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彼と彼女の運命  作者: Tamana
2章 書庫
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1

ひんやりとした冷気が石造りの床から伝わってくる。気候自体は穏やかでとても暖かいのだが、建物の地下となるとそうはいかなかった。日が当たらないので室内は暖められることもなく、石で作られた床や壁は冷気だけをつれてくる。だからこそ目的には適しているのだろうが、この場所にはほとんど人がいなかった。

背の高い本棚が林立している地下書庫。ここが、最近の未音がたいていの時間を過ごす場所だった。

「これもダメ……」

小さく呟いて膝の上に広げていた本を閉じる。百科事典ほどの厚さを持っている本は上等な紙が使われていたらしいが、年月とともにすっかりほこりをかぶってしまっている。舞い上がるほこりに顔をしかめながら立ち上がると、背伸びをして本を元の場所に戻した。

召喚されてからの一週間、未音はこの場所で本を読んで過ごしていた。


目的は元の世界へ戻る方法を探すこと。


「燐さまのお世話をさせていただきます。召喚士長の詠軌えいき と申します」

この世界に召喚された次の日、無駄に豪華な室内で途方に暮れていると、ノックの音とともに一人の男性が入ってきた。とても現実とは思えない出来事の連続で疲れきっていた未音だったが、彼の顔ははっきりと覚えていた。

「はい。覚えていただけて光栄です」

優雅にお辞儀をして見せた詠軌は、二十代の後半程度の年齢に見えるが、正確な年齢はよくわからない。もっと上と言われても納得できるし、同い年と言われても頷いてしまうような、不思議な雰囲気を持つ男だった。洗練されすぎている物腰と、落ち着き払った瞳が未音の知る身近な人とは何一つ重ならないからかもしれない。

警戒しながら詠軌と名乗った青年を見上げた未音の瞳に入ってきたのは、空の色を写し取ったような青い髪と瞳。ここに呼び出される前にマンションの入口で見上げた空と同じ色だった。

「これよりあなた様のお世話は私ども、召喚士がさせていただきます。ご不便なことなどありましたら、遠慮なくおっしゃってください」

そう言って詠軌は深々と頭を下げた。言葉の端々からは誠意が滲み出ているが、なぜそこまでの誠意を向けられるのかが未音にはわからない。

彼は召喚士長と名乗った。長とつくからには、おそらく位が高いのだろう。見ず知らずの小娘に丁寧にするいわれはないはずだ。

「なんで、そんなに丁寧にしてくれるんですか」

「私達召喚士は、神と女神に仕えるのが務めですから」

「じゃあ神殿とか教会にでも行ったらいいじゃないですか。私は関係ないです。早く家に返して」

教会と言ったときに詠軌はかすかに不思議そうな表情をした。もしかしたら、この世界には教会はないのかもしれない。それがわかったからといって更に世界の隔たりを感じるだけで何の意味もないが、相手にやり返してやったという、妙な満足感があった。


「女神に仕えるのが役目ですから、私どもが貴方様のお世話をさせていただきます」


満足感がよぎったのはほんの一瞬だった。詠軌が発した言葉がすぐには理解出来ず、固まりかけた頭でゆっくりと意味を咀嚼する。世話をする相手が女神、それであれば彼が女神と言っているのは一人しかいない。

「私が女神だっていうの!?」

「召喚士の呼び声に貴方様が応えました。伝説通りの黒髪に黒い瞳。それはあなた様が女神である証拠です」

空色の瞳は無表情のままだったが、詠軌はまっすぐ未音を見つめている。彼の瞳に映る自分の姿は、たしかに黒髪に黒い瞳をしている。だが、そんなことが女神を示すのであれば、日本は女神ばかりの国になってしまう。

「そんなの知らないわよ! 黒髪に黒い瞳なんて、日本人なら大抵そうよ!」

「ニホンジン?」

「あぁ、もう! これなら大学デビューを待たずに茶髪にしておくんだった!」

だんだん焦点がずれてきたと思いながらも、叫ばずにはいられなかった。詠軌の瞳が困惑に歪むのを見ながら、未音は美容院に行くのを後回しにした自分を罵り続けた。


「燐様。私は失礼させていただきますので、御用があればお呼びください」

引っ越しのスケジュールから始まり、厳しかった高校の校則にまで未音の怒りが届いた頃合いで、詠軌がそう割り込んできた。意味がわからない言葉を並び立てる未音に対して、若干の恐れを覚えたようで、声色はかすかに引きつっていた。

「ちょっと待って。一つ聞きたいことがあるの」

我に返った未音は高校の校長を罵るのを一時中断して、詠軌を呼び止めた。過去を振り返ることはいつでもできるが、質問に答えをもらうのは相手がいるときではないとできない。


「私は、元の世界には戻れますよね?」


まっすぐに詠軌を見つめてそう問いかけた。未音が最も聞きたいことでもあり、同時に最も聞くのが怖い質問でもあった。

たとえ何年かかるとしても、戻れるという保障があるならいい。いつか戻ることができるのならば、多少の理不尽には耐える自信があった。家族や友人もいない、どんな場所かもわからないこの世界で生きていく自信など無い。

「私は女神なんかじゃない! 元の場所に帰りたい……!」

泣きそうになるのを何とかこらえて詠軌を見つめると、視線の先の青が困惑を示すように歪んだ。未音の中を最悪の予感が駆け抜けるが、それには気づかないふりをして詠軌の言葉を待つ。

ほんの一瞬ではあったが永遠にも似た静寂。しかし、それを破った詠軌の言葉は未音には理解できなかった。

「やはり、あなたも……」

「え?」

寂しげに呟かれた言葉に目を丸くすると、詠軌は柔らかな笑みを作った。詠軌の言葉の真意を知りたかったが、微笑みがそれ以上の質問を拒んでいた。


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