台風の落とし物とジンジャーブレッド
台風の去ったあとで、スッキリと晴れた星空の下。
ちぎれ飛んだ草木で散らかった歩道を歩いていたら、ぐっしょりと濡れた青い布包みを拾った。
ぬめぬめと光る布はどことなく金属的だ。
交番に届けようか、それともここいらを縄張りにしている親分さんに託してみようか。
「なんだかちょっとなまぐさい……」
持った感じもぬるぬるしていて、正直言うとはやく手放したかった私は、そのままふらふらと歩いて猫目のお茶会に立ち寄った。
猫目はその名のとおりに猫目石のような目をした少年で、毎晩どこかの路地裏でお茶会を開いている。
幸い、今夜のパーティー会場は私の下宿のすぐ近くだった。ドレスコードなんかはないから、私は拾った包みをどさっとテーブルの上に置いて、空いていた椅子に腰をおろした。
今夜のゲストはまだ到着していないらしい。
猫目はひとりきりで優雅にティーカップを傾けていた。
「……珍しいものを持ってきたね」
ぴくりと片方の眉を上げて、猫目がちらりと私の拾ってきた包みを見る。
真っ白いクロスには、よくわからない青い染みが出来ていた。
えっ、青い?
さっきまで私それ素手で持ってましたけど。
やっぱり!私の手も青い!!
「珍しいって何が?」
テーブルにセットされたナプキンを勝手にとって手を拭いながら私が言うと、猫目はカップを置いて目を細めた。
「それが俺の好物だって知ってたの?」
ごしごしと手をふいていると、てのひらから青い粉がはがれ落ちていく。
星明かりにキラキラと光りながら、風にさらわれて消えてしまった。
「好物?……食べるの?」
でもびしょ濡れだもの。中身はだめになってしまっているだろう。
「美味いよ」
にぃ、と猫目の唇が意地悪そうに吊りあがる。ちろりと赤い舌が一瞬覗いて、唇を湿らせた。
「でも食べないけど」
唄うように呟いて、猫目はテーブルを照らしていたランタンに手を伸ばす。
光を放っているのは炎ではなく、虹色に光る鉱石だ。夜光石は暗い所で光るけど熱をもたないので、火気厳禁の場所でも明かりとして重宝されている。
「もし食べてしまったら人に成れなくなるからね」
猫目はランタンを掴み、真ん丸な瞳孔をくるりと回して私を見た。
猫目はよくわけのわからない事を言う。
「そら、乾かしてやろう」
ランタンの光がかざされると、光を浴びた猫目の瞳孔が細くなった。
猫目石みたい。
きれいだけど、意地悪そうな瞳だ。
ちりちりと微かな音がして、青い包みから粉が舞い上がった。鱗粉をまとったかのように、包みの表面が毛羽立つ。
ふるり、と震えて包みがほどけた。
夜光石の光を受けてびちびちと息を吹き返したのは青い……さかな?
「ああ、勿体ない…」
溜め息をつく猫目をよそに、すっかり乾いたヒレを伸ばして、さかなのような生き物は空に飛び上がって行った。
ドレスみたいにヒレがひろがる。
なるほど。
包みと思ったのはヒレが本体をすっかりくるんでいたからなのだ。
みとれているうちに、それはどんどん高く泳いでいき、とうとう見えなくなってしまった。
「惜しい事をしたねえ……」
くっきりと星の瞬く夜空を見上げて、猫目は残念そう。
「そんなに美味しいんだ? 空飛ぶおさかな」
「そりゃあもう」
にんまりと笑った猫目は、もう気持ちをきりかえたらしい。
「お茶をどうかな、お嬢さん」
ランタンを机の端に置いて微笑む。
「お客さんはいいの?」
夜光石の優しい光に、どっさり盛られたジンジャーブレッドが照らされている。
夜の夜中に食べるには、罪の意識を持たずにはいられない品だ。
……私の好物!
「今日のゲストはきみだよ」
お菓子の器を私の方に押しやりながら、何でもない事のように猫目は言う。
私はなんとなく椅子に座り直して、ジンジャーブレッドに手をつけた。
いつの間にかティーカップが湯気を立てている。
あのさかなを食べたら人に成れなくなると、猫目は言っていたけれど、お茶会ご馳走をよばれたら私こそ人に戻れなくなってしまうんじゃないかしら。
なんてことを考える。
でも私はそれも悪くないんじゃないかと思うけど。
「化け猫のお茶会にようこそ」