蒼天の下、白銀の矢になりて貴女達を想ふ
前作を妻目線で書いたので、今度は夫目線で書いてみました。
夜が明ける。こんな当たり前の事が明日にはもう見られなくなるなんて、数年前では考えられなかった。
「もう出立だな。」
「…あぁ、お前か。そうだな。お前に機体を整備して貰えて嬉しいよ。お前の仕事は確実だからな。」
「…当たり前だろ。あれ、俺が死んでも化けて奥さんに渡してやるから安心しろよ。」
「お前、死んだらどうやって渡すつもりだ?それに、化けて渡せるなら俺が直接渡すわ!……まぁ、任せたよ。お前は俺と違って約束守るやつだからな。ただ妻に惚れるなよ。俺のだからな!」
「惚れるか!俺にも可愛い恋人がいるわ!もふもふだけどな!」
「それ、お前が敷地内で面倒見てる野良猫だろ……?現実見ろよ。」
普段冗談を言わない真面目な整備士の友人が無理に笑顔を作って話しかけてくるもんだから、俺もそれに気付かないふりして言葉を返した。
「じゃあ、いくわ」
「……あぁ。」
友人に見守られながら機体に乗り込み、蒼天へ旅立つ。死にいくには素晴らしい天気だった。まるで故郷の街の海の様な色。
せめて敵地へ着くまではと、最期に想いを馳せたのは………やはり、自身の妻と子であった。
――――――――――――――――――――――
妻とは海辺の街で一緒に育った幼なじみだった。彼女は両親を流行病で早くに亡くしており、近所に住んでいた俺の家が良くお世話をしていた。…俺の両親がお節介だというのもあるかもしれんが。
彼女も俺の母に懐き、よく俺の家の家事を手伝っていた。
「○○ちゃんが娘だったら良かったのに……。まったく、何でウチは野郎ばかりなんだ。いや、××…アンタが頑張れば○○ちゃんは義娘に…!?アンタ、こんな良い子いないよ!頑張りな!」
「はぁ?何をブツブツ言ってんだよ。そして、何を頑張るんだよ?」
母は彼女を娘のように可愛がっており、年齢が近かった俺の嫁になってくれれば…と思っていたようだ。当時は良く理解出来ていなかったが。
ちなみに親父は、
「いや、お前、○○ちゃんに××は勿体ない。もっとカッコ良くて、優しい奴の所に嫁がにゃ。○○ちゃん、その時は俺がお父さんの代わりに結婚式出たるからな。」
「ふふ…ありがとうございます。私もおじ様を実の父の様に思ってますよ。」
「………嫁に出したくないなぁ。」
……完全に息子である俺より可愛がっていた。両親が彼女を溺愛するのが面白くなかった俺は、始めあまり彼女の事を好きではなかった。まぁ、一緒に遊んだりはしていたが。
――――――――――――――――――――――――
妻に対する感情が変わったのは、両親が亡くなった日だった。
ある日、親父が病に倒れた。その後、親父を看病していた母も病に倒れた。妻の両親が亡くなった原因となった流行病と同じものが街に再流行したのだった。
始めは彼女を追い払い、一人で看病をしようとしていたが、彼女が自分も看病すると押し切った。ちなみに、あの時の有無を言わさない笑顔、今でも俺は忘れない…。
看病の甲斐なく、2人ともあっけなく亡くなった。親父が先に旅立ち、その翌日、その後を追うように母が。
二人とも、
「天国へ行ってもお前達を見守っているよ」
…という言葉を俺と彼女に遺して旅立った。
どちらもやせ衰えながらも最期はこけた頬に笑みを浮かべながら安らかに亡くなったのは唯一の救いだったのかもしれない。
俺は親が亡くなった時、泣くことが出来なかった。男とはそんなものだと思っていた。大泣きする彼女を慰めながら、火葬、納骨を済ませた。それでも俺は泣けなかった。
―――――――――――――――――――――――――
「ちょっと!××君!?大丈夫!?」
「……あぁ、○○か。大丈夫って何が?」
「何が?って、顔色悪過ぎよ!?おじ様とおば様が倒れてからほとんど寝てないんでしょ!?」
「……寝たくても寝れねぇんだよ…。途中で起きちまって。看病ばかりだったから農作物はあまり手入れ出来なくて今年は不作だし、少しでも内職して稼がないと……。てか、お前も仕事あるだろ…?帰れ…「そんなのは後だよ!!!ほら、膝枕してあげるからおいで!」…えぇ………」
俺の言葉に被せるようにそう言われてしまった上、妻にズルズルと引きづられて無理やり彼女の膝の上に頭を押し付けられた。普段なら抵抗出来たであろうが、看病疲れや稼ぎ不足による不安で食事も喉を通らなくなっていた俺は妻の力には叶わなかった。幼なじみとはいえ、他の若い男なら飛びついたであろう若い娘の申し出を無碍に出来ないという気持ちもあったが。
