アリシア無双
アリシア視点です。視点が変わるのを嫌う方、ごめんなさい。ベアトリスはうちひしがれて反撃不可能だったんです。
呆然としながらも涙を流すベアトリス様を尻目に、アーサー殿下は私の方へ向き直った。
……ベアトリス様、ごめんなさい。こんなことにするつもりはございませんでした。せめて、後片付けはお任せください。
とは言え、これで良かったのだと思います。
「じゃ、これで問題ないよね、アリシア。さぁ、僕と一緒に──」
「……殿下、何を理由に、私を求めているのですか」
我ながらぞっとする程冷たい声を出した。周りがざわめいている。
殿下も一瞬びくっとしたが、すぐさま笑顔を取り戻す。
「何に怒ってるのかな、アリシア。私は別に変なことをしてないでしょう?」
「質問にお答えください」
一体、何を言ってるの?私の敬愛するベアトリス様を袖にしておいて。
ねぇ、怒らないから早く答えなさいよ、アーサー殿下。さぁ!
私の静かなる威圧にややたじろいだ殿下は、笑顔を張り付けて応えた。
「あぁ、そんな冷たい顔も様になるね、アリシア。……好きなところを答えろと?そりゃあ全部だよ。
君は、見た目からして完璧だ。その女神のごとく美しい顔。君の笑顔は私の視界を鮮やかにし、君の怯えた顔は嗜虐心を煽る。それに、女性の理想ともいえる、その抱き心地の良さそうな体。正直、他の男に見せたくないな。
君は内面も素晴らしい。明るく思いやりに溢れる性格は国母にも相応しく、武芸や勉学に励むその努力は周囲の心を打つ。
これほど完璧な淑女に惚れない男はいないだろう?
君は特別な存在なんだ。だから、私は君が欲しいんだよ」
……お前は吟遊詩人か?つか、そんな完璧超人って殆どベアトリス様じゃない!
どうしよう、べた褒めされたのに鳥肌がたつほど寒気を感じる。他の人、例えばベアトリス様とかに言って頂けたら絶対嬉しいのにな。
そ、そんなことより、このままだと私が殿下のものに?!周囲が殿下に流されたら私の身が危険ね。ベアトリス様にも申し訳が立たないし。
とりあえず、この殿下を振らないと。
ほどよく(?)動転した私は、深呼吸して自分を落ち着かせる。そして、より一層の冷気を纏わせた。
さ、て、と……
「……私自身を“特別”と、仰いましたね。だから、私を欲する。それでよろしいですか?」
「ああ、その通りだよ」
よし、言質をとった。さぁ、反撃開始だ。
「殿下が仰った“特別”の根拠は、私の外見と内面ですよね?確かにそれは私の全てでしょう。
しかし、それのどれを取って“特別”と言わしめたか不明です。
女神のごとき顔?そんなもの、皮1枚剥げれば見るも無惨な肉ですよ。中身は他の女性と同じようにしゃれこうべです。女性の理想の体?脂肪にまみれた体ですよ。たまたまバランスが良かっただけで、これだって皮1枚隔てた先は油まみれに骨だの筋肉だの臓腑だのですよ。まさか、殿下とあろうお方が、ほんの僅かな壁で見えてないだけの醜さに気づいていないのですか?ま、さ、か、ねぇ?」
周囲がドン引きしてる。殿下もやや青ざめているようだ。ざまぁ見なさい。
まぁ、令嬢らしい言い草ではなかったよね。……例えベアトリス様がこんな私を見て嫌ってしまったとしても、仕方ない。泣きながら我慢する。
でもっ!殿下だけはちゃんと潰させて頂きます!こんなに拗れさせた責任はとります!
……ねぇ?殿下。私の悪意、まだまだこんなものじゃないわよ?私はベアトリス様に嫌われる覚悟も決めて反撃するのだから。
「内面がいいとでも仰る?殿下。
性格だの中身だのなんて、人間、百人千人いれば一人や二人は似た者がいますわ。まして、明るく思いやりに溢れる方なんてありふれてます。武芸や勉学に励む努力家さんも、ありふれてます。
試しに“学園”全校生徒を調べてみたらいかがですか?きっと優しい方がたっくさんいらっしゃることでしょう。
個性なんてね、あってないようなものですよ。いくら個性的な方だって、この世の全ての皆さんから探せば同じような方がいらっしゃいます。
分かります?特別な存在なんて、いないんですよ。
例えば、私に見た目がそっくりで、明るくて優しくて努力家さんが、いたとします。その方が今までの私の立ち位置にいたとすれば、殿下はその人に恋をしたんですよ。
だって、殿下が欲したのは私ではなく、私の持っていたステータスなんですから。同じものを持ってる方がいれば、殿下は満足するんです。
つまり、私が“特別”だなんてまやかしなんですよ。気づいてました?」
朗々と、歌い上げるように私の“特別”性を否定した。最早、周囲のものは壁際まで後ずさっている。殿下も足が震えてて、泣き出しそうだ。
……ベアトリス様は、呆然と私を見ていた。あぁ、ベアトリス様はどう思ってるのかしら?こんな私はもう、お嫌い?
