True happiness
夕方の時間という膨大かつ、予想以上に時間を潰すだけの単純さが多くて一部すら想定してもいない。
帰宅する人たちで賑わいを見せていた新宿駅は、まるで毎日がお祭りのように人の出入りが激しくその時間の駅は混雑して人だかりで道行く人は1分たりとも止まることはない。
私は、そんな群を成す人が嫌い。周りでいつ苛められるか、声をかけられるかとひしひしと感じる恐怖が家へと舞い戻ろうと考えてしまうけど、帰る家なんか既に何処にもなかった。
それが、ほんとうの意味でどうすることもできなくて、券売機近くで止まりどこへ行くわけでもなく、人を眺めていた。
周りの視線に映る私は、無自覚な家出少女なのだろうか?
流れる人から見れば、待ち人かそれかホームレスのような扱いなのだろうと、ふと頭の中で過る。
ねえ、なんでお母さんは私にもっと女の子らしい名前がつけてくれなかったの?
もっと可愛いって言われたいのに。どうして、周りは虐める人ばかりなの?
どうして、責めているの?
名前を責めているの?
私は悪くないのに、みんなが私の名前が悪いのだと寄っていたかって。誰でもない自分の姿がとても小さく見えた。
私は、水無月世歩玲。ただ、それだけだった。
自覚者がいればきっと変な名前で、そして奇怪な事をするのではないかとみんなが距離を置く。
この名前が私を虐めていたのだからこの名前がなければ、真っ当な子になれたのにとそればかりが、過ぎていく人に声にならない声で嘆いた。
Memory
小さい頃は単純そのもので、その名前で呼んでくれても特に気に留めなかった。
誰とも仲のいい、とても明るい子だと思っていてそれは自分の記憶にはその時だけが”名前“というものを意識しなくて済んだのだからだろうか、無邪気な自分で居られたのかもしれない。
「じゃあね、せふれちゃん」
「ばいばい、あやかちゃん」
帰り際、私のお母さんはまだ保育園に来る時間にはいつも最後。
それでも、母親の帰ってきた時にとびきりの笑顔をむけようといつも一人でプレゼントを作る。
今日は手紙、明日は折り紙、明後日はおにぎり。
そうしたら私に、愛していると言ってくれるはずだから私にはお母さんが大好きだから、私もお母さんが大好きなはずだと。
だけど幼稚園から友達のお母さんやってきて、私を見た途端怪訝にする。
何か悪ことをしたこともない、だけどそんな友達のお母さんの向ける目がとても辛い。
まるで、鼠やハエを見ているような目で私を見て、
「うちの綾香と、今後一切遊ばないで頂戴」
そう言われた私は仕方なく頷くと、あやのちゃんは手を振っていたのをショックだった私は振り返せなかった。
汚いではない、まるで近寄るなと確かな声をあげて私へ向けられたのだ。
友達としてではなく、知り合いになり無邪気な私にはとても辛くていつも幼稚園が嫌いになった。
いつの間にか無視されて、先生にも相手にされないようになり始めて自分が何かによって起こる出来事がきっと自分が何か関係しているのだと、そんな小さな自分にはどうすることも出来る術もなく。
決して諦観なんかしない、いつも向日葵のように何度も踏まれても立ち上がる強い意志でもなく、普通に生きたいと願う少女は立ち止まるはずもなく、振り向きもしなかった。
それだけ、少女は他人よりもすこし大人でいたいと。
小さな体には沢山の傷ができていたのに、決して母親に伝えることはしない。
それで正しいのだと、友好的な対処などできないのだ。まだ6歳にも満たない少女が大人を交えた一方的な虐めが永遠に続く。
主張だって、一体何が原因だったのかさえ分からない。
だから、悲観していた。
こんなことがどうしてずっと続くのかと、自己修正能力が欠けたわけでもなく自分には人間関係の整理もできず、理由だけがずっと悩んでいた。
それもそうだった、お父さんがいないのだもの。
積極的だった少女は、いつか消極的になっていたし従わないとまた虐められると、そんな毎日が繰り返されていた。
だって、私は“世歩玲”である以上避けられる虚偽申告されればきっと誰もが頷く。
言葉を口にすれば、世歩玲という名前が繰り返されてまるで呪いのよう。
それに、不登校などすれば母親に殴られて仮病でも、首を絞められてしまった。
そんなある日だ、
