鉱魚のたまごと骨董屋
にゃおん!
日の落ちた目抜通りを歩く私のあしもとに、錆色の猫がじゃれついた。
こらこら、ストッキングが破れちゃうだろう!
猫を蹴っ飛ばしてしまわないように気を付けながら避けようとして、私はへたくそなステップを踏んでいるよう。
よたよたと家路を辿っていたら、にゃおん!とお次は三毛猫のご登場だ。
「いつもは私になんて目もくれない癖に!歩きにくいったら…!」
にゃおにゃおん!
まだ来るか!
路地裏から飛び出してきたシャム猫の首で、小さな鈴がしゃらんと鳴る。
「ありゃりゃ、おうちの人が心配するでしょー…」
どうしたことか。
今日はご近所の猫たちにもてもての私だ。
「何をしているんですか」
猫を引き連れて踊るように歩いていたら、骨董屋さんに声をかけられた。
「……ハーメルン?」
小首を傾げて可愛らしく尋ねる彼の肩を、鳶色の髪がさらりと流れる。
「えっ、どこらへんが音楽隊!?」
確かに猫たちは大合唱してるのだけど。
なのでどっちかといえば音楽隊より合唱隊って言う方がしっくりくる。
……なんて事を考えていたら、骨董屋さんはきょとんとして傾けていた首をこちこちと動かして反対側にかたむけた。
「……それブレーメンですね」
うん?
「ハーメルンは笛ふき男ですよ」
おっと、ねずみを呼ぶやつでしたか。
「猫を集める笛でも吹いたんですか?」
骨董屋さんはおもしろそうに笑って、道端にしゃがみこんだ。
猫がすきなのだ。
「犬笛みたいな? そんなの持ってませんよ」
もし持っていたとしても、猫が従うとも思えないし。
骨董屋さんと違って、私はとくべつ猫に好かれている訳じゃないからだ。
……おじさんを呼ぶ笛ならついこのあいだたくさん聴いたんだけども。
「じゃあ何かへんてこなものを持ってるんじゃないですか?」
どこから摘んできたのか、骨董屋さんはエノコログサをぴこぴこと振りはじめた。
「へんてこなもの?」
「猫が好むような」
そんなもの持っていたかしらん。
かばんの中身はいつもと同じ。
拾い物でもしたっけか、と服のあちこちを探ったら、胸ポケットから青いビー玉が見つかった。
今朝窓辺に転がっていて、朝日を浴びてきらきらときれいだったので、私はそれをポケットに入れてちょっといい気分で仕事にでかけ、そしてそれきり忘れていたのだ。
……まぁ、これは関係ないか。
「それですね」
「どれですか?」
「鉱魚のたまご」
「……なんのたまごですって?」
「知りませんか、鉱魚」
「なんですかそれ」
「猫の好物ですよ」
「ビー玉が?」
「鉱魚のたまごが」
おや、ふりだしに戻ってしまった。
「猫の好物なら、猫目にあげたら喜んでくらますかね?」
ちっとも前に進まない問答に飽きてしまった私は、ビー玉を夜空にかざしてみた。
「珍しい品なのにいいんですか?」
ねこじゃらしを片手に、骨董屋さんは呆れ顔。
「だって私には価値がわかりませんもん」
月明かりに透けた青い玉の内側で、くるりと小さな魚がひるがえるのが見えた気がした。