流星群と瓶ラムネ
今日はなんだか街中の皆がそわそわしている。
お祭りの前に似たなんだか落ち着かなくなるような空気が、帰り道に満ち充ちているのが不思議で、私は珍しく自分から猫目の姿を探していた。
そろそろ日暮れだから、どこかその辺に現れてもよさそうなものだ。
けれど用のないときにはこちらの都合もお構い無しに現れるくせして、こっちが会いたいときには足跡ひとつみつかりゃしない。
猫って生き物はそういうものなのだから仕方がないけれど。
「よお嬢ちゃん」
脇見をしながらぶらぶらと商店街を歩いていたら、燻したような声に呼ばれた。
「ご隠居さん!」
ぱりっとした浴衣姿で煙管を片手に、軒先の床几で紫煙をくゆらせているのは骨董屋さんの先代の御主人だ。
縁のまんまるな眼鏡を掛けて、知的な感じ……と思いきやその顔に浮かんだ表情はちょっぴり意地悪そう。
「よしてくれよ。アンタみてぇな若ぇのに隠居呼ばわりされたら、余計に歳ィとった気分にならァ」
ぷかりと煙を吐いて、ご隠居さんはちょっと首を傾げて見せる。
「あはは」
私だって嬢ちゃん、なんて呼ばれているのだからお互い様だ。
ご隠居さんが隣の席をちら、と見たので、私は遠慮なくそこに腰かけた。
「ねえ、今日は何かあるんですか? 皆そわそわしてるみたい」
「そうか嬢ちゃんははじめてなんだな」
「何があるの?」
ご隠居さんはにやっと笑っただけで、何も教えてくれなかった。
代わりに透明な瓶に入ったラムネをお土産に持たせてくれて、思わせ振りなことを言う。
「氷くれェは猫めが用意するだろ」
「猫目が何処にいるか知ってるんですか?」
「なんとかと煙は高いところが好きだって言うだろ」
わかったようなわからないような?
この街で高いところといったら団地がある丘陵地がまず思い浮かぶ。
散歩というにはちょっと激しすぎる運動になりそうな気がするけど、今日は金曜の夜だからまあいいかな。
ご隠居さんにラムネのお礼を言ってから、私はのんびりと丘陵地へ足を向けた。
歩いているうちに、あたりはだんだんと暗くなる。
ザラメ糖を溶かしたような空の色が滲むように青ずんで、じわじわと闇が街を飲み込んでいくにつれ、私の足取りも軽くなるのが不思議だ。
不意に頭上を瞬くように光が走った。
流れ星?
だけど見上げた頃には、星の軌跡はもう消えている。
代わりにキン、と微かに鐘のような音が聞こえた。
ふらふらと歩いている間にも、時折小さくキン、コン、と鐘の音は続く。
空を見上げながら歩いていると、またすうっと光が流れた。
キン、とまた音が響く。
そのうちに気が付いた。
藍色の空をすうっと光が過ぎると、それに合わせてキンコンと音がしているようだ。
まるで星屑が地面に弾けて音を鳴らしているみたい。
団地の中を縦断しているおそろしく長い上りきった頃には、とっぷりと日が暮れていた。
「やあ、君ならきっとここまで来ると思ってたよ」
丘の上にある講演のささやかな展望スペースに陣取って、猫目はいつものテーブルセットを広げている。
「どういう意味?」
「今日は星降る夜だから。君ならきっと高いところから見たがるだろうと思ってさ。なんとかと煙は高いところが好きって言うだろ」
「はぁ?」
釈然としない気持ちで、私は何の気紛れか猫目が引いてくれた椅子に腰を下ろした。
私は猫目がいるかもと思ってここに来たのに、猫目は私がここに来るだろうと思って待っていたという。
呆れたように笑って猫目は、砕いた氷がいっぱいに入ったグラスを私の前に置いた。
「君とここで流星群を見たかった、って言えばわかってくれる?」
意地悪そうに目を細めて、今日はまたとない夜だからとくべつだ、と猫目が笑う。
「それはどーも!」
「じゃあ早速乾杯といこうじゃないか。まったく爺にしては気の利いたものを寄越したもんだ」
「もしかしてコレのこと?」
ご隠居さんが持たせてくれたラムネの瓶を、私はテーブルの上に置いた。
透明な硝子の瓶に、透明な炭酸水……だったはずが、瓶の中身が仄かに黄味がかっている。
思わず瓶をかざして見ると、瓶の底に石のようなものが幾つか沈んでいた。
猫目は私の手からラムネの瓶を取り上げてあっさりと栓を抜くと、砕いた氷のうえにたっぷりと注ぐ。
しゅわしゅわパチパチ。
グラスの中で次々に弾ける気泡が目にも涼しげだ。
瓶の縁から転がりでた小石が、グラスに沈んでしゅわっと溶けた。
炭酸水の色が濃くなって、まるでシャンパンみたいに見える。
「それじゃあ何に乾杯しようか?」
ちゃっかりと自分の分のグラスにも炭酸水を注いだ猫目がそう訊くので、私はちょっと肩を竦めてこたえた。
「星降る夜に」
きらっと光って降ってきた星屑が一粒、グラスに飛び込んでキン、と音を立てた。