やっちまいしたぜ旦那ぁ←誰?
彼女は少し目を見開き、見開いたままの目からいきなり大粒の涙を零し始めた。彼女は自分の顔を手で拭い
「え?……涙?」
と驚いているようだった。僕は泣いている彼女に近づき
「はい、どうぞ」
とハンカチを彼女に渡した。ハンカチは何故かマリノに「ここは病院だから文句言わずに持っとく!」と言われ、持たされたものだ。泣かしてしまったのは予想外だったから助かった。あと助かったといえば人気の無い屋上で良かった。男性が女性を泣かしてる場面を見られたら何かしら誤解される
「あ、ハンカチ…………ありがとうございます」
「うん、気にしないで使って」
彼女は僕からのハンカチを遠慮がちに使い自分の涙を拭っていく。だが次から次へと出るせいか諦めて自分の目元に当てたみたいだ。
しばらくすると落ち着いたのか。最後にハンカチを鼻に当て、チーンと鼻をかんでいr……いやちょっと待って鼻をかんd……「深淵をのぞくとき深淵もまたこちらをのぞいているのだ」っていう言葉があるくらいだ深く考えるのはよそう。この場合の深淵は思考の泥沼に嵌ることだけどね。うん、深淵って随分浅いね。
「心さん、ハンカチは洗って返しますね」
彼女は若干赤くなった鼻をズビッと鳴らしながら、申し訳なさそうにこちらに言ってくる。
「いいよ、明日には退院だから家に帰ってから洗うよ」
「え!明日、退院だったんですか」
彼女は驚いた顔で僕に詰め寄ってくる。彼女の身長はそれほど高くないようで僕のあご下あたりから上目使いで事情を話せとばかりに睨んでくる。
彼女の目と鼻が赤くなっていなければ整った顔立ちのおかげで威圧感を出せていたんだろうけど、残念、今の君は凄く可愛い小動物に見える。うちの幼馴染たち三人も飛びつくだろう。その内の一人は別の理由で飛びつくだろうけどね。あいつ外面は完璧なのに僕たち三人の前になると全く別物だからなー
ふと違うことを考えながら僕は彼女に意識を戻すと
「じ~」
と擬音語付きのジト目を拝借していた。さすがにジト目を貰って興奮する質ではないので僕は彼女に病院に入院するまでの事情を一旦ベンチに二人で座り説明した。
「心さん、凄い体験をしてますね。」
そう言われてもしょうがないとは思う。同級生(正統派美少女)を庇って車に轢かれ、入院しその後庇った同級生(ry)がお見舞いに来るなど何処のラノベかと思う。だけどほえーと、関心している少女と会ったこと自体が僕の言った事より凄い体験かと思うんだけど、だって多重人格の娘と病院で三日間連続でかつ大分濃密な時間を過ごしてるんだよ?字に起こすと、なんというか、うん、辞めとこう。それはおいといて多分、主人公補正がある主人公ですら出会うのは無理だと思う。
「自分も凄い体験だなと回想してみて思ったよ。最近の僕は幸運と不運の振れ幅が大き過ぎる気がする。」
「ふふふ、最近の、という事は他にも有るんですか?」
彼女は既に赤くなくなった顔で僕の話を聞き楽しげに笑っている。ついでに言うと両足を控えめにゆらゆらと揺らしていて心底楽しそうにしている様子であった。
「僕の事はさておき、もう少し君達のことについて教えて貰えないかな?」
彼女は揺らしていた足を止め、少しむくれた顔で僕をみてくる。
え?なんか僕やらかした?
「女子の秘密を知ろうなんて心さんはエッチです。」
「その表現の他に無かったのかなー」
「実際、私達の事について聞いてるじゃないですか。」
「そうだけど!そうだけども!何か違う気がする!」
「エッチ!心さんのエッチ!」
「意味の無い罵倒が僕を襲う?!」
彼女は屋上に人が居ない事をいいことに僕に対しての罵倒を声を張って言う。彼女の様子はとても楽しそうで少しはしゃいでいるようだった。その証拠に顔には笑みを浮かべている。そんな彼女の様子が嬉しくて楽しくて、僕はつい笑ってしまった。
「……その顔はずるいですよ。」
彼女はさっきまで僕のほうを見ていたのに突然顔をうつむかせ何かをモゴモゴ言ったようだったのだけど、僕は上手く聞き取れなかったので謝罪と共にもう一回聞いてみた。
「ごめん、聞き取れなかったからもう一回言ってもらっていいかな?」
「何でもないです!!!」
さっきとは反面大きな声を出し否定されてしまった。彼女はまたむくれてしまった。不機嫌ではないのだけど少し怒ってる感じだ。不機嫌では無いとわかったのは両足をぶらぶらと揺らしている事が視界に入ったからだ。それは良いとしてこれどうやって、また切り出そう。二回目は流石にしつこいからなぁー。今日は諦めてまた後日聞くか。
「そこはもう一回切り出さないとですよ。」
「なんでナチュラルに僕の思考読んでくるかなぁ。」
「秘密です。心さんのえっち。」
「微妙に舌足らずに言うの辞めてもらって良いかな何故か罪悪感が僕にのしかかってくるから」
「それはいいとして」
「いいんだ」
「はい。いいんです。」
「それはさておき、私達の事についてです。」
彼女は突然真剣な顔で本題を切り出してきた。僕は頭を少しクリアにし彼女の話を聞く。
「私達の名前は坂口雪菜です」
「お医者さんによると一日ごとに人格が入れ替わってるらしいです。」
「何故疑問系?」
「私達にもたまにわからない時があるんです」
「私達は三人います。以上です」
彼女達は一日ごとに人格が切り替わり、それが三人だから三日ずつループしてるってことかな。確かにそれは、僕が知りたいことでも有ったんだけど、僕が知りたいのは彼女の名前だ。
「それで君の名前は?」
「さっきもいい」
「僕が聞いてるのは君の名前についてなんだ」
「?」
僕がそう彼女の言葉を遮るように言うと、彼女は理解が追いつかないようで、首をかしげている。なので僕はもう少し言葉を重ねる。
「君達の体の持ち主の名前が坂口雪菜なんだよね。そしたら君の名前とは別だと僕は思うんだ。だから教えて欲しい」
彼女は僕の言葉に納得すると、悲しげな顔をした後直ぐに表情を切り替えるようにして、顔いっぱいの笑顔を浮かべた。
「それなら心さんが付けて下さい。私の名前を」
彼女の言葉に僕は驚き、困惑、疑問、憤怒いろいろとごちゃ混ぜになった心中をある程度のそれを残し、例外なく握りつぶした。
そんなこと|より、カノジョ 二 名前ツケル?ボクガ?Why?
