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忘れえぬ魔女の黒歴史

遅れてごめんなさい

「私には師がいるんだけど」

「師っていうのは剣術の師?」

「そっ」


 マキの疑問に対しリィナは簡潔に返事をした。


「その人は私の剣の師でもあり、育ての親でもあったわ」

「育ての、っていうとなんか複雑な事情がありそうだな」

「孤児だったのよ、私」

「それは……」


 それは自分なんかが聞いていい話なのか、マキは口ごもった。そんな黙りこくる黒ローブの内心を察したのか、別に隠してることでもないし、とリィナが気遣うように言った。


「本当の両親の顔なんて知らないわ。物心ついた時から血のつながってない兄弟と一緒に過ごしてきたし、今さら会いたいだなんて思ってないもの」


 左手で炭酸水を黒ローブに空いた深淵に注ぎ込みながら、マキは無言で話の続きを待った。


「師匠は私に食べ物も、住む場所も、着る物も全て与えてくれたわ。普通の子どもみたいにね。そして───」


 言葉を区切ったリィナは腰の右側に下げられた剣を優しく撫でながら、思い出に浸っているような、そんな目付きで言った。


「私に戦う力をくれたわ」


 その言葉に籠められた複雑な感情をマキは窺い知るができない。それでも間違いなく、リィナの言葉には子が親に対して向ける感謝が含まれていた。


「そのりーさんの師匠って……どんな人だったんだ」

「そうねえ……天衣無縫って感じの人だったわ。だらしなくて、適当で、身の回りのことに無頓着で。でも、剣に対してはストイックだったわ。」

「おお……いかにも剣豪って感じ」

「強さに貪欲な人でね、定期的に人を斬らないと腕が鈍る! とか言ってよく何処とも知れない生首を持ち帰ってきてたわ」

「怖っわ!? そんなお土産感覚で生首持って帰って来んの!?」

「当時のあの人は領主の依頼で街とその周辺の治安維持をしてたのよ」

「だとしても普通、斬った生首娘に見せるか……?」


 上機嫌なリィナは普段見せないような表情を浮かべながら、自分と師匠の話を語り続けた。


「そんな感じで12まで私はあの人の元で暮らしていたわ」

「までってことは12歳で独立? 早ぇな」

「あなたの暮らしているところがどうかは知らないけど、あの辺だとそんなもんよ。それで、街の治安も安定する頃に師匠も街から去っていったわ」

「一緒に付いていこうとは思わなかったのか?」

「気づいたら居なくなってたのよ」

「それはなんというか、自由な人だな」

「本当に勝手過ぎるわ」


 どこか怒りを含んだ口調でリィナは吐き捨てる。リィナがこうした感情を表に出すのは珍しいことだった。


「最近ね、師匠の目撃情報がこっちの方であったのよ」

「師匠さんとは連絡取れてなかったのか」

「無いわよ。音信不通。各地で目撃例はあったんだけど、こんなに近くまで来たのは初めてなの」

「徘徊型のポケモンかよ」


 一人の人間を追うための情報網が広すぎるし、その情報を信じて動くリィナの行動力にもマキは脱帽した。


「つまり、りーさんの目的って居なくなった師匠に会うこと?」

「まあ、そういうことになるわね」

「なるほどなぁ」


 呻くような返事をした後マキは突然ぐでーっとテーブルに倒れ込むように伏せた。


「どうしたのよ」

「魔法の反動」

「あっ」

「いやー、光魔法使ったのは不味かったなぁ……」

「もしかして……」

「はい。ずっと頭痛いなぁーって思いながら、話聞いてました」


 リィナの先程までの多彩な表情が鳴りを潜め、隣のアホを見る目に変わった。


 リィナは黒ローブに空いた暗闇の中に手を突っ込んで、手探りでデコにあたる部分を確認するとやや強めに指を弾いた。


「イデェ!」

「さて、そろそろ上に行きましょ」

「…………俺まだ貝食えてないんだけど」

「勝手になさい。私はそろそろ部屋に戻るわ」

「そっか。じゃあおやすみー」


 マキは左手で痛む額を押さえつつ、右手に相当する義手マニピュレータで部屋へと戻るリィナに手を振った。

 

