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歩いて数十分、新緑の並木通りを通ると学校に着いた。
「まだ、朝のホームルームが始まる前ですね」
「俺は転校生として入るから、職員室まで案内してくれ」
職員室で転入の手続きを済ませ制服に着替えると、担任の教師と教室に入る。
小依は窓際の席に座り、窓の外をぼーっと眺めていた。
どうしたんだ小依は? 外に何かあるのか? 俺は軽く自己紹介をして、小依の後ろの空いている席に座った。俺も窓の外を見たが、グラウンドや木などがあり、特に変わった様子はない。
朝のホームルームが終わっても、まだ外を見ている小依の背中を指でつつくが、何の反応もない。気づかないようだ。
俺は両手で小依の脇の下をこちょこちょとくすぐった。
「きゃ! え? ちょっとやめてください」
小依は驚いて振り返る。
「やっと気づいたか」
「気づいたかって……そこは胸じゃないですよ」
「知ってるよ。気づかなければ、そのまま俺が胸を揉むとでも思ったのか?」
「…………」
「否定しろよ!」
「すみません」
「で、どうした小依?」
「今朝のことを考えていました。やっぱり私は無理です」
泣きそうな表情で下を向いた。そういうことか。
「大丈夫だ。少しずつやっていこうと思っている」
「ほ、本当ですか?」
「ああ」
小依はほっとした表情を浮かべた。まあ、俺の次の一言でその表情はすぐに戻るけどな。
「早速だが、この学校で一番強い番長って奴は誰だ?」
「え?」
嫌な予感を感じたのか、不安そうな表情にすぐ戻った。
「とりあえず、この学校を征服する。簡単だろ?」
「少しずつやっていくって、こういうことですか?」
「そうだ。エターナルコアがどこにあるのかわからない今……俺は考えた。いろいろと征服していけば、きっと辿り着けるだろうと」
「えー? それ本気で言ってますか?」
「仕方ないだろ、手がかりが一切ないんだぞ? できることからやるしかないんだ。で? どこだ? いるんだろこういう髪型の奴」
俺は大きなリーゼントをジェスチャーで見せた。
「この学校には、そんな人いません」
「そうなの?」
せっかく、小依が宇宙一強い力をコントロールできるための練習相手にできたのにな。残念だ。
「それで、他には?」
「そうですね。強いとかではないですが、生徒会長ですか」
確か生徒会長は全校生徒の代表。そいつを倒せば、この学校を征服できるってことか。
俺は小依の手を握ると教室を出た。
「ちょっとどこに行くんですか? こんな強引に私を連れだして。もしかしてさっきの続きを」
「いいかげんにしろよ。それより、生徒会長に会いにいくぞ」
「え? 今からですか?」
「生徒会室にいるんだろ?」
小依に案内させて生徒会室に行くと、俺はすぐにドアを開けた。ノックもしなかったので、その場にいた全員が驚いて振り向く。
奥の席に女子生徒が一人、左右のソファに男子生徒が一人と女子生徒が一人、そして手前に立っている男子生徒が一人いた。
「生徒会長ってのは誰だ?」
「何だお前は? 二年か?」
立っている男子生徒が俺に詰め寄る。まあ、大体こういう奴は生徒会長じゃない。
「お前に用はない」
「おい! ふざけてるのか?」
俺の胸ぐらを掴もうとしてくる。その前に俺はそいつのネクタイを掴んで廊下に放り投げると、そのまま倒れて動かなくなった。今、俺に宇宙一強い力がなくてよかったな。気絶だけじゃ済まなかったぞ?