彼女は言葉足らずに気が付いたのか。さっきの僕のように言葉を重ねる
「すみません。私達、これまでは皆に雪菜と呼ばれてたのでそれぞれに名前は無いんです。」
彼女は少しはにかみながら嬉しそうにこちらに言ってくる。その様子を見ながら、僕の心中でまた大きくなって来ているそれを握りつぶす。
というかすっごく重要な役割を与えられている気がする。まさかこの歳で名づけ親になろうとは、くぅー、痺れるね!……痺れないよ!いくら疲れてるからといって流石に脳内ノリツッコミって、いろんな意味で愉快な人すぎるよ。僕が疲れている事よりも、彼女の名前についてだ。彼女の名前……名前……ポチ、タマ、シロ、クロ……ってなんで犬とか猫につけるテンプレネームなんだよ!?やばい、彼女がジト目で見てる。彼女たちの名前は雪菜……雪……三人……いや…… だ。
「君の名前はセツカにしようと思うんだけどどうかな?」
彼女の目はジト目から見開いた状態に移行し、固まった。微動だにしないほど固まった。彼女の顔の前で手を振ってみたが全く反応しない。本当に固まってる。これならいろいろと悪戯できそうだな。そんなあくどい考えを振り払い、全く反応しないで固まっている彼女に聞く
「えーと、僕なりに頑張ってみたんだけど駄目かな?」
僕が固まっている彼女にそう言うと、彼女は驚いたように肩を揺らすとこちらに慌てたように返答してくる
「いえ違うんです!私も、私達も、全員同じ名前で呼ばれているので凄く新鮮で……なんというか嬉しくて」
彼女……いやセツカはさっきとは打って変わって、えへへと笑いながらこちらに伝えてくる。普段からよく耳にする名前だけど彼女にとっては特別だったのだろう。ありきたりな表現だけど、セツカだけの名前だ。
セツカの笑顔を見てのほほんとした気分になっていると、彼女はこちらに心配そうに伝えてきた
「他の私の名前は……」
「心配しなくても大丈夫だよ。また別の日に会った時に伝えるから」
「ということはまた会いに来てくれるんですか?」
「明日から忙しくなるから、少しだけ先かもしれないけどいいかな?」
「はい!私達も明日から忙しいのでちょうど良かったです。」
「私達も明日から忙しくなるので、今度会えるのは大分先かもしれませんね」
このまま、時間のせいでセツカたちとの縁が切れるのは嫌なので、僕はあらかじめ用意しておいた紙をセツカに手渡した。
「えっと、これは?」
いきなり渡したせいか紙をちらちら見ながらこちらに聞いてくる
「お互い忙しくなるなら連絡取れるようにと思って、僕のメールアドレスと電話番号を書いといた紙だけどもしかして携帯持ってない?」
「いえ、持ってはいるんですけどまさか叔母さん以外の人を登録するとは想像できなくて」
えっと、うん、なんかごめん。何に謝ってるかわからないけどごめん。よし今度、セツカにあいつら紹介しよう。決定
「何で、生暖かな目になってるんですか?」
セツカはこちらを甘く睨めながら言ってくる。
「何でもないよ。今度会う時にでも僕の友達を紹介するね」
僕は柄にも無く胸を張りながらセツカの不安を消せるように言葉を付け足した。
「あいつらは君を受け入れてくれるよ。なんと言っても僕の自慢の幼馴染だからね。」
「楽しみに待ってますね。……本当は二人っきりで会いたいなぁ」
セツカが後半のほうに何か小さく呟いていたが何を言っていたんだろう?もしかして僕の提案が気に入らなかったのかな。一応詳細を説明しとこう
「ちゃんと幼馴染に女子は居るから安心していいよ」
僕がこれを言った瞬間、こちらに顔を向けていたセツカの顔が石のように固まり笑いと睨むという動作をごっちゃにしたような感じになっている。安心したのと同時に何かに気づいて笑えなくなっちゃった感じかな。
「幼馴染の女性とはどんな関係ですか?」
顔が能面のように変化したセツカがなぞの威圧感を撒き散らし、こちらに聞いてくる。
「普通の友人だよ?」
これを言った後のセツカは安心したのか。なぞの威圧感が消え笑顔が戻った。これで一件落着?めでたしめでたし!主に僕の精神的なあれが…




