003 昔日の夢
寝覚めは最悪だった。否、最も良い時の方が少ないのだが。
昔の夢を見た。
暦の上で春の終わり、そして秋の終わりに。雪深い山奥の村に男女それぞれの子が産声をあげた。
あの頃は、“村の外”に対する憬れと。閉鎖されていた“村の内”に対する安堵が入り混じっていた、今思えば危うい感情の中で過ごしていた日々だった。それでも、そこで生きて、そこで死んでいく。それが当たり前だと享受できていた。
体は弱いが口だけは活発な少女と、思いやりはあるが悪戯好きな少年。二人は夫婦となるものだと、当人たちも周囲も、自然にそう思っていた。
けれど少女はあまりにも儚く、初潮を迎えるのも妹よりも遅く、子を成すには向かないと断じられた。
転機が訪れたのは丁度その頃だった。
少女と引き離され、別の娘を妻として宛がわれるのはまだよい方だった。
相手の女性も二人の仲を熟知していたので、二番目扱いでよいと笑っていたくらいだ。ただ村にも女にも、次世代を残す都合があるから子種は寄こせと言われた。
悪かったのは。
普段は呼んでも来ない麓の役人が、戦に狩り出すためにわざわざ徴兵しにやってきた。
逆らえば、逆に女子供が連れていかれる。村長も苦渋の判断をしたのだろう。十数名の男を選出し送り出すことにした。
その中に少年も含まれていた。
前夜。二人は褥を共にした。互いの温度を、形を、全てを溶かし尽くして分け合い、また形とし。絆を、思い出を分かち合う様に抱き合った。
一縷の望みが叶うことなら。互いのどちらかがこの先、生き残れたのなら。二人が共に在れたことの証が残せるのなら―――
◇ ◇◇◇◇ ◇
最悪だ。
一番幸せで、残酷な記憶でしかない。
何十年経った今でも夢に見るあの頃。
「さっきから魘されているけどこういう時って起こした方がいいのかしら? こういうのって起こした方がいいとか、起こしちゃいけないとかどっちの意見もあるから難しいのよ」
意識の遠くで女のヒステリックな声が聞こえてくる。
「ああでもキャシーだったら落ち着きなさいって言って、イーリンなら五月蠅いって怒りそう。 とにかくいったん、起こそうかしら。ライザだったら叩き起こすわよね?」
現状を把握する。どうやら自分は眠っているらしい。いつ寝たのかは覚えていない。しかし自分は彼女に介抱されているようだ。
部屋は暖かく、薪の爆ぜる音が時折聞こえてくる。
「お兄さん、ちょっと起きて? …そういえば言葉って通じるのかしら? アジア系、よね? 英語…中国韓国ならいいけど南の方だったらどうしましょ?」
「哪个都可以――not mind。どれでも構わない。数ヵ国なら把握できる」
幾つかの言語で、喋れる旨を伝えてみる。
思ったより口内が乾いているのか、声が掠れている。
どのくらい眠っていたのか、起こした体が痛みを発している。
白い手が、湯気の立つカップを差し出してくれる。蜂蜜でも溶いたのか、甘ったるい。どうせ飲むなら酒か渋い茶の方がいい。
「ありがとう。じゃぁ適当にお願いするわ。それにしてももう起きれるの?」
「鍛え方が違うんだ」
飲み干したカップを返そうと彼女に視線を向ける。
「こんなところで何をしているんですか、リーシャさん?」
そこに居たのは、雪山で消えた、オカルトサークルの<セイレーン>リーシャだった。
でも彼女は笑って肩をすくめた。
「残念ね。半分正解よ」
2019.12.31. 初稿
「哪个都可以」どちらでもいい
「not mind」気にしない
誤ってたらごめんなさい