「……お前、その強引さ、俺の母さんに似てきたな。」
「おば様に似てるなら本望よ。ほら、さっさと寝た寝た。」
「…寝れねぇんだって。」
「目蓋つぶればその内眠くなるわよ。全然寝れてないんだから。」
「ハイハイ…」
どんなに言っても「とりあえず休め!」という様な言葉しか返ってこないので、とりあえず目蓋を閉じることにした。
目蓋を閉じると他の五感が冴えるのがよく分かる。何となく妻はお日様の下で干した布団のような落ち着く匂いがしたし、膝枕は案外柔らかくて寝心地は良かった。
それに何となく彼女の匂いが母さんの匂いに似ていて……そう思うと自然と涙が溢れた。そこで初めて母と親父を想って声を殺して泣いた。その間、彼女は黙って俺の頭を撫でていた。
―――――――――――――――――――――――
「……………あれ?もう夜?」
いつの間にかお昼から夜になっていた。どうやらいつの間にか寝てしまっていたようだ。
「お前も寝てるのかよ…よくその姿勢で寝れるな。」
いつの間にか座りながらこっくりこっくり船を漕いでいた妻を見て、思わず笑ってしまった。マジマジと顔を見ることは久しく無かったが、改めてみるといつの間にか「少女」から「女性」へと変わっている事に気付き、また、俺という男がいるのにも無防備に眠る彼女の可愛らしさに気付いた俺は顔が赤くなるのを感じた。
両親亡き今、ここまで自分を気にかけ、そして癒してくれる人がいるだろうか。もし彼女が俺とは違う人を好きになり、結婚していくとして、俺は心から祝福出来るだろうか。………全て答えは否であった。俺はいつの間にか彼女に対して恋をしていた。それを今更自覚したのであった。
――――――――――――――――――――――――――――――
妻への恋心を自覚してからの俺の行動は早かった。どれぐらい早かったかというと、座って寝ていた彼女が起きた瞬間に、
「結婚してくれ。」
と、告白した。それぐらいすぐだった。
暫く彼女は呆然としていたが、冗談だと判断したのか、比較的すぐに我を取り戻し、
「…もう一度寝なさい。まだ寝足りてないから、そんな意味分からない言葉が口から出るのよ。忘れてあげるからさっさと寝なさい。」
と、言い、再び俺の頭を自分の膝に押し付けた。
―――――――――――――――――――――――――――――
俺は何度彼女に話を流されても、真剣に彼女と結婚したいと思っていることを毎日伝えた。始めは本気で心を病んでしまった人が行くような病院に連れて行かれそうになったり、鬱陶しく思ったのか避けられたりしたが、3ヶ月間もの間、毎日想いを伝え続けた結果、どうにか信じて貰え、結婚を承諾して貰えた。
ちなみに、彼女も俺の事が好きだったらしい。それを彼女から聞いた時は心底驚いたが、他の友人達からしたら「何故気付かないんだ?」という事らしい。………鈍くて申し訳ない。
――――――――――――――――――――
蒼天の下行われた結婚式は地元の皆に祝福して貰った。見慣れた海もその日は私達夫婦を祝福するかのように真っ青に輝いていた。天国にいる互いの両親も祝福していたに違いない。………天国の俺の両親は「良くやった!」とか「○○ちゃんに息子は勿体ない」とか言ってそうだが。
そんな幸せいっぱいなムードが街にあふれた一方で、戦争への機運が高まっていた事は知っていた。しかし、この瞬間というのは、私にとって人生の中で一番幸せな時だった。そんな幸せな一時が崩れ去ったのは、結婚から約ニ年後だった。
――――――――――――――――――――――――
この国はついに他国へと戦争を仕掛け、現在戦争真っ只中であった。
海辺の街という事もあり、俺が小さい頃から街には外国人の宿泊所が設けられるくらい、よく外国人が来て貿易をしていた。
その存在に慣れていた俺はこの戦争に勝ち目が無いことを知っていた。なぜなら彼らはこの国では見た事ないくらい立派な船で来る上、持ってくる商品の中にはこの国の技術では作成が難しい物もある(と、商人だった親父が良く言っていた)。そんな国と戦争するなんて、なんて無謀だろうと思っていた。
――――――――――――――――――――――
平凡だけど幸せだった生活が一変したこの日、奇しくも俺は誕生日だった。
「今日ぐらいは豪勢に見えるような食事にしますね。」
「豪勢って訳じゃないのか。しょうがないけどな。買い物行くなら子供見とくぞ?」
「貴方に任せるのはかなり不安だからいいですよ。この間だって泣いてる子供の隣で爆睡してたでしょ?」