「ねえ、お母さん。どうしてお父さんがいないの?」
「私が高校のときに援助交際したから、実際のお前のお父さんはわからないわよ」
そう、お母さんは誰でもよかった。
快楽のために、ただ、お母さんは一時のために私を身籠ってしまったことを悔やんだ。
それに生んだことを後悔しているとまで目の前で言われてショックを隠せず、6歳の少女は母親から育児放棄を宣言させられたのだ。
ショックで何度も泣いたし、そのあと何回も殴られてしまった。
小学生に上がって、またイジメが始まる。初めはクラスの教科書の落書きから、画鋲から給食が何日も食べられない日も続いた。給食費が払えないとお母さんのパチンコ代へと変わり、それでも逆らえるはずがない。
だって、お母さんだもん。世歩玲はそれでもお母さんの子供だから、私は裏切らない。例え、母親としての愛が受けられなくてもじっと堪えていた。
小さな、ちいさな体で受けた代償はとても計り知れなくて、とにかくつらくて耐えられるはずない。
ある日のことだった。
小学校のことに、私は誰ともクラスメイトの関わり合いを避けていたのに、女子生徒の一人からこう訊ねる。
「ねえ、世歩玲ってどうしてセフレっていうの?」
「わからない。だけど、お母さんがつけてくれたものだから、きっといい名前だと思うよ」
クラスメイトと馴染みもない会話で私はあまり興味がなかった。
それもそのはずだ、今までクラスで除者にしていた自分に対して好感をもつはずもない。
集団でまるで、傍観していたように私を見ている。
私は、深刻な事態ではないと、気付かないように振る舞うことですこしは精神的にも気が楽なのかもしれない。名前の意味なんて、些細だって誰かが傍観者から勇気を出してくれればいいのに。
キッカケなんて小さいと興味を持ちだした男の子がそのうち自分の辞書を引いてクラスメイトの名前の由来を調べ始めた。
……そこでセフレの意味も。
みんなで、笑われた。先生はきっと見て見ぬフリをした。
セックス(性交)を楽しむことを目的に交際している男女(または同性)の関係を指す俗語。
ウィキペディア抜粋
例え分からずとも、その理由は知っていたように思える。
私は水無月世歩玲。本当は郁野ちゃんとか、睦月ちゃんとか未来ちゃんとか普通の名前がほしかった。
どうして、そんな名前を付けるの?
お母さんにどうすれば愛されるの?
クラスの参観日、幼稚園から一緒だったクラスメイトの友達はこの日から絶交と言われた。
周りには助けてくれる人はいない。だけど、やられたらやり返すということが不得意だったためいつもやられてばかり。それでも、給食のときに一人端っこで食べていてもよくなり、クラスのストレスの捌け口になるのには、早々時間はかからなかった。
その日に家に帰ってきて、いつも夕方に帰ってこないお母さんが玄関先で出迎える。
眉を細めて怪訝な顔をして、私をひっぱたいた。
「アンタのせいで職場クビになったじゃないのっ!!!!」
「お母さん待って……痛い」
「痛くしているんだから、当り前でしょうっ!!!」
だけど、何度も、何度も繰り返される。それでも懸命に耐える私にお母さんが花瓶で叩いた。
私の額が血塗れで、蹲って何もかもどうして私を殴ったさえ身に覚えもないのに、夢中になって家を出て近所の人が警察を呼んで私を助けてくれたのに。
それなのに、
『世歩玲ってこれDQNネームだよね』
『典型的に最近のゆとり教育の結果だよ』
警察の人がまるで人事のように話してそれを聞いた途端逃げ出したくなった。
母親は、それ以後捕まったのに証拠不十分で保釈。それから、母親の暴力が更に酷くなり、自ら母子手当てで酒以外買わなかった。
どうして、こんな姿を見ていられなくて、バイトをしても母親に取られて苦しかった。泣いてしまうくらい。ずっと一人で相手もしてくれない。
なのに、母親が突然静かになり最後には酒瓶で家を出ないと殺すと脅してきた。
私は抵抗も出来ないまま、荷物も持てないまま家を追い出される。
隣家の表札には立派な名前。だけど、誰もが私を『世歩玲』と呼ぶ。
私は、水無月世歩玲だった。そして、わたしはこのときから故意で名前を書くのをやめた。
名前も、伝えなることはなく水無月なら、誰からも普通に受け止められるような気がしていた。
