001 序:昔話
「今度の冬の雪が降る頃にはきっと戻るから」
今年の雪が溶け始めた春先、
男は女にそう約束した。
女は嬉しそうに、そして悲しい気持ちで、男を見送った。
村の男たちは近年続く戦争への徴兵令が出され、狩りだされていった。
男は女に嘘を吐いたことはなかった。
だからこそ、きっと生きて帰ってきてくれると女は祈った。
女が懐妊に気付いたのは間もない頃だった。
もともと体が丈夫ではなかったから、月経の乱れも気にもしていなかったので、気付けば臨月間近だった。
夏、赤ん坊は死産だった。
子供と二人で男を迎えられる。
子が産まれていた事に驚く、男の顔を楽しみにしていた。
温かい、優しい家庭を築けると思っていた。
でも女は絶望せず、男の帰りを待った。
「今度の冬の雪が降る頃にはきっと戻るから」
ただその言葉を信じて。
しかし戦争は長引いていた。
次に雪が降る日に帰ってくるかもしれない。
この雪が溶ける頃には帰ってくるかもしれない。
女は毎日山にある祠で祈りを捧げた。
けれどその日を迎えることは適わなかった。
男は戦場で死んだ。
女は雪山で死んだ。
二人は死体も残さなかった。
だだ、死んだという事実だけが残されていた。
昔々、どこにでもあるような、
小さな悲しい物語として残るだけ――――