あざますの魔女たち
こんなチュートリアルみたいな戦闘シーンで力尽きるとか、エタる未来しかみえない。
ガチャガチャと、車輪が回る音がする。ヒヒヒッ……ヒヒィ! という荷台を引く馬の笑い声が聞こえる。たまに小石に乗り上げるのか、ドンっという衝撃と共に身体が跳ね上がる。
「馬車ってあんま乗り心地いいもんじゃないのな」
喋ってると舌噛みそうだなぁ、と思いながらマキは言う。
景色が遠ざかっていく。一ヶ月半も滞在していたネガーの街はもう見えなくなった。
「ここから半日かけてどっかの街に行くんだよな」
マキの質問に隣に座っていたリィナが答えた。
「そうよ。プレイシアまで直通で行く道はロクに整備されてないし、森に面してるせいで獰猛な肉食獣とか刺されたら死ぬ虫とかいっぱい出るから馬車は通らないのよ。もしこの馬車がその道を通るなら着く頃には荷台の人数が半分以下にまで減ってるでしょうね」
「刺されたら死ぬ虫ってクッソ抽象的だけど分かりやすい表現だな」
「だから私たちは、81番道路を経由して、モカードっていう都市まで行って、そこから馬を乗り換えてプレイシアまで行く必要があるのよ」
「モカード? どんな場所なんだ?」
「少なくとも、私たちの居たネガーより大きいところね。あそこは首都への道が綺麗に開通してるから、ここよりも人や物資が流通しやすいのよ」
「へぇー、特産品みたいなのは無いの?」
「うーん……無いわね」
「無いの!?」
「あそこが発展したのは北と南を繋ぐ中継地点だったっていうただそれだけの理由だからそういうのは無いのよね……」
「名古屋みたいだな」
「あと色んな地域の人間が集まるせいか変なヤツも多いのよね。強いて言うならそれが特産品?」
「名古屋みたいだな」
NAGOYAは日本の三大都市の一つである。そこに住まう人々は東西を繋ぐ土地柄ゆえか、西と東の膿を抱き合わせたような人間性を発露するところがある。また、名古屋市民と自称する者の一部は豊田市民だったりする。本人たち曰く直通で名古屋まで行けるから実質名古屋との事だが、どう考えても見栄っ張りなだけである。
……そんな馬鹿なことを考えながら、マキたちは他愛もない雑談をしていると、突如として御者が叫び声を上げた。
「前方より興奮状態の馬が接近中! 皆さま、衝撃に備えてください!」
何があったと、乗客たちが窓から顔を出して前を確認すると、そこには途轍もなく巨大な馬がいた。今馬車を引っ張っている馬をメガホースと呼ぶならば、前方に居る馬はもう1スケール上のギガホースとでも呼ぶべき存在だった。
そんなギガホースが、御者も騎手も無しに走り来る姿が見えた。
『ギョエー!』
『オイオイオイオイ、これヤバいんじゃないか!?』
『ダメみたいですね……』
『諦めるなよお前!』
当然荷台の乗客たちはパニックに陥ったが、すぐに御者が機転を利かせ、なんとか街道から外れたところまで馬車を進めた。急な方向転換により、小さいマキの身体が荷台から飛び出そうになったのをリィナが抑える。これで一安心かと息をついた瞬間、
ギガホースは街道を逸れながら馬車の元へと一直線に向かって来た。
「はわわわわ……えっと、とりあえず馬車から降りたほうがいいんじゃないか……ってりーさん!?」
どう逃げるか画策するマキを差し置いて、窓から飛び出したリィナは馬車の前方──走り来るギガホースに立ち向かうように躍り出た。
「何してんだ!? いくらりーさんでもそんなん無茶だろ!」
リィナは両腰の剣を引き抜き、剣を交差させて馬の突き出た鼻に合わせるように跳び上がった。
時速100キロに迫るそれを、全身を使って横に受け流す。インパクトの瞬間、空中で弾き飛ばされるように吹っ飛んだリィナだったが、進行方向を馬車から僅かに逸らすことに成功した。
そのまま猛スピードで何もないところに走り去っていくかと思われたギガホースだったが、ゆっくりと減速し、やがてクルリと方向転換して再び馬車の、厳密には馬の方へと鼻息を荒らげながら突進して来た。
「なんだアイツ殺意の固まりかよ!?」
「違うね。ありゃ恐らく発情期だ」
マキの叫ぶような疑問に乗客のうちの一人の男が答えた。
「それなら馬から離れとけば大丈夫ってことか?」
「ハハッ……命は助かるかもしれないが、俺達は荷物を持って徒歩でモカードまで向かわなきゃいけなくなる。あんなゴツい馬の突進攻撃、同じ馬であっても直撃すれば間違いなく木っ端微塵さ。そうなりゃもう馬車は使えない」
「つまり、どうにかしてあのギガホースを止めろってことかよ!」
「ギガホース、うん。シンプルだけど良いネーミングじゃないかな。子供らしさが出てて実に良い」
「言ってる場合か!」
マキは左手の人差し指を敵に向けて意識を集中させる。
時間ならリィナに稼いでもらった。先程までの速度は今のギガホースには無い。ならばマキの魔法で止められる。今度は自分の番だと喝を入れながら、マキは術式を組み上げていく。
対象は馬。全長は9メートル。殺す必要は無い。動けなくさせればいいのだ。ならば、
──術式検索
──発電
──電導
──術式構築完了
──術式起動準備完了
──魔力転写完了
────────
──魔法発動
電撃魔法──『痙攣地獄』
「オラっ! 麻痺れ! 馬野郎!」
瞬間、マキの人差し指から稲妻のような物が出るとそれは光のように直進して、ギガホースに吸い込まれていった。
「ウマママママーッ!?!?」
魔法を食らったギガホースは駆け出した勢いそのままに倒れ込み、そのまま滑るように10メートル程移動した。倒れ込んだギガホースは電撃によってピクピクと痙攣を起こしている。
殺さないようにアンペアを絞りつつ、関節の機能を停止させられる電流を流したのだ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あぁぁぁ……キッツーこれ」
しかし、魔法を撃った本人であるマキもタダでは済まなかった。代償として脳味噌を棒で掻き回されたかのような痛みと吐き気が襲った。
これでも初めて魔法を使った時に比べれば大分マシになった方である。初めての時はそれこそ『身体全体が作り変えられる痛み』に襲われたのだから。それでもこの苦しみにはしばらく慣れそうになかった。
そのまま意識を飛ばしそうになりながら、その場にへたりこもうとするマキを支えたのはリィナだった。
「やるじゃない」
「多分りーさんの方が10倍すごいことやってると思うわ。……とりあえず荷台まで運んでくんない?」
「男の尊厳とやらはどこいったのかしら」
「肩貸してもらうくらいじゃなくならないだろ、多分」
「勝ったのか……」
「嬢ちゃんたち、あのデカブツどうにかしたのかぁ! スゲーなぁ!」
走り来る馬から逃れるために散開していた乗客たちが戻ってきた。御者と乗客たちは一通り二人の健闘を称えた後に荷台まで運び、少しの準備を経てまた馬車は走り出した。
その後、御者の宥めたギガホースのパワーも合わさって、モカードに到着するまで時間は然程かからなかった。
痙攣地獄
構成術式
発電
電導
作成者
ドブ郎