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彼と彼女の運命  作者: Tamana
1章 召喚
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2

 思考がここまで働かないのも初めてだ。

 模試で最悪の点数を取ったとき、志望大学に合格したとき。それぞれに思考が止まったが、どちらのときもすぐに動き始めた。

 だが、今回ばかりはなかなか動き始めようとしない。

 唖然としている間に抵抗する隙もないほどの勢いで部屋を移され、服を着替えさせられた。掃除用の部屋着として身につけていたシンプルなTシャツとジーンズを脱がされ、まずは贅沢な大浴場に放り込まれる。唖然としている間に全身を清められ、恥ずかしいと思う間もなく新しい衣類に着替えさせられた。あまりにも理解し難い状況に流されるがままになっていた未音が通されたのは、呆れるほどに広い一つの部屋だった。

 部屋は豪華なシャンデリアで照らされ、壁には磨き上げられた窓がある。装飾の雰囲気からすると、世界史の授業で見た中世のヨーロッパに似ている気がした。資料集で見たときには純粋に憧れたが、実際に通されると落ち着かないことこの上ない。

 服は作りこそシンプルな上着とロングスカートという組み合わせだが、その手触りは絹のさらに上を行く。きっと、未音の想像をはるかに超える値がつくに違いない。

 自分の理解を超えた状況にただ呆然としていると、扉から乱暴な音がした。

「入るぞ」

 未音の返事も待たずに部屋に入ってきたのは、最初の部屋にもいた青年。

 最初の部屋――――あとから聞いたところによると、召喚の間というらしい――――にいるとき、服を着替えさせられるとき、延々と続けられた説明の中に彼の情報も含まれていた。

「……煌さん?」

 綺羅国を統べる王にして、光の神の転生した姿。そして、転生した女神の伴侶となるべき男。

「さすがに運命の相手の名は覚えたか」

 転生した女神――――すなわち未音の伴侶として定められた男は笑う。

 だが、その笑いの中に楽しさや喜びといった正の雰囲気はなく、本能的に未音は煌から一歩離れた。

 彼は自分を疎んでいる。

 そう叫ぶ自分の本能に従って。

「逃げることはなかろう? 我らは伴侶となると定められているのだから」

 笑みを消し、無表情で煌が未音との距離をつめる。さっきと同じように下がろうとして、何とか思いとどまった。

 下がることは逃げることだ。逃げることでは根本的な解決にはならない。

「私は……」

 間近に迫った煌は人を威圧する何かを全身から発しているようだった。言わなければならない言葉がのどに引っかかって、なかなか出てきてくれない。

「どうした? 燐?」

 完全な嘲笑含みの声で『燐』と呼ばれたときに、未音の中で何かが切れる音がした。

「私は女神なんかじゃない!」

 全身を使って絶叫した未音に、さすがの煌もたじろぐ。その隙をついて未音は奔流のごとくあふれる感情をそのまま言葉にしていった。

「私のことを燐だって決め付けて、勝手に召喚して……! いったい何様のつもり!?」

 この国にはひとつの伝説が語り継がれている。

 綺羅国を創った光の神と闇の女神、煌と燐の伝説が。

 二人の神は力を合わせて世界を創った後、使い果たした力を補うために永い眠りについた。そして二人の力が完全に回復したとき彼らは再び現れ、綺羅国を平和と繁栄に導くという。光の神の転生した姿が目の前に立つ煌であり、闇の女神の生まれ変わりが未音だというのだ。

 煌を光の神と結びつけるのは、彼が生まれつき持っている鮮やかな金色の髪と瞳。様々な髪や瞳の色を持つこの世界でも、金色の髪と瞳は特別だった。光の神は金色の紙と瞳を持つ。それが、この国に伝わる伝説だったから。

 そして、未音と闇の女神を結びつけるのは、召喚の間で渡された黒い宝石。

 あれは別の次元で休息をとることに決めた女神が、再びこの世界に戻ってくるために削った魂の一部分らしい。それが未音に反応し、彼女が触れたあとは跡形もなく消え去った。女神の魂のかけらは本来あるべき場所、つまり彼女の生まれ変わりである未音の中へ戻ったのだというのは、召喚の間にいた召喚士たちの言葉だ。

 喜ぶ彼らによって未音は女神である、燐の転生した姿だと決定された。

 未音の意思にまったく関係のないところで。

「私には私の生活があるの! ちゃんと篠宮未音って名前もあるし、大学にだって受かったばっかりだったんだから! それをこの国の平和と繁栄だなんて……、そんなもののために奪わないで!」


 ドンッ


 部屋中を震わせる音に打たれて未音の言葉が止まる。

 音の源は煌。

 部屋の中央近くに置かれていたテーブルを、彼が力任せに殴りつけたのだ。

「奇遇だな」

 感情を感じさせない低い声。だが、裏に隠された怒りが未音の唇を凍りつかせた。

「俺も運命に縛られるつもりはない」

 はき捨てるように言って煌は身を翻した。

 そのまま未音のことなど意識の外に追い出してしまったかのように、迷いのない足取りで部屋を後にする。取り残される形となった未音はしかし、しばらくその場に立ち尽くしたまま、指一本動かせなかった。

「なん……なのよ……」

 かすれた声でようやくそれだけをつぶやく。

 純粋な怒り。

 十八年間生きてきて怒られたことや怒ったことは数え切れないほどあるが、さっきの煌のような純然たる怒りに接したことはない。

「なんで……」

 感情のままに発した言葉の何が煌の逆鱗に触れたのかはわからない。

 だが、怒る権利は未音のほうにこそあるのではないか。わけのわからないままつれてこられて、元の暮らしに戻れるかどうかも確かではない。

「なんで……私なの……」

 足の力が抜けて、崩れるようにして床に座り込んだ。

 引っ越してきたばかりのマンション。ずっと夢だった大学生活。それらがすべて奪われたのに、なぜ未音が責められなければならないのだ。

「なんで……」

 女神に与えられた広い部屋に、忍びやかな嗚咽が響いた。

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