1 プロローグ
「次はこの星か」
パソコンのモニターに映し出された青い星――地球。
それを見ながら、俺は黒い液体の入ったコップを手に取ると口に含んだ。びりびりと口の中を刺激するが、耐えられないほどではない。そのまま飲み込んで、俺はゆっくりとコップをテーブルに置いた。
これが地球の飲み物、ブラックコーヒーか。ミルク? 砂糖? そんなものいらない。純粋な味を楽しめるブラックこそ、最高なんだ……とパッケージに書いてあった。
まあ、苦いけどな。
「さてと」
俺は左腕にブレスレットを身につけた。
プレートがついたシンプルな形のシルバーのブレスレットだ。
格好つけてるのか? いや、違う。勘違いしては困る。これはお洒落度をアップするために身につけているわけではない。
じゃあ、何のため? そう思うだろう。お洒落以外に何の使い道がある?
少し考えてみるか。
――光っているから、エチケット用の鏡にして、歯に付いた青のりを取るのはどうだろう?
いや、そこまでクリアに映らない。というか、青のり限定というのもおかしい。
――光っているから、ライブ会場で使うペンライトのように振るのはどうだろう?
いや、そこまで光らない。というか、振っても発光しない。
――光っているから、怪しい奴がいたら、そいつの目に当ててフラッシュ光線というのはどうだろう?
いや、そこまで眩しくない。というか、どう考えても俺が怪しい奴だろ?
つまらないことを考えてしまった。ほんとどうでもいい。これはなしで。記憶から消してくれ。
その前に、そんなに光ってないし。むしろマットな質感で良い感じだ。
じゃあ、何のため?
それは……俺の宇宙一強い力が圧縮保存されているからだー!
俺は両手を広げた。
突然すぎて困るよな? 俺もそう思う。
俺はピース星という両手で数えられる程しかいない人口の小さな星に住んでいる。この星では俺を含めた全員が特別な力を持っている。
――宇宙一強い力。それが俺の持つ特別な力だ。
宇宙一強い力は好きなように好きなだけ使えるが、それはピース星だけで、他の星で宇宙一強い力を使うと制御ができなくなる……初めて他の星で使ったとき、その星の半分を消滅させたことがあった……。
それほど、すごいことなんだ。宇宙一強い力ってのは。
宇宙一強いってしつこいと思うだろ? 俺もそう思う。だけど仕方がないんだ。宇宙一強いから。
だから俺が他の星に行くときは、ブレスレットに宇宙一強い力を圧縮保存しておく。それで使いたいときに使いたい分だけ、ブレスレットのプレートに手をかざしてリンクすれば、この力が解放されるようになっている。もちろん、使えばなくなるが、時間が経てば回復する。
すごく簡単で、とても便利だろ? とか言いつつ、ブレスレットを使って宇宙一強い力をうまくコントロールできるまで、それなりに時間はかかったけど。
で、そんなことをして何をするのか?
