

 そう言って、リィナがオーナーに手渡したのは、所謂打刀という部類に入るものだった。それが二本。


「詳しく拝見させていただいても?」

「構いません」

 

 リィナに許可を取ったオーナーは、鞘から刀を慎重に引き抜くとその刀身を鑑札する。

 

 刃渡りは二本とも100センチより少し短い。しかし、その二本の長さは完全に同じではなく柄が黒く漆塗りされている打刀の方が僅かに長かった。


 刀の傷、材質の劣化や柄との結合などを確認していく。


 その間マキはほげーっとした顔で二人の様子を見ていた。マキには武器の知識など無いし、ましてや刀の知識などもっと無い。なので、黙って見ているしか無いのだ。


 何分か経って一通りの鑑定を終えたのか、オーナーが二振りの刀を返還した。


「はっきりとお答えしますと、刃渡りの短い方の打刀、それを上回る代物はウチには存在しません」

「そうですか」


 リィナは特に落胆した様子もなくでしょうね、といった風な顔をしていた。


「柄の黒い方なら、それを越えるものが幾つかありますが……恐らくこちらは魔法がかかっていますよね? 二本とも刃の大きさが違うのに、それぞれ刀の重さが一緒でした」

「あっ、ほんとだ。重力制御の術式っぽいのが付いてる」

「両手に持つ剣の重さを均一にすることによって、戦闘時に身体の左右にかかるバランスを保っているのでしょう」

「へー」


 それ意味あんの? とは口には出さなかった。マキは近接戦闘に関しては門外漢だ。専門家相手に口出しする権利は無い。


「魔法のかかった刀は、もう片方の刀と同時に扱うためのチェーンニングが施されています。シナジーを考えれば、こちらの刀も変えるべきではないと思いますよ」

「りーさんの強さの正体見たり!って感じだな」

「武器の性能だけで戦闘力は大きく変わりません。どんな武器も使いこなせなければ意味がないのです」


 剣の達人は剣がなくとも強い。


 わからせおじさんがメスガキを分からせるのに必ずしも剣を必要としないように、リィナもまた剣に頼り切りというわけではないのだ。


「確かに」


 モカードの道中で馬に襲われた時も真っ先に対応したのはリィナだった。常在戦場の心得。この齢にしてそれを物にしてるリィナの、戦士としての完成度の高さが窺えた。


 その後二人はマキを蚊帳の外にいくつかの話をした後に会話を締めくくった。


「ただの冷やかしで申し訳ないですが私たちはこれで失礼します」

「あっ、待って」


 用を済ませたリィナが店から出るのをマキが引き止める。リィナの顔に僅かな不機嫌さが立ち込めるが、それでも確かめるべき用がマキにはあった。


「初めにオーナーさんが言った『棍棒』と『安心』の話が俺の中で全然結びつかないんですけど、あれ結局どういうことなんですかね」

「ふむ……」


 一瞬の沈黙の後、オーナーが口を開いた。


「まず、今の武器需要がどこから来るものか知っていますか?」

「戦争……とか?」

「ハッハッ。ここ50年この国で戦争はありませんよ。……辻斬りについては?」


 辻斬りについて尋ねたところで、笑い声を止めたオーナーが表情を真面目な顔付きに直した。


「あー知ってる知ってる。それなら知ってますよ。騎士団の装備が皆昆布にされた、みたいな根も葉もない噂ですけど」

「本当に根も葉もないね……」


 根も葉もないが昆布はあった。


「辻斬りは首都直属の騎士団、総勢60名、うち隊長格含む25名をたった一人で殺害し、全滅に追い込んだ化け物です」

「25!? キルレやっばぁ……」


 一人で60人を相手取り部隊を全滅させる。機関銃でも使ったのならともかく、辻斬りというくらいだから、一人ひとり剣で切り裂いたのだろう。どう考えても人間技じゃなかった。


