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黒傘少女と四月馬鹿

「わたし、実は菊乃(きくの)の『愛人』やってるの」


 菊乃のベッドに座り、つい胸を張ってそう言ってみる。(れい)は机の上での作業を止めて、こちらをじろりと睨んできた。


「……ごめんなさい。嘘だから」


「なんのつもりですか?」


「ほら、今日あれじゃない? 年に一度の——」


「ああ、四月馬鹿ですね」


「……あえて日本語に直すの悪意感じるんだけど」


「自覚あるなら、部屋で日傘を差さないでくださいね」


 目だけがまったく笑っていない令におののきながら、わたしは日傘を閉じる。生前からのアイデンティティのため、閉じてるとどうも落ち着かない。


 わたしは彼女の机の上の作業をちらと見た。ペンタブに繋がったディスプレイには、どこかで見たことがあるような長い黒髪の女の姿がある。


 令は最近、漫画を描くようになった。甘々の恋愛漫画を描いてはネットに投稿しているらしいのだけど、元からの器用さも相まってわずか一ヶ月で共有数が四桁にまでのぼったらしい。


「どこかで見たことある女ね」


「……好きなので」


 そういった彼女は、とても嬉しそうにしている。


 なんとなく悪戯心(いたずらごころ)がわいて、ぼそりとこうつぶやいてみた。


「あいつに彼氏とかできてたらどうする?」


「…………」


 ディスプレイの中の線がひどい方向にブレる。この子は、誰かさんのことになると本当に分かりやすいと思う。


 線を戻して、すぐに手が完全に止まる。気づけば、口もアホみたいに半開きになっている。


 流石に可哀想になってきたため、肩をゆさゆさ揺らしながら言う。


「あのね令、エイプリルフールだから……」


「笑えない冗談って、あると思います」


「……はい、ごもっともです」


 むすっとしたまま作業を進めて、また手が止まる。何度かそれを繰り返し、果てはペンを置いて髪を軽く掻きむしり始める。


 どうしたものかと思ったところで、部屋の扉が開いた。


「ただいまー」


 制服を着た長い髪の女——菊乃が部屋に入ってくる。どうやら学校は午前中に終わったらしい。


 彼女は鞄を床に置いてからわたしに気づく。


「トモコいるの?」


「菊乃がいないから、令といちゃついてたのよ」


「エイプリルフールは午前までだよ」


 半笑いのまま十二時を示した時計を指して、そう言われる。内心つまらんと思いながら、ベッドに座り直した。


「令はどう? 作業、トモコに邪魔されなかった?」


「…………」


 明らかに動揺したままの彼女に、菊乃が心配そうに見つめる。


「あれ、どうしたの? データ飛んだ——てこともない、よね……」


「あ、いえ……」


 髪を整えて頬をぱんぱんと叩いてから、菊乃の方を向いてまっすぐ見つめる。


「あの、菊乃ちゃ……」


「うん、なに?」


「彼氏、とかはその……」


「は?」


 間抜けな声を上がる。


 まあ、当然だ。昔から彼氏どころかお友達もほとんどいなかったような子だし、彼女にとっては根も葉もない話だろう。


「実は彼氏、とか……できてたり、しません、よね……?」


「なんで彼氏……」


 言いかけて、なにかピンときたように目が見開かれる。


 それからこちらをじろりと見て、大きくため息をついてから、身体をぎゅっと抱きしめる。


「いるよ」


「えっ……」


「彼氏とかではないけど、一人いる……目の前にちゃん」


 耳元で優しくそう呟く菊乃に、令が恥ずかしそうに肩に顔をうずめる。


 うわあ、タラシだ。この子、その気になればすごくモテるんじゃないか。


 そう思いながら、ベッドからこっそり席を立つ。


「じゃ、邪魔したわ……」


「反省してね。さっきの、笑えないから」


「……ごめんなさい」


 菊乃からの冷ややかな言葉に、ますますいたたまれなくなる。部屋から出ようとしたところで、


「でもまあ、また部屋に来てあげて。令、一人で作業してること多いから」


「……いいの?」


「令の数少ない話し相手だしね。もちろん、邪魔さえしなければだけど。ね?」


「まあ、はい……」


「まあどのみち、もう帰るけどね。これからなにするか知らないけど」


 いたずらっぽく笑って、あきらかにうろたえる二人をちらと見てから、満足げに部屋を出る。


 二人の邪魔だけは、二度としないよう思ってたのにね。


 また(つぐな)うものの数が増えた。これからどうしようかと思いながら、玄関のドアをすり抜けて黒い日傘を差す。

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