「さて、どうすかっねぇ……」


 相対するはあらゆる属性への耐性を兼ね備えた無敵の貝。はてさて、この特殊調理食材どうしてくれようか。

 

「こういう耐性系って大体物理には弱かったりするし、案外高いところから落としたら割れんじゃねぇか」


 割ってどうする。それをすれば間違いなく中身はぶちまけられるだろう。殻の破壊は手段であって目的ではないのだから、その方法は勿論却下である。

 

 どうすればいいかと延々うなり続けていたマキだったが、やがてその思考は中断された。


  何やら食堂が騒がしい。食堂と銘打って居るがここの実態は酒場である。マキがチビチビ飲んで残り少なくなっているソーダも本来は酒と割るためのものなのだろう。


 ここはモカード。南北の多様な人種が行き交う都市であると同時に、南北の多様な文化の変人が一堂に会する地なのだ。ましてやここは酒場、あらゆる感情が表面化するこの空間で馬鹿が常識を取り繕うことなど不可能だった。


「見るがいい! このカラメリア産の活きのいい昆布を! この昆布に圧力をかけながら乾燥させると、この通り! 鉄をも両断する硬質な剣ができあがるのである! 今ならこのワカメブレード、なんとお手頃価格の銅貨2980枚!」

「買うわけ無ェだろバカ野郎! ようするにそれただの乾燥した昆布じゃねぇか! つうか、昆布なのかワカメなのかはっきりしろよ!」

「これさえあれば辻斬りに逢おうと返り討ちですぞ!」

「お前遠回しに騎士団ディスってんのか!? 辻斬りにまとめて殺された騎士団の装備昆布以下だってディスってんのか!?」

「クッ……昆布さえあれば彼らも……」

「んな訳無ェだろうがァ!!」


「なんの騒ぎだよ」

「お前さん、知らんのか」

「ん?……あんたは……」

 

 マキの呟きに対して返事を返したのは、昼に馬車に同乗していた乗客の男だった。


「あんたもここに泊まってたのか」

「いーや、今日の俺は友人の家で一晩明かす気でいる。ここへはただ飲みに来ただけだ」

「そっか。で、あの変な騒ぎについて何か知ってるのか?」

「ああ、そうだな。ここらで最近辻斬りが出たってのは知ってるかい?」

「いや、聞いたことも無いが」


 辻斬り。江戸時代、武士が刀の切れ味を試すために通行人を斬ったというあれであろうか。マキは首を傾げた。マキに備わった異世界語翻訳機能は完全ではないのだ。


「人が殺されたのか?」

「ああ、この辺だけでも9人は殺られてる」


 どうやらマキの知る辻斬りと遜色ないニュアンスのものであるらしい。今だけは翻訳ミスであって欲しかった、そう思った。


「手口は分かってんの?」

「ああ、街道を通ってたら真正面からザクリ、だそうだ」

「真正面? 奇襲じゃなくて?」

「正々堂々戦いを挑まれるんだそうだ。戦いを拒否しても襲ってくるらしいが」

「なんじゃそりゃ」


 モカードは変人が集める都市だし変な人斬りがポップしてもおかしく無いのかもしれない。そう思いながら、マキは残りのソーダをグビッと飲み干した。


「ところでお前さんの皿に乗ってるそのノムール貝、さては閉じたまま開かないんだろう?」

「ん? ああ……」

「ふむ……昼間のお礼も兼ねていい方法を教えてやろう」


 男はマキの耳元に手を当て、小声で貝の殻の開け方を伝授した。


「いや、その方法は、色々と……」

「でも食べたいんだろ? 貝」

「───────」


 食べたい。いやもう貝の味は正直どうでもいいけれど、あの固い殻を剥ぎ取って、中身を拝んでやりたい。生意気な貝の中身を食い千切ってやりたい。そんな感情が胸を満たし続けて破裂寸前だった。

 いや、やっぱりそこまででも無いが、それでもこのまま諦めて貝を捨てるのは勿体ない気分がするのだ。


「────やってやるよ。この身に宿った魔女ウィッチ権能ちから、その片鱗をとくと味わうがいい」

続きません。貝の話はここで終わりです。

次回はそのまま翌日の話になります。

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