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――三十分後。
山積みの書類は生徒会長と副会長の手によってきれいさっぱり片付けられた。
そして、俺の肩に寄りかかり、すやすやと眠る小依。お前、勉強はどうした?
「ふう。もっと早く終わる予定が、貴様らが俺の視界に入っている所為で、少し時間がかかってしまった」
副会長はわざとらしくため息をついて席を立つ。
嫌みかよ。いや、いちいち気にするな。いらつくだけだ。
「俺はこれで失礼する。会長、気をつけてお帰りください」
副会長は、眼鏡をくいっと指で上げると生徒会室を出ていった。
やっぱりどうしてもあの眼鏡を上げる癖が気になっていらつく。
「副会長は生徒会長のことを心配してるくせに、なぜ一緒に帰ろうしない?」
「私が断ったのよ」
帰り支度をしながら生徒会長は言った。
「何で?」
「あの眼鏡を何回も上げる癖がいらいらするからよ」
おお! 俺と同じ感覚。ここにも同士がいたのか。
「そうだよな。俺もそう思ってたんだよ。なあ、小依もそう思うよな?」
って、まだ寝てる。気持ち良さそうによだれまで垂らして。
「補習って言ってたくせに」
「全校学力テストが近いのよ。それで、胡桃さんは自分から補習を受けようとしていたのよ」
「まだ聞いてなかったけど全校学力テストって何だ? 普通のテストと違うのか?」
「星ノ空高校のイベントで、季節ごと全校生徒が同じ問題のテストをするのよ」
「一年生が三年生の問題もやるとか?」
「そうよ。全校生徒の勉学の意識を高めるためにね。一年生のなかにも順位が一桁の生徒もいるわ」
「すごいな。でも、イベントなんだから、別に成績が悪くてもいいだろ?」
「それは違うわ。このテストは順位を張り出されるのよ。だから、陽向君のようにそう思って勉強しないで明らかに点数が悪い生徒は、そのときに出た平均点をとるまでやり続けるの」
マジか。だから、小依は補習して少しでも成績を上げようと、必死で……って、そんなに成績悪いのか、こいつ。
――この学園で一番頭が良い生徒を決める全校学力テストか。
「そういえば、副会長って頭良いのか?」
俺たちのことをバカにしてるが、実は頭悪かったりして。
「良いわよ。前よりは」
「前?」
「三年になってから、一気に成績が上がったのよ。生徒会に入って私の影響を受けたからと言っていたわ」
今、さりげなく自慢したよな? まあ、いいけど。
「そうなんだ。じゃあ、そろそろ帰るか。おい、小依、起きろ」
まだ気持ち良さそうに寝ている小依の額に軽くデコピンをするが、起きない。
「あっ。もう少し優しくしてください」
お前は一体どんな夢を見ている? まさか、夢の中でも妄想か?
優しくか……俺は起きない小依の耳元に口を近づけて小声で言った。
「起きろ」
「あんっ、だめです」
ほんのり顔を赤くして甘い声を出した。その反応は何だ?
「起きろ」
「え? ちょっとそこは」
また甘い声を出す……優しく起こそうとしているんだが、小依の反応を見るとなんだかやってはいけないことをやっているような感じになってしまう。
「起きろ」
「だめえええ」
こっちもだめえええ! って、俺は何をやってんだ? これ以上はやめておこう。
「小依。赤点だ」
「い、いやあ、いやです。もう一度させてください! 私がんばりますから」
小依は目を閉じたまま俺の制服を掴んで哀願してくる。
もちろん勉強のことだよな?
「いい加減起きろ」
俺はちょっとだけ強めにデコピンをした。
「い、痛いです!」
小依は驚いて飛び起きた。
「よだれをふけ。帰るぞ」
「す、すみません」
結局、今日も不審者は現れなかった。
次の日も、そのまた次の日も――
「ソラさん。私、今日は絶対無理です」
昼休み、屋上でパンを食べていると小依が弁当を持ってやってきた。
「補習か?」
「先に言っておきます、気のせいじゃないです。明日、全校学力テストがあるからです」
「ああ、生徒会長が言ってたな」
「霧崎会長は頭が良いから今度も絶対一位ですよ。でも、私は補習を受けないと本当に……」
小依は涙目になると、だんだん声が小さくなっていく。
「わかった」
「え? いいんですか?」
俺が駄目と言わなかったのが嬉しかったのか、目をきらきらさせて喜んだ。
「頑張れよ」
「はい、頑張ります」
小依は胸の前で両手を握った。
――放課後、生徒会室に行くと誰もいない。三年の生徒に聞いたところ生徒会長は早退したそうだ。
じゃあ、俺は家に帰って、ソファでくつろぎながらコーヒーを飲んでゆっくり休むとするか。小依の家だけど。