「……その件は大変申し訳なく…」
「それに、誕生日くらいのんびりして下さいな。」
そう言って、人形を握りしめた赤子を背負い、買い物に出掛けていった。
ちなみに赤子が持っている人形は俺が作った物である。妻は不器用で裁縫が苦手だが、俺はたまに暇潰しで要らない布などで作ってあげている。決して子供に対して何も出来ない親では無いとここで主張しておきたい。
さて、やる事も無いので、戻ってくるまで少し寝ようと身体を横たえようとしたその時、
「ごめん下さい!××さんはご在宅でしょうか?」
一人の15~16歳くらいの青年がやって来た。……嫌な予感がした。
「えっと…何の御用でしょうか?」
そう問うと青年は、
「おめ
でとうございます。」
そう言って1枚の紙を差し出した。軍からの召集令状だった。
「……ありがとうございます。」
俺はそういうのがやっとだった。
何故自分が、何故自分の誕生日にこんなものが届くのか。恐怖、嘆き、悲しみ、苛立ち…様々な感情が心の中で渦巻いていた。
――――――――――――――――――――――――
召集令状が届いてから暫くして、妻と子は戻ってきた。俺は妻に心配かけまいと、なるべく笑顔を作りながら、
「俺にも来たよ。国の為に戦える、名誉な事だよ。」
と、召集令状を見せながら妻に言った。妻はただ呆然としていた。俺は手が震えるのを抑え込むのに必死だった。
その日は誕生日だけでなく、俺の出兵も祝う事になった。
「おめでとう。頑張ってね。」
妻は少し強ばった笑みを浮かべながらそう言って、俺の誕生日と出兵を祝ってくれた。しかし、妻の様子を見るに、本当の気持ちは言葉とは真逆だということはよく分かった。
―――――――――――――――――――――
妻と子が寝静まった頃、俺は妻と子に向けて、自分の心情を手紙を書くことにした。
何度も書いては消してを繰り返す内に、家族を遺して先にあの世へ逝くかもしれない…そう思うと、涙が溢れた。
何度も何度もああでもないこうでもないと書き直した。自分の今の気持ちを分かりやすく書くのは難しかった。
それでも今の自分の正直な気持ちを妻と子に遺したかった。俺が生きて戻らなかった時、俺がどんな気持ちで戦争へ行ったのかを知ってて欲しかった。
そんな想いを抱いて書いた手紙を完成させたのは、ちょうど日付が変わった頃であった。しかし、困った事が一つあった。その手紙を隠す場所である。
手紙の内容を考えると、他の人にすぐ分かる場所は不味い。内容を軍の者にでも知られてしまったら、俺や家族はすぐ非国民扱いされるだろう。しかし、家族が見つけにくい場所も困る。
「どうしたもんかなぁ…」
俺は辺りを見渡し、ふと自身の可愛い赤子に目がいった。しばらくその寝顔を眺めていたが、その側にあるものを見て閃いた。
「あそこならいけるか……?」
そう呟きながら、俺は赤子の側へ向かった。
――――――――――――――――――――
翌日早朝。俺の心とは裏腹に、雲一つない素晴らしい空だった。もう家族ともこれでお別れかもしれない、可愛い我が子を抱けるのもこれで……そう思った俺は少しでも我が子に自身を、自身の温もりだけでも覚えて貰おうと朝からずっと抱っこしていた。
妻は少し俺の慣れない抱っこに対して不安そうだったが、俺の心情を思ってか、俺が我が子を抱っこする事に対して何も言わなかった。
そうこうしているうちに、無情にも時は流れ、出発の時間となった。
「きっと帰るから。○○を頼む。………行ってくるよ。」
そう子供を妻に託し、召集令状握りしめ、不安な姿は見せまいと、笑顔で旅立った。あの地獄へと。
―――――――――――――――――――
集合場所に着いてからは、身体検査を受けた。もちろん健康だけは取り柄の俺は問題なし。運動神経、特に動体視力が良かった俺は訓練を経てすぐ空撃部隊へ配属となった。
戦地では何度も上官の理不尽にあったし、また何度も死にそうな目にあった。目の前で昨日一緒に食事をしていた仲間が死んだのも一人二人の話ではない。俺自身も何人も空撃で人を殺した。殺さなければ殺られる、そう自身に暗示をかけ、自分の行動を正当化させた。
ある日も俺は、とある地域への空撃を命じられ、決行した。
しかし、自身が空撃し陣地へ戻る際、ふと地上へと目を向けてしまった。とある死体を見て目が離せなくなった。子供を守るようにして覆い被さる母親とその子供の死体だった。
その母親と子供が、俺の妻と子供と重なって見え、思わず機内で吐いた。今更ながら罪悪感が襲った。震えが止まらなかった。
