踊る小人とブラックコーヒー
机のはしっこでこびとが踊っている。
とんがり帽子をかぶったおじさんだ。緑のチョッキに臙脂のズボンをはいている。
こびとのおじさんが懐からとりだした笛をピーヒョロロと吹きならすと、どこからともなくもうひとりこびとが現れた。
またもおじさんだ。
おそろいのチョッキとズボン━━と思いきや服の方は色こそ揃いだけれど、細かなデザインはちょっと違っている。
あらわれたおじさんは気取った動作でお辞儀をしてみせると踊り出した。
そしてまたしてもピーヒョロロと響いた笛の音に、新たなこびとが召喚される。
いったい何人まで増えるんだろう?
ひとり、またひとりと増えていくこびとは輪を作ってなおも踊る。
輪が三重になったところで、猫目が突然わっと叫んだ。
びっくりしたおじさん達はパニックになっててんでばらばらに走り回り、テーブルの上にはもくもくと煙がわく。
煙が消えると、おじさん達も一緒にひとり残らず消えていた。
「……どろん」
呟いていると、猫目が溜め息をついて私の頭を小突いた。
「ぼんやり見てるから今夜のデザートまで持っていかれちまったよ」
「そんな!私のドーナツ!!」
なんてこった。
たっぷりとアイシングをまとった甘美なドーナツだったのに、お皿はからっぽ。
かけらだって残っていない。
「なんで黙って見てたのさ」
ほっぺたを膨らませて猫目が恨みがましく睨み付けてくる。
星明かりを集めるために猫目の瞳孔はいっぱいに開いているから、睨んで見せたところで可愛いだけだ。
でもそれを言うと拗ねるに決まっているので、私はしおらしく肩をすくめて見せた。
「どんどん増えるからおもしろくて」
「どんどん増えるから早めの駆除が肝要なのに」
「……駆除」
その言い方はちょっとあんまりじゃない?
……でもないか。
私のドーナツ……。
「罰として今日は砂糖もミルクもなし」
厳かに猫目が宣言すると、シュガーポットとミルクピッチャーまでもがテーブルからドロンしてしまった。
「そんなぁ!」
甘過ぎなドーナツに合わせて、深煎りの豆を用意していたのに。
カフェオレにする算段で濃いめにいれたのに。
「……苦い」
砂糖なしのオレにしたらちょうどいいコクになったに違いないのに。
ブラックコーヒーは私にはまだ早すぎるみたい。
猫目ときたら苦すぎるコーヒーを飲み干すのに苦労している私の事をおもしろそうに眺めながら、自分はさも美味しそうにカップの中身を啜り込んでいる。
少年姿の癖に生意気。
……そんな事を考えていたらぴん、とおでこを弾かれた。
「そんな顔をするもんじゃないよ。せっかくのコーヒーが不味くなるだろ」
やれやれと肩を竦めて、猫目は手品のように掌にシュガーポットを取り出す。
銀色のスプーンで星屑のように光る砂糖をヒト匙すくって私のカップにころころと落とした。
コーヒーのなかでゆっくりと溶けるざらめが、口当たりを段々に柔らかくする。
「お子さまにブラックはまだはやかったか」
にたり、と三日月のように目を細めて。
「とっときをご馳走したんだからね。お返しを期待するとしようよ」
猫目は星空を振り仰いで笑った。