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彼と彼女の運命  作者: Tamana
5章 町
18/22

3

だいぶ放置してしまいました……

 城下町に活気がある国は豊かな国だと、昔何かの本で読んだことがある。確か日本の歴史小説だったような気がするが、その法則が当てはまるのは何も日本だけではないだろう。

 だとすれば、この国は非常に豊かな国だといえる。

 頭上には繊細な細工がなされた看板が並び、ところどころにある空き地には屋台のような小さな店が林立している。道を歩けば生き生きとした呼び込みの声がひっきりなしに耳へ届いた。


「すごーい!」


 誰に言うでもなく、未音の口からは自然と感嘆の声が漏れた。知識としてだけなら、この城下町のことも多少は知っている。この綺羅国の中でも最も大きな町であり、商業の中心地にもなっている町。

 しかし、ここまでにぎやかな町だとは思わなかった。

 戦争が近づいているのにもかかわらず、人々の顔には笑みが浮かんでいる。それがどれほどすごいことなのか、戦争を経験したことがない未音にも少しはわかるつもりだ。


(やっぱり煌の力ってこと?)

 人々の恐怖を抑えているのが煌という神の守護だとしたら、未音が探している希望がこの町にある可能性は低い。神の守護に頼りきっている人たちが、その神を否定するはずがないのだから。


(どうしよう……)

 昴にとっての希望を探したいなどと大口を叩いた自分が恥ずかしい。この国に根付く信仰の強さもよく考えずに、人々の意識を変えることができると本気で思っていたさっきまでの自分。

 これ以上はないほど難しいことを簡単なことだと、どうして思い込めたのだろう。

 頭から血の気が引いていく。希望を見つけに来たはずの場所で絶望に直面した未音の中から、活気に満ちた音が消えていった。


 代わりに満ちたのは、果ての見えない絶望という名の静寂。


(……ん?)

 絶望に引きずり込まれそうになっていた未音を引き戻したのは、現実世界に実際に広がる静寂だった。

 さっきまで活気に満ちた声が飛び交っていたはずの大通りが、今は不気味なほどの沈黙に包まれている。自分の気持ちの問題かと思っていたが、物理的に静かになっていたようだ。大勢の人の視線が自分に集中しているような気がして、未音は慌ててあたりを見回した。


 すると目に入ったのは、自分を見つめたまま目を丸くする人々。


 自分はそんなに変な顔で考え事をしていたのだろうか。それとも、考えていただけのつもりの言葉を口から漏らしていたのだろうか。

 理由のわからない視線にさらされて、いたたまれなさと恥ずかしさで未音はうつむいた。そのまま足早に大通りを抜けようとしたが、未音を見つめる人の輪から吐息のように声が漏れた。


「……燐さま?」

「は?」

「やっぱり燐さまだ! 女神様が召喚されたという噂は本当だったんだ!」


 近くの商店――――品揃えから見て雑貨屋だと思う――――の店主が大声を張り上げる。あっけにとられた未音の頭にその言葉の意味がきちんと届くまでのわずかな間に、大通りには再びざわめきが戻っていた。

 ただし、さっきまでの呼び込みとはまったく異なる種類のざわめきだ。


「燐さま! ぜひうちの店を見ていってくださいませ!」

「こちらにもいらしてください!」

「燐さまのお力を我々にも分けてください!」


 頭がぐらぐらした。それは大げさなたとえでもなんでもなく、本気で未音は頭を抱えるはめになった。

 すっかり忘れていたが、この国に黒髪に黒い瞳という人はいないのだ。詠軌のような青い髪や、夕暮れ時の赤い髪。その他にもいろいろな色の髪の毛があるが、未音のような黒い髪と昴のような金髪はいない。

 この国において金髪は煌の、そして黒髪は燐の、二人の神の証なのだ。

 そのことをすっかり忘れて黒髪を隠しもせずに歩いていたのだから、目立って当然だった。


「あの……えっと……」


 混乱した心はきちんとした言葉を形作ろうとはしない。人々の熱気に流されるがまま、未音はなすすべもなく立ち尽くした。


「燐さま!」


 不意に耳に届いた甲高い声。明らかに大人のものではない。幼い者特有の甲高いが、耳には心地よく聞こえる声。

 人並みを無理やりかき分けて顔を出したのは、十歳ほどに見える少女だった。桜の花を連想させるような淡いピンクの髪が、未音の意識をはるかかなたにある故郷へと引き戻す。

 進学するはずだった大学の校門には大きな桜の木があった。あの桜はもう葉桜になってしまったのだろうか。


鈴音りんね!」

 大人たちの間でつぶされそうになった少女を、大きな手が慌てて救い出した。光を反射させるほどに磨きこんだ鎧が、華奢な少女をそっと抱き上げる。

 それはさっきまで未音のことをひそかに護衛していたはずの兵士だった。


「父さん!」

「まったく、危ないだろう?」

「ごめんなさい」


 兵士の腕に抱かれた少女が小さく頭を下げる。叱られてはいるものの少女はとても嬉しそうで、この子は父親のことが大好きなんだなと、ろくに働いていない頭でもそう思った。

 一方兵士のほうは、立ち尽くしたままの未音に慌てて膝を折った。


「申し訳ありません! 姿を見せずに護衛するというお約束でしたのに」

「いえ……それは、別に……」


 ここまで目立ってしまったら、近くに兵士がいようが関係ない。そのつもりで答えたのだが、兵士はいっそう身を縮ませた。あっけにとられた声を、叱責の声と勘違いしたようだ。それこそ土下座でもしかねない勢いの兵に慌てて未音が言葉を続けようとしたが、少女の甲高い声が割って入るのが先だった。