だけど、そんな水無月という名前も名前として認識されるにはどうしても下の名前を教えることが嫌で拒否して現実という刃はまるで世界に一人しかいないのだと、どうすることもできなくて最後のお金で自殺も考えてしまう始末。
夕方を過ぎて、お腹がすいたのにそれでもなにかを待ち続けるようにじっと柱に身を寄せていた。
それは、夕暮れの時間であり母親の帰りを待ちながら夕食作りを始めようとしている時間でもある。
いつも落ち込んでいるわけではないけど塞ぎこんで時よりバックからカロリーメイトをとって半分に折って最後の非常食。
それに駅での寝泊まりも禁止されているし、泊まれるところなんて精々公園くらいだろう。
過ぎていく人たちの視線がこちらに向く。
それは、少なからず意識はされているということで、私自身が鞄で顔を隠す手段以外方法がなかった。
どうして、そんなにじろじろと見ているのだろうと不思議になって仕方がない。
時計の針は普段である高校生が家に帰宅していて当然の時間。
それは、帰れない事情があったから解釈の違いだったかもしれなくて私はそんな孤独を一人で贖罪のように感じた。
「ねえ、ちょっと俺に遊ばない? すこしでいいからさ」
「―――」
その時になって、突然に男の人に声をかけられる。
まるで、私を援助交際でもしている女子高生に思えるのも疑問も浮かばない。
確かに、制服を着ている時点でこの時間ではその類が大多数なのだから不思議でもなかった。
私は首を振って応対する。
けれど、どうやらホストの人らしく拒否を一点張りだった私に、ホストの人はまるで無視して近づいてどうやらじろじろと見た。
売春でもしているのでしょうと、彼らの目はまるで私を見ている。
出会い系サイトでもアクセスした覚えもない私が、ただ嫌だと言葉にすることも出来なくて。
「なんでよ。楽しいぜ」
まるで、捩じ伏せるように腕を掴んで無理やり私の顔へと片手を押しあてようとした、
掴まれた腕を、振り払う。
「やめてください。人を待っているんです!」
すると、まるで予定したかのように私の口を無理やり手で押さえこんで背中に手が回って抱きとめた。
「っ!!!」
呻き声をあげ構わず、咄嗟に急進して相手に手にしたバックをぶつけその場を逃げ出す。
「ふざけんなっ この野郎!!!」
相手は欲情したかのようにすぐさま追ってきた。
それも高校生がいくら陸上部とはいえ、全速力である男性の足の速度には勝てないしそれに、制服である時点でそんな走ることが難しいけど足を動かす、だけど距離を縮められてじわじわと迫る。
あと、1秒でも早ければ逃げられるのに、私は走ることを止めれば簡単なのかもしれない。
何をされるか分からない、殴られてしまうかもしれなかった。
せまることによっての焦りが募り、追い詰められていく。
必死で、逃げる私が涙を溜めて苦しくて、立ち止まったら、捕まったらなにをされるかわからなくて擦り切れる制服が気にかけることができない。お気に入りだったのに名無しだと誰も褒めても、そんな情けなどかけてくれることもなかった。
財布も落としたけど、この際は気にしていられない。
自分でも夢中になるくらい、走る。髪も、背中に流れる汗も。細身ながらも俊敏さは部活へ入部していたからとはいえ、成人の男性に追いかけられれば、ひとたまりもない。
足に床を蹴って、バックの重さよりも必然的に逃れることに頭がそれだけで一杯だった。
相手の手がセーラー服の袖を掴んで、ジャケットへと手を引っ張る。
頬を殴られて、その場に倒れて服が破けた。
「痛いっ!!」
髪の毛を掴まれて、そのまま破けた部分から手をねじ入れられてしまうが咄嗟に、足で男の脛を蹴って一瞬の隙から体勢を低くしてそのまま逃げる。
「っ!!」
突然、誰かに体当たりしてその場に倒れて身体が擦れ投げつけられるように散乱する中身。
安静なことなんてひとつもなく逃げるだけで必死だった私が、
「きゃぁっ!!」
思わず体重を圧し掛かってしまった。
押し付ける体、だけど起き上がらないとまた殴れてしまうのではないだろうかと強張る体。
すぐさま起き上がりぶつかった人に謝ろうと顔を合わせる。眼鏡の凛とした青年で長髪に、すごく優美的で清楚とした顔立ち。次の言葉を口にしようとしたのに互いに言えなかった。
まるで、漫画のような出会い。