「……違う!違う!君は、特別だった!君が、王子である私のことを一人の人間として見てくれたのが何よりの証拠だ!他の女どもとは違う!だから、私は、たとえこの“学園”で君に出会えなかったとしても必ず君を見つけ出して恋をするに違いないんだ!」
何かに怯えるように殿下は叫ぶ。こんな時まで詩的な……。運命の出逢いだとでも?
……へぇ、今までの女は皆王子として見てたのね。それで、私のことを特別だと思ったのか。根本的な理由がわかってちょっとすっきりする。
でも、それは、同情する理由にはならないのよ?
「たとえ、周囲の淑女の皆様が殿下を王子としてしか見てなかったとしましょう。それの、何が悪いのですか?
殿下にとって、殿下が王子であることは、殿下の大きなステータスでしょう?相当に強い個性です。何が不満ですか?もしかして、自分に、王子でなければ価値がないと思ったからですか?」
王子が息を呑む。図星か。そんな殿下を私は切り捨てる。
「価値がないなんて、当然ですよね?王子という個性がなければ殿下の個性だってないのですから。王子でなければ、殿下が一般その他大勢に混ざるだけのことです。
ただ、それの何がいけないのか不明ですが。殿下の個性の必要性なんて感じませんので」
そこまで言い切ったとき、殿下が膝をついた。何やら泣き出している。
ふと周りを見ると、みんな私に怯えながら殿下に同情の目を向けていた。
……しまった。やり過ぎたか。
慌てて、私はこの話を切り上げることにした。
「と、兎に角、私に特別なものはございませんし、殿下のものになるつもりはございません。“特別”ではない私なら殿下のものとなる理由がございませんから、お引き取り願います!」
早口でまくし立てる。王子は最早なにも言わず、涙を散らしながら走り去ってしまった。
ふぅ、エキサイトしすぎて脱線が激しかったけど、何とか反撃は成功したかしら。
……あ。ちゃんと、ベアトリス様の素晴らしさをアピールするのを忘れてた。折角、殿下に「逃がした魚は大きいぞ」って思い知らせるチャンスだったのに。
王子が去った後の教室には、気まずい沈黙が流れていた。そして、誰も動き出さない。私としてはさっさと逃げ出したいけど、野次馬を含めみんなにきちんとフォローしておくべき、よね。
………………
…………
……
「ねぇ、アリシア」
「は、はいっ」
沈黙を破ったのはベアトリス様だった。私に緊張が走る。
「私、アーサー様に捨てられてしまったわ」
「……はい」
ベアトリス様が、寂しそうな、でもすっきりした表情で私を見る。
「嫌がらせ、無駄になったわ」
「……はい」
「こんな私を嗤う?王子から婚約破棄された女を」
自嘲するようにベアトリスは微笑んだ。嗤われる、と思ったのかな。
でも、どうして?私はそんなことしないのに。
「……別にいいのよ?私は、王子の婚約者という個性を失って、その他大勢に成り下がった女ですから」
はっとする。確かに私は殿下を追い詰めるために、肩書きがなければ個性なんてない、みたいなことを言った。その論法なら、ベアトリス様は既に個性を失ってしまったことになる。
のおおおお!そんなつもりじゃなかったんですベアトリス様!あ、あの台詞は本心じゃなくって、ただただ殿下を苛める為だけに言ったんです!
動転する私を見て、周囲の目は厳しくなっていく。ひ、ひえぇぇ。そんな中、ベアトリス様だけは微笑んでいた。ただし、何を思ってるかは不明。
「ねぇ、アリシア」
「は、はいっっ」
再度私を呼び掛ける。私の緊張は、さっきより張りつめていた。何を言われるか怖くて、俯いてしまう。本当に、私は嫌われてしまったかもしれない。
私に厳しい視線が向けられている今、ベアトリス様に拒絶の意思をぶつけられたら泣きそうだ。……そりゃ、嫌われても仕方ないとは思ったけどっ、思ったけど今はそっとしてくださいぃぃ!
そして、ベアトリス様は小さく、でもよく聞こえる声で囁くように言葉を紡いだ。
「嫌がらせして、ごめんなさい」
え?
顔を上げたとき、チャイムが鳴った。ベアトリス様は逃げるように教室から出ていった。周囲の野次馬やお友達のみなさんは呆然と、私とベアトリス様を眺めている。
……ってベアトリス様!急にどうしたんですか?!ベアトリス様にとって、もっと他に、このタイミングで言うべき言葉はなかったんですかぁ~~っ?!
私はベアトリス様の突飛な行動に目を白黒させていた。
次回は、王子が去った直後以降のベアトリス視点から書きたいです
お読み下さり有難うございます。何か気になる点がありましたらお知らせください。
感想、評価頂けると喜びます