その日以降、空撃命令を受け敵地へ飛び立つも攻撃に躊躇する事が増え、上官に叱られ目をつけられる様になった。自身も精神的に限界で……そんな時に目に入ったのは「特攻隊員募集」の貼り紙だった。
―――――――――――――――
貼り紙を見てすぐ、俺は特攻隊員に志願した。難なく受理されたが、その際上官には、
「お前みたいな役立たずがようやく国の役に立つな。」
と、言われた。前の俺なら反抗しただろうが、もうその気力は残っておらず、俺は黙ってお辞儀をし、上官の元を去った。
上官の元を去った後、色んな想いが心中を渦巻いていたが、一番大きい想いは「もう罪の無い人々を殺さなくて済む」という安堵感であった。
―――――――――――――――
過去に想いを馳せていたが、ふと、そろそろ敵地に入ろうとするところである事に気が付いた。
「………そろそろか。神様、もしいるのであれば願わくば、妻と我が子をお守り下さい。」
そう祈りを捧げ、俺は敵地へと向かった。
――――――――――――――――――――――――
地上から見ると、十数機にも及ぶ特攻隊員の機体は太陽の光を受け、白銀に輝いていた。そして天から降り注ぐ白銀の矢の如く、地上へと降り注ぎ、彼らの命を犠牲に、敵へ決して少なくない被害を与えるのであった。
――――――――――――――――XX年後
桜咲く季節、俺は故郷へ帰ってきた。海が望めるその町は、俺が小さい頃からほとんど変わっていなかった。
「とりあえず実家帰って…、その後師匠の所へ行くかな。」
そう頭の中で計画を立てて、実家へ向かった。
――――――――――――――
先月まで某都市の大学病院で総合内科医として十年以上勤務してきたが、十数年間、日々の仕事や症例報告の為の資料作成、学生指導、研修医指導…etc.に追われ心身共に疲弊した俺は、前から興味があった僻地医療に従事する為、故郷へ戻る機会をうかがっていた。
ある日、帰省した際に仲の良い友人との呑みの席でそんな話をすると、
「マジで!ちょうど良かった!」
「何だ?」
「うちの町ってなーんも無いだろ?でも最近、隣の町が町興しに成功したらしくてさ…何と!テレビの取材が来てたんだよ!!美人アナが来てたって噂だぜ。」
「それで?うちの町もやろうって?」
「さすが、町一番頭が良かったお前は話が早いな!その通りだ!やろうぜ、街おこし!」
「……どうせ、お前の目当ては美人アナだろ。でも良いぜ。楽しそうだしその話乗った。」
「良し!もう既に何人かには話が付けてあるんだよ…」
そう言って友人は店が閉まるまで、その「町おこし計画」を語るのであった。
――――――――――――
「ただいまぁー。」
「あれ?あんた、帰って来たの?都会で勤めてたんじゃなかった?」
「母さん、ただいま。元々僻地医療に興味があって戻ってくるつもりではいたんだよ?そんな時にこっちで町興し事業やるから一緒にやらないか?って誘われてさ。面白そうだったしやってみようかと。やっぱりあっちより、こっちの方が落ち着くわ。」
「………僻地で悪かったな。今では立派なお医者様だもんな。まぁ、ゆっくりすればいいさ。あのヤブ医者もピンピンしてるから後で挨拶してきな。」
母親は師匠の事をずっと「ヤブ医者」呼ばわりするが、俺が小学生の頃に健診で小さい異常を見つけ、大きい病院へ紹介してくれたのは師匠である。師匠がその異常を見つけなければ、死なないにしても生活に支障は出ていただろう。それに師匠がいたからこそ、俺は医師を目指したのだ。
母親いわく、「それは感謝しているが、薬とか湿布はなかなかはくれないし、やっぱりヤブ医者。」だそうだ。ちなみに医師免許を取ってから、生活習慣を改善することで症状が治るなら薬は要らないよと何度言っても、意見を曲げなかった。
「ヤブ医者って…あの人、実は僻地医療業界の中じゃ有名なんだけど、まぁいいや。挨拶してくるよ。」
俺はそう言って、荷物を自分の部屋へ置き、師匠に挨拶へ向かうのであった。
――――――――――――――
ちょうど男が自らの師匠の元へと向かう頃、一人の二十代後半くらいの女性の旅人が小さい海辺の町にやって来た。
「んー!やっぱり良いわね!この感じ。さて、とりあえず宿に向かってその後散策かな…。」
そう一人呟き、彼女は町の中心部へ向かって行くのであった。
――――――時を超えて辿り着く。蒼天下、海に祝福された町で。若い二人が再び出逢うまであと少し。
拙い上長い文章を最後までお読み頂きありがとうございました。