魔女っ子チンチンクルクル
生きてぇなぁ……
ガランゴロンと扉に付けられたベルが鳴る。
「しゃーらせー」
店員のひどく間の抜けた声が店内に響いた。
店に入ってきた客と思しき身綺麗な男性がコツコツとブーツの音を立てながら、店内に並べられた商品の物色もせず店員の居るカウンターまで真っ直ぐ歩いてくる。
「店員殿、例のアレ、ありますかな?」
男性は店員と対面すると独特のジェスチャーを交えながら何かを注文する。対して店員は『あーはいはい例のですね。例の』と手慣れた様子でカウンター側の棚をガソゴソと漁った。
「強さは?」
「中で」
「お持ち帰りですか?」
「この場で」
「あいよ」
いくつかの問答を経て、やがて店員が取り出したのは瓶に詰められた白濁とした液体だった。男性はそれを確認した後、瓶の中身をグビリと飲み干すと、恍惚とした顔でプハァと一鳴きして、お代を置いてどこかへと走り去っていった。
「来た……来たぞ……キタ……キタキタキタキタキタキターーーーー!!!!!」
走り行く男性の奇声が遠ざかると同時に、扉が徐々に閉まっていきガランゴロン、とベルが鳴った。
「……よし。勉強すっか」
店員は習いかけの初級魔術の本を開いた。
魔法書のページが後半に差し掛かる頃、またもや来客を知らせるベルが鳴った。
マキは仕方なくページを閉じて、扉に目を向けた。
今度の客は少女だった。
髪を左右二つに縛り大自然のような綺麗な翡翠色の目をした少女だった。
「らっしゃ……りーさんじゃん。どうしたん?」
少女の名は、リィナ・フランベルジュ。彼女はマキの命の恩人だった。
「久しぶりね」
「あー、そうか。最後に会ってから一ヶ月くらい経つか?」
「そのくらいね。あなたと分かれてから私も大変だったし」
「うーん、確かに忙しかったからあんま実感無ェけど……ってあれ? りーさんもなんかあったの?」
「当たり前でしょ。こないだあれだけ派手にやったのよ。あの件の事後処理でしばらく休みも取れなかったわ」
「うわー。それはご苦労さま」
しかし、一応の当事者である自分もその事後処理とやらに巻き込まれなかったあたり、誰かが手を回してくれたのだろうか? マキは疑問に思ったが、単純に自分が役に立ちそうじゃなかったからハブられたのだと考えた。
「ところでりーさん、この店に何のようだ? まさか例のアレじゃねぇよな……!?」
「例の……? 何のこと?」
「よかった」
「へ? 何が?」
マキは心の底から安堵した。命の恩人のあんな姿、好き好んで見たくない。知らないなら一生そのままでいいのだ。
「あー、ごめんごめん。最近入荷したお茶の話だよ(大嘘)」
「はぁ、いや、今日はお茶を買いに来たわけじゃなくて……」
「そうかー残念だなー」
あれは人の大事なナニカを外してしまう劇物だ。リィナには健康に気を使ってお茶でも啜っていて欲しかった。
「それで、私の用なんだけど」
「おう」
「あなたプレイシアまで行くらしいじゃない」
「あー誰かから聞いたか?」
「そんなとこ」
ちょっと情報漏洩起きてんよー、マキは思った。いつだって、どこだって、自分の個人情報が流出するのは恐ろしいものなのだ。
「領主のヤツよ」
そんなマキのなんとも言えない空気を読み取ったのか、リィナが口を開いた。
「アイツからちょっとした用事を言い渡されてさ、私もあっちの方まで行くことになったのよ」
「その流れで俺の話も出たと?」
「そういうこと」
マキは納得したようにへぇーと頷いた。一度領主と対面したことがあるマキは、なぜ領主がリィナに自分の情報を教えたのか気になった。恐らく考えなしということはないだろう。あの領主は表面上ヘラヘラしているが、その実かなりの切れ者だ。何か考えがあるはずだが、切れ者じゃないマキには分からなかったので2秒で思考を停めた。
「そんでいつ出発すんの?」
「明日」
「俺と同じじゃん。え、もしかして一緒の便?」
「そうよ」
「マジか勝ったな。りーさんが入れば負けなしだぜ!」
リィナという少女はガチゴチの近接剣士だった。幼い頃から戦闘の手解きを受けてきたこともあって、純粋な戦闘力ならマキが100人居ても敵わないほどの力量がある。それこそ賊のような連中に襲われても、大抵の輩なら返り討ちにできるだろう。
そんな強い剣士が道中味方に付くならこれほど安心できることは無いと、一人喜ぶマキだった。
「……そうね」
しかし、リィナはどこか歯切れの悪そうな返事をした。言外に命の保障はできないぞ、と。初めて会ったときからリィナはなんやかんやで自分の腕に自信を持っていた少女なので、マキはそのことに少し訝しんだが、こないだの件が尾を引いてるのか、と予測を立てた。
その予測は間違っていたのだが。
「……それじゃあ、それだけよ。また明日」
「おう。大丈夫だ、りーさんは俺の知ってる中で最強の剣士だ。というわけでまた明日な」
マキはリィナの背中を押すように、リィナの力量を讃えるようなことを言った。それに対して無表情のリィナの顔が少しだけ苦そうな色合いが混じったのを見て、マキは失敗を悟った。
「そうね。私もやれるだけのことは尽くすわ」
そう言って、リィナは店を出て行った。
ガランゴロン。
あたりに虚しく響いたベルの音が、マキの心を戒めた。
「あぁー、やらかしたか俺。ちくしょー口下手過ぎんだろ馬鹿かよ俺」
あんな適当に繕った称賛など、虚しいだけである。なぜ言う前に気づかないのか。
軽い自己嫌悪に陥りながら何分かボーッと椅子に座っていたが。やがて、思い立ったかのように魔法書を開いた。
この魔法の知識がもしかしたら明日、リィナのサポートになるかもしれないと信じて、残り少なくなったページを捲り続けた。