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――目の前に地球が見えた。青いな。いや、おかしいよな? 見えるってことは、宇宙にいるってことだろ?
俺はこれから大気圏に突入するのか。宇宙服じゃない俺は地球に降りる前に燃え尽きて塵と化すだろう。いや、宇宙服でも意味がない。
息苦しい。じゃない、息ができない。
俺はすぐにブレスレットのプレートに手をかざして、ルルに呼びかける。
「ルル。まだ俺は宇宙にいる」
「どうして?」
「知るか。お前が間違えたんだろ」
「ちょっと待って確認するよ」
…………
「遅せえよ! 早く、もう一度転送してくれ」
「間違えたみたいだね」
「だからそう言っただろ、早く……しろ」
やばい……苦しい。
「早くって言われても、遠隔転送は力をかなり使うんだよね」
「いや、ほんと……マジで、は……やく、息が……でき……ない」
「あはは。それ、ちょっと面白いね」
笑うとこじゃねえよ。
――今度は目の前に真っ青な空が見えた。足下には色とりどりの綺麗な景色。
……俺は空に浮いていた。
当然、ここは宇宙ではないので、無重力ではない。俺の体は必然的に重力によって下へと引き寄せられる。
「うおおおお!」
もの凄い勢いで俺は落下していく。落ち着け、俺。こういうときこそ冷静になるんだ。
これはパラシュートが無いスカイダイビング。その名もデッドスカイダイビング……響きがちょっと格好いい。なんてやってる場合か。言い方を変えたところで冷静になれるわけがない。しかも、デッドって……だめだろ。
とにかく、俺には宇宙一強い力がある。まずは、右手をブレスレットのプレートにかざして、
『リンク解除』
……あれ? 『リンク開始』じゃない? どういうことだ?
しまった。ピース星を出る前にリンクしていたのを忘れていた。なんてアホなミスだ! まずいぞ。地上まであと何千メートル? いや、何百? いや、もう……
「うああああ!」
バキバキボキボキベキベキとものすごい音を立てながら俺は地面に激突した。
「痛っ!」
……体は――動く。どうやら木がクッションの代わりになったようだ。骨が折れる音じゃなくてよかった。そうじゃなかったら、速攻で征服する前に、速攻で死んでいたぞ。
で、ここはどこだ? 俺は痛みに耐えながら林を抜けて道に出た。誰かいないのかと辺りを見渡すと、ブレザーの制服を着た少女が立っていた。
風になびく肩にかかる綺麗な髪、真剣なまなざしで何かを見つめるぱっちりとした目が印象的な可愛い少女だ。
何をそんなに見ているのだろうと気になり、俺はその視線の先に目を向けた。
すると少女の手のひらの上で、プレートがついたシルバーのブレスレットが光っていた。
いや、そんなに目立つほど光っていない。むしろマットな質感が俺好みだ。
似ているな。俺が持っているブレスレットに。
こういうのを偶然というのか?
偶然、同じ服を着ている人と会ったら気まずいけど、この場合、俺だけが知っているので、会わなければそんな状況にならない。まあ、アクセサリー程度なら別になんとも思わないかもしれない。人それぞれによると思うが。
そんな感じで、きっとどこにでもあるようなブレスレットだろう。そう思った――が、なぜか気になった。もう一度見るくらい別にいいよな?
……やはり似ている。
偶然なのか? そう、偶然――俺は、一応、念のため左腕を触って確認する。
……無い。そこにあるはずのものが無い。間違いであってほしい。そう心に思って、今度は目視で確認する。
無い。そんなはずがない。体中を探すが無い。決して韻を踏んでるわけでもない。全然面白くもない。
マジか? マジか? マジか? 心も体も焦る俺は、少女が持つブレスレットを再度確認する。
「やっぱりそんなに光ってない!」
そこ重要? とツッコまれるかもしれないが、それも人それぞれだ。
俺が少女のもとに駆け出すと同時に、少女はブレスレットを左腕にはめようとしている。
まずい! マズイ! 不味い!
このままだとリンクしてしまう。いや、違う正確に言えば、俺以外がリンクしようとするとセキュリティが作動して、ブレスレットが消滅してしまう。しかも少女も一緒に。
到着してすぐ、何の関係もない少女が犠牲になり、さらに俺の宇宙一強い力も一緒に消えたら、俺はこの先一体どうしたらいいんだ? 通信することもできず、帰ることもできず、ここで人生を終えるのか? 宇宙平和はどうする?
待て! 待て! ちょっと、
「待てえええ!」
少女の肩を掴んだが、もう遅い。少女の腕にはブレスレットがはめられ、右手でプレートを触ろうとしていた。
「すぐにそのブレスレットを外してくれ!」
『リンク開始』
ブレスレットが青白く光る。
何いいい! 正常にリンクしてしまった。
「きゃあああ!」
少女は悲鳴を上げて両手を前に突き出した。
次の瞬間、俺の腹に激痛が走ると後ろへ吹き飛ばされる。
「ぐはっ!」
俺はのけぞり、地面に背中から倒れた。これは、やばい。宇宙一強い力の攻撃をもろに受けちまった。
「な、何をするんですか? もしかしてあなた……不審者ですか?」
きっと少女の目には、ボロボロになっている俺の姿が映っているだろう。
着地に失敗して、さらに、少女にぶっとばされたからな。体中が痛い。
「ち、違う」
俺は起き上がって少女に近づこうとしたが、足がふらふらしてうまく歩けない。少女は一歩ずつ後ずさる。
「待ってくれ」
「な、何ですか?」
「そのブレスレットは、俺の」
「これですか? す、すみません。落ちていたので、すぐに外します」
少女はブレスレットに手を掛けた。
「いや、ちょっと待――」
目の前がぼんやりして頭がくらくらすると、また俺は倒れた。体中の痛みが増して、起き上がることができない。
「大丈夫ですか?」
少女は俺を心配して声をかけてくれているようだ。だが、もう意識が保てない。
俺は「外さないでくれ」と、最後の力を振り絞って口だけを動かした。
少女に届いたどうかわからないが、それとは別に朦朧とする意識のなかで改めてわかったことがあった。
やっぱりすげえな、宇宙一強い力って。
そして、俺は意識を失った。