「戦争が起きるって本当!?」


 水を打ったように大通りが静まり返った。燐を崇める言葉を繰り返していた大人たちは瞳を曇らせて口を閉じ、未音に向けていた視線を鈴音へと移す。それは彼女の父親も例外ではなかった。

 それだけの大人の視線を一身に受けてもひるむことなく、鈴音は未音をまっすぐに見つめている。


「戦争……」

「戦争が起こるかもって父さんが言ってた! 煌さまと燐さまがいればこの国は平和なんじゃないの!?」


 幼い少女の言葉だったが、未音を凍りつかせるには十分だった。

 この小さな体のどこに、そんな恐怖を隠し続けていたのだろう。未音が彼女の年だった頃は友達と遊ぶのに忙しく、戦争などという単語を考えたことはなかった。

 軽々しく戦争の可能性を否定しても意味がないことがわかったので、未音は一番卑怯な手段をとった。

 鈴音の瞳を見つめたまま、肯定も否定もせずにただ黙って立ち尽くしたのだ。


「……起きるはずがないじゃないか」


 重苦しい沈黙を破ったのは、かすかな声だった。

「煌様と燐様がそろえばこの国には平和と繁栄がおとずれるんだ」

「そうよ。燐様が召喚された以上、戦争なんて起こるはずがないわ」

 大人たちは、言葉の裏で鈴音を叱りつけていた。子供だから何も知らずに馬鹿なことを言うのだと、間接的にそう言っている。それは鈴音の父親である兵士も例外ではなく、彼の腕の中で鈴音がうなだれているのが見えた。


「……バカじゃないの」

「燐さま?」

「いかがなさいました?」


 すっかり鈴音のことなど忘れたように、大人たちが未音のほうを見つめてくる。さっきまでは視線が痛かったが、今ではそんなものは全く気にならない。

 混乱が潮のように引いていって、未音の中に残ったのは呆れだった。


「あなたたち、少しは現実を見なさいよ。現実問題、深沙は武器を集めてて、昴はそれに対しての備えをしてるのよ?」


 未音の目は完全に据わっていた。臆することなく居並ぶ大人たちをにらみつけ、不安を瞳いっぱいにたたえている鈴音へと視線を移す。ピンクの髪というのはなんだか人形のようで、彼女が本当に生きているのだという実感が持ちにくい。

 だが、彼女はここにいる誰よりも現実を見つめている。


「この子の言うとおりよ。昴は必死になって避けようとしてるけど、戦争が起こるかもしれない。いいえ、8割くらいの確立で起きるといっても過言じゃないのかもしれない」


 いくら政治にかかわっていない未音でも、昴の様子を見ていればそれくらいはわかる。商業の中心地であるこの町で深沙の不審な動きを知らない者がいるはずがない。今までの深沙との関係を知っている以上、未音よりも戦争の気配を身近に感じているはずだ。

 なのにこの町の人々は、その事実から眼を背けた。

 神が守ってくれるに違いないと盲目的に信じ込んで、現実を見据えようとしない。


 これを現実逃避と呼ばずになんと呼ぶのだ。


「こんなに小さい子はしっかり現実を見てるのに、大人たちは現実から逃げるの? しかも、責任を全部昴に押し付けて!」


 未音は悔しさで涙が出そうだった。

 昴が己自身さえも犠牲にして守ろうとしていた綺羅国とは、この程度のものだったのだろうか。見たくない現実からは目をそらし、不確かな伝説にすがる。

 こんな人たちのために、昴は心が壊れる寸前にまで追い込まれたのか。

 そう思うと無性に悔しくてしょうがなかった。


「昴はあなたたちのために必死で煌を演じてたのに、あなたたちはその虚像があれば満足なの!? あなたたちには目も耳もあるのに、昴の努力を神の力で片付けて、深沙の動きは気のせいで済ませるの!?」

「燐さま……いったい何を」

「すばる? って誰?」


 あえぐような言葉を漏らした大人たちの間で、鈴音が小さく首をかしげる。大人たちの言葉には完全な無視を決め込んで、未音は鈴音の前にしゃがみこんだ。

 正面から覗き込んでみると、彼女の瞳は髪の色よりも幾分濃い桃色をしていた。桜の花びらを何枚も集めたときに、ぼんやりと浮かび上がる優しい色だ。


「昴はね、煌のこと。彼の本当の名前は昴っていうの」

「煌さまは煌さまじゃないの?」


 桃色の瞳はどこまでも無垢だ。未音の言葉を否定するでもなく、ただ自分の疑問を尋ねてくる。


 彼女ならと思った。



 闇雲に神々の伝説を信じ込んでいる大人たちは無理でも、彼女なら昴にとっての希望になりうるかもしれないと。

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