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新・方丈記

作者: 松井智樹

虚しいね、人間なんてのは。今生きてるのも何十年か経ったらみんな死んでるね。人間の造った建築物も焼けて無くなっちゃう。川のあぶくみたいなもんだ。人は何処から来て何処へ行くのか? どうせ何もかも無くなっちゃう。無くなっちゃう時期が多少前後するってだけの話でさ、あー虚しい。


都心で大火事が起こってさー、もう凄い凄い、人も財産もみんな焼けちゃって。身分も何もあったもんじゃないねこりゃあ。人間なんて愚かなもんさ。突風が起こったときは、はっは、家がもうバランバラン。家財道具が宙に舞い上がって凄い音。まさに地獄。天罰だ!


時代は変わって、格差が甚だしい。無駄に遷都なんかするからだ。勝ち組は新都へ移ろうと努力するが、負け組は「もうだめだもうだめだ」とつぶやくばかりで動けない。下流転落だ。家もボロボロ、自己責任ってやつ? 昔の良い時代に比べると、今が如何に酷いか分かるってもんだ。食うもん無くなってみんな土地を捨てて山に入り、宗教にすがっても御利益も無く、恥も外聞も無く「お宝」を売り払って食いつないでる。街はホームレスだらけで陰気くさ。疫病まで流行ってもう無茶苦茶。人々は瀕死の魚みたいに口をぱくぱくさせて喘いでる。ホームレスも歩いているかと思ったら、ばたん、きゅう。腐乱死体だらけで臭くってかなわんぜ。治安も悪化して、こりゃもう末世だね。こうなると愛もくそも無いね。


さらに大地震。自然の脅威の前には人間なぞ為す術もないわ。建築物は倒れ崩れて、雷みたいな凄い音。家の中に居れば潰されるってんで外に出たら地面が割れておさらばさ。羽も無いので空に逃げるわけにもいかないし。いやー、地震が一番怖い。おもちゃの家作って遊んでた子供も忽ち押し潰されてぺっちゃんこ。目が3cmほど飛び出したその子の死体を抱えて悲しむ親の気の毒なこと。大地震は忘れた頃にやって