少し考えてみよう――いや、やめておこう。危なくさっきと同じ間違いをして、精神的に大ケガをするところだった。
何をするのか? そう――争いのない平和な宇宙にするため、宇宙にある全ての星を征服する。それは、宇宙一強い力を持つ俺にしかできないことなんだ。
「その通りだよ」
「そうだろ? って、なぜ聞こえてる? 俺の心の声を」
髪を左右に結んだツインテール、透き通るようなブルーの瞳、白を基調としたジャケットとミニスカートの制服を着て、にこにこと笑顔で俺の心の声に答えた美少女――ブレスレットの製作者でもある。
「ルル。もう一度聞く。なぜ聞こえてる? 俺の心の声を」
「その辺は適当、適当。それにしても、もう、美少女って照れるよ」
「いや、だから、そういうのこれから困るから。いろいろ考えるぞ? あんなことやこんなこと」
「別にいいよ。もう大人なんだから」
ルルは俺の鼻をちょこんと小突いた。
「お前は俺より一歳年下の十六歳だろ」
「歳のことじゃないよ。体のことだよ」
俺はルルの体を上から下まで見た……残念だが、ここが大人と言える部分はない。
「エッチな目、セクハラだよ」
「何を言っている? まだ、そんな目で見れない――」
「まだ――見れない?」
やばい。つい口に出してしまった。
「いや、ち、違う、見てない」
「ソラ君、女の子に対して失礼な発言だよ……心に傷が残るよ」
「そうだな。俺が悪かった――って、何でこうなるんだよ? 元はと言えば、お前が変なことを言ったからだぞ」
「あはは、そうだったね。まあ、それはそれとして、ちょっと気になったんだけど」
「何だよ?」
「冒頭のブレスレットの使い道のくだり? あれはちょっと……ね?」
「ルル。過ぎ去った過去の俺の傷口を開くんじゃない」
「あはは。それ全然面白くないよ。陽向ソラ君」
笑いながら否定するなよ……心に傷が残るだろ。
「って、陽向ソラ? 誰だ?」
「今回、地球で使用するキミの名前だよ。ソラ君。気に入った?」
「別になんでもいい」
星を征服するときは、毎回名前を変えていく。宇宙一強い力をもつ俺が誰なのか、わからなくするためだそうだ。まあ、知ってる奴は知ってるだろうけど。そのせいで俺の名前は星の数程ある。
「スペース・ナンバーワン・ストロング・パワーもあるよ」
それは名前じゃねえだろ。
「遠慮しとく」
「そっか、残念。宇宙一強い力を英語にしたんだけど、わからなかった?」
そんなの答えるまでもない。
ピピピと時計のアラームが鳴った。
「そろそろ時間だね?」
「ああ」
俺は右手をブレスレットのプレートにかざした。
『リンク開始』
ブレスレットが青白く光ると俺の体に力が流れ込んでくる。これが宇宙一強い力。
すげえ、まあ、俺の力なんだけど。
「力だけじゃ何かと心配だから、いつもどおり、情報をブレスレットに入れたからね」
「その言い方はやめろ。俺が力だけのバカに思われる」
「あれ? 違うの?」
「違う。それだけじゃ、何かと大変だろ?」
「そっか。そうだよね」
ルルは残念そうな顔をして肩を落とした。
お前は俺にバカでいてほしかったのか?
俺がもう一度ブレスレットのプレートに手をかざすと、黄色く光った。
ルルの入れてくれた情報が頭の中に流れ込んでくる――
でも、実際、俺の知識だけでは足りない。ルルのおかげで、征服をする星に行くときは助かっていた。
「ルル、サンキュー!」
「早速、覚えたての英語を使ったね?」
「いや、それは言っちゃだめだろ。そこをツッコむと今までの会話が全ておかしくなる」
「そうだね。ソラ君だけならいいけど、私にも関わってくるもんね」
自分のことかよ。屈託のない笑顔で非情なこといいやがって。
「屈託のない笑顔は生まれつきだよ」
自分で屈託のない笑顔って言っちゃうんだ? しかも、さっきよりも屈託のない笑顔で。
「だから、心の声を読むのを」
やめろ。
「わかったよ!」
胸を張って親指をグッと立てた。
こいつ、全然わかってない。いや、最初からわかろうとしてない。
まあ、いい。ある意味、ここが平和だからこんなくだらない会話もできるんだ。
でも、この宇宙にはそうでない場所がまだたくさんある。
「よし、気を取り直して、いくぞ。ルル頼む」
「オッケー」
ルルは俺のブレスレットのプレートに手をかざした。ブレスレットが白く光ると俺の体が少しずつ透けてくる。
星に移動するときは、いつもルルの力で転送してもらう。
「いってらっしゃい」
ルルは笑顔で手を振った。
「ああ、速攻で征服してくる」
ピース星ではそれぞれに担当があり、俺は征服担当で、ルルは統括担当だ。全員が宇宙の平和を望んでいる。
でも……なんだろう、俺が部下でルルが上司のような感じがする。
あんな奴が上司? 絶対に嫌だ。そういうのないからな! と、ルルに向かってビシッと指をさした。