現実には、そんな彼が私に対してただぶつかってきた人。
お互い言葉なんて出なくてしばらく口を開いたまま、そうしているうちに
「ごめん、すごい音だったけど怪我していない?」
「え、はい。大丈夫です」
とりあえず立ち上がって、バラバラに散乱していた荷物を片付けよう。
そうして拾っていた荷物を手にしていた時に、偶然手が重なる。
「ご、ごめんなさい」
「いいよ。俺も余所見をしていたわけだし」
目を細くして、怒られているのだよと自分に言い聞かせて思わず手を引っ込めた。
「ああ、観光目的なの? それにしても荷物多いから」
「い、いえ。そういう訳じゃないです」
私は深々と頭を下げて、視線を変えると後ろから追ってきたホストの人が捕まえようとしていた。
すがるような想いで、ぶつかってしまった青年の裾を掴む。これじゃあ悪い人から追われているような気持ちだった。
「たすけてくださいっ、どうかお願いしますっ!!!」
最後のお願いでもう頼れる人なんていなかったのに、その人はまるで自分事のように受けとめた。
「? ああ、いいよ。」
呆気ない返事、即答されることが嬉しかったし困っている人をすぐに助けてくれる人なんて生まれて初めて。それに、頼れるお兄さんという感覚で後ろに小動物のように震えていた。
広い背中、多分自分のお兄さんが居ればきっとこんな大きな背中だったのだろう。
「なんだ、てめぇ」
ホストの人が強い口調とちらりと凝視するが、立ち上がりながらホコリを払いつつお兄さんは私の荷物を集めてくれていた。
「はい、これ」
「あ、ありがとうございます」
まるで、無視するかのようにバックに収めて、ホストの人なんて関係ないようだと。
ただ、目先だけは先程から変わらず目を細めて見据えていた。
それが、どういう意味を持っているかなど知らないけど、お兄さんなりの優しい威嚇なのか。
「いいか。ホストだろうと下っ端だろうとこの際は関係ない。だけどな、こんな可愛い子を追っかけまわすことが大人げないと思うぞ。俺はこの子と約束したからこの子は助けるけど、異論反論は一切認めないからな」
ボキりと指先を鳴らして、背中から隠れていた私へ背を向けて守る。
私は、どうすることもできなくて震えていた体へと目を開けて真下の光景を見ること。
そんなお兄さんが、冷静にも視感からモノを捉えて握り拳を作っていた。
「はあ、ふざけるなっ!!!!」
ホストの人がしきりに周りを気にすることなく、拳を振り上げる。
一瞬ふらりと彼が持続的な力ではなく、力を瞬間的に抜く彼は男の腕ごと掴みあげ振れるはずもない。
がっちりと握られた拳にそのまま力の限り、近付いて彼の一蹴りを浴びせた。
一瞬よろめいたように見え、態勢を崩すことなく後ろへと数歩交代していた。
「いてーじゃねぇかっ!!」
「当り前だ。痛くしてやっているのだから当然だろう」
冷静さも欠くことはない。
状況を読み、尚且つ適切である処置だと彼の思惑通りに事が進んでいる。
咄嗟とはいえ、集中力が極度まで高調する。
もちろん彼のふざけた感覚で蹴りをしたわけでもなく、的確に急所である部分を打ち当てたわけだから凄腕といっても過言じゃない。
「ついでに、これで病院行っても責任取らないって証明書かいてくれればうれしいのだけど」
ホストの人が怒りを露わにして、不用意にも勢いだけで彼に迫る。
だから、彼は聖人なりきに無造作に近づいたホストの人をどう思ったか。
それに、彼なりのやさしさがそこにあったのか。上足底から突き出された足の甲。それに加え脛までの強靭すぎる蹴りがホストの人の腹部を鈍い音を放ってそのままぐるりと身体から回転をかける。
最後の締めだと、肘鉄が顔面へ直撃してその場にピクリとも動くことはなかった。
「あ、ありがとうございました」
感謝の言葉を述べて、私はとにかくお礼を言う。
それにお兄さんが、すこし恥ずかしいのか顔を背けて頭を掻いて感謝が伝わったのか頭を撫でられてしまった。
「いいよ。俺は。大したことしてないし」
「そのっ」
大したことないと、お兄さんは言うがその瞬間、私の言葉が詰まる。
もし名前のことを言われてしまえば、と思うだけで顔が暗くなった。
名前のことなんて、世歩玲なんて言えなくて当然のように困り果てて偽名を言うべきなのか。
でも、私を助けてくれた人だから。