「あー、なるほど。読めてきたぞ。棍棒を含めた武器が売れまくってる理由って、辻斬り対策だな」


 身近に迫る危険。殺人鬼に対して民衆が取った方法が、武装することだった。


「確かに合理的だわな。どんな強いやつも囲んで棒で殴れば死ぬ。いくら個として強くても数でゴリ押せば───」

「本当にそう思いますか?」


 オーナーが割り込むように言った。

 

「あっ……」


 総勢60名 死者25名

 戦闘のプロたちがその身を賭して、その作戦を実行した結果がこれだった。


「女剣士殿。辻斬りに対してこの棍棒、どれくらい役に立ちますかな?」

「持ってるだけ邪魔よ。手が塞がってる分不利になるし、上手く投げれれば一瞬の目くらましになるかもしれないけど、多分投げてる途中で首を斬られるわ」

「そういうことです」

「じゃあ皆は何のために武器を買ってるんですか」

「初めに言ったとおりでございます。『安心』ですよ」


 安心。安全ではなく安心である。


「人は見えない安全より、目に見える安心を好みます。彼らは皆、自分は武装しているからいざという時どうにかなる、という根拠の無い安心感に浸っているのです」


 オーナーはどこか悲しげな顔で言った。その感情の矛先は民衆の愚かさに対してだろうか。或いはこれから命を落とすであろう武器を妄信した被害者たちに向けられたものなのかもしれない。


「まあ、私めもこのブームに乗っかって荒稼ぎしたので、とやかく言う権利はないのですけれど」

「おい」



 話を聞き終えたマキたちは二人、プレイシア行きの便に乗るため、モカードの西南にある発着所まで歩いていた。


「ごめんりーさん」

「別に怒ってないけど」


 女の『怒ってない』は怒ってる時である。ちなみに『怒ってる』と言ってるときは構って欲しい時だ。ちなみに怒ってないと言ってるときでも怒ってない時は怒ってないし、怒ってると言ってる時に破局ライン危険域に居る可能性も十二分にある。


 武器屋を出てからリィナの様子がおかしい。あのくだらない話を聞くために無理に引き止めたのが悪かったのだろうか、とマキは思った。リィナは無愛想だがその実、面倒見が良い。自分の都合や意見を捻じ曲げて、自分の時間を他人の為に使うことがあった。マキはリィナのその性格を利用して助けてもらったことが都合2回程あったのだ。しかし今回の件でとうとう堪忍袋の緒が切れたのかもしれない。


 マキの内心は申し訳なさと悲しさが同居していたが、縁を切られても仕方がないという諦念もあった。


「知ってたの? 辻斬りのこと」

「ああ、昨日りーさんの居なくなった食堂でな」

「そっ」


 リィナは言葉を選ぶように、少しの沈黙の後に会話を続けた。


「もし、辻斬りと会ったら、あなたはどうする?」

「逃げる」


 マキは間髪入れずに答えた。


「魔法で拘束できそうなら、どうにかするけど多分どうにかできないから逃げる」

「そう……」

「でも、それは俺一人だった場合の話だ。りーさんと二人がかりでどうにかできそうだったらそのまま押し切る。二人で駄目そうなら二人で逃げる。どっちかに殿を任せるのは無しな。俺は死にたくないし、りーさんにも生きててほしい」

「めちゃくちゃね。現実はそう都合良くいかないわ」

「分かってるって、これは理想論。でも、ある程度分かりやすい目標があった方がいいっしょ?」

「…………」


 子供のような理屈だ。身体が子供になったから、精神も子供になってしまったのだろうか。リィナはそんなことを思ったが、しかしリィナはその理屈を嫌いになれなかった。それはリィナの精神が自分で思うより幾ばくか未熟だったからだ。無知ゆえの蛮勇。未熟さから出た甘さ。どちらも時として致命傷になり得る弱さだ。


 二人は自分たちが思ってるより、ずっと似た者同士だった。


 

量も投稿感覚も長ぇなお前!(叩いて伸ばす)

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