ソファに座る女子生徒は怖がり震えていた。もう一人の男子生徒は本を閉じて眼鏡を指でくいっと上げて俺を睨んだ。
「私よ」
奥の席に座った女子生徒が立ち上がった。
「私が星ノ空高校の生徒会長、三年の霧崎花音」
つやつやと輝く長い黒髪を後ろで結び、澄んだ大きな瞳でまっすぐ俺を見た。凛とした態度で、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。こいつが生徒会長か。
「あなたの名前は?」
生徒会長は俺に鋭い視線を向けた。
「今日、この学校に転校してきた陽向ソラ。突然で悪いが、こっちの胡桃小依が今からお前と戦う」
「え? しません、そんなことしませんよ」
小依は両手と頭を思いっきり横に振った。
「面白いことを言うわね? 陽向君」
生徒会長はくすりと笑った。
「出て行け、二年。貴様らみたいなバカを相手にしてる暇はない」
眼鏡を指でくいっと上げてソファから男子生徒が立つ。
「俺はお前を相手にしてるんじゃない」
「ちょっと、ソラさん。この人は副会長さんです」
小依が俺の耳元で言った。
だから何だ? 俺には関係ない。
「今日、転校してきた貴様は知らんようだが、今、この学校の生徒を狙った不審者が現れている」
「ソラさんのことじゃないですよ」
小依がまた俺の耳元で言った。当たり前だろ。俺は無視して話を続ける。
「それがどうした?」
「会長が狙われてる可能性がある。だから、貴様のようなバカを相手にしてる暇はない」
副会長は眼鏡をまた指でくいっと上げる。
狙われる? 生徒会長が?
俺の制服を小依が引っ張った。
「そうなんです。全校学力テストの成績順でベスト三位に入った生徒二人が意識不明の状態で見つかってます。その生徒が三位と二位です。それで、次は一位の霧崎会長が狙われると学校で噂になっているんです」
頭の良い奴だけを狙う不審者か。
「他に目立った外傷はあるのか?」
「ないそうです」
襲われたときを誰も見ていない。本当にいるのかわからない。
宇宙平和のためには、こういうことも解決しなければならない――
待てよ。生徒会長と戦うより、その不審者を捕まえるほうが、小依が宇宙一強い力を使う練習相手になるんじゃないか。別に、生徒会長とどう戦おうか考えていなかったわけじゃなくて。
だが、それだと、この学校を征服したことにならない。それなら、
「よし、わかった。生徒会長と戦うのはやめた。そのかわり、そいつを俺たちが捕まえたら、この生徒会室をもらう」
「えー? ソラさん。ちょっと何を言ってるんですか?」
「いいわよ。捕まえられたらね」
窓から入ってくる風で生徒会長の黒い髪が揺れた。自分が狙われているのに、この余裕は何だ?
「どうしたんですか?」
「何でもない。じゃ、そういうことで」
「待って。私の条件がまだよ。もしも、あなたたちが捕まえられなかったら、生徒会でたっぷりと働いてもらうわ」
「ああ、わかった」
バンとテーブルを副会長が両手で叩いた。
「いい加減にしろ! 遊びじゃないんだ。人の命がかかっているんだぞ。会長もです。自分のことを大事にしてください」
今度は眼鏡を指でくいっくいっと二回上げた。どうでもいいけど、こいつのこの癖、さっきからイラつく。
「さっさと出て行け!」
言われなくてもそうする。
「小依いくぞ」
「は、はい」
俺たちはドアも閉めずに生徒会室を出た。
「ソラさん。本当に捕まえるんですか?」
「ああ、今日から生徒会長を見張る」
「えー?」
「お前の良い経験になるかもしれない」
「経験? 突然そんなこと言われても。私、まだ一度も経験したことないのに」
小依の頬がぽっと桜色に染まる。
「生徒会長が行くところに俺たちも一緒についていけば不審者が現れるはずだ。そこで捕まえればいい」
「そうですか。頑張って下さい。それで私の初めての経験は?」
上目遣いで恥ずかしそうに聞いてくる小依。
「いや、だから、お前がやるんだぞ? 宇宙一強い力をうまく使って」
「えー、もしかして経験って、そういうことだったんですか」
お前は一体何と勘違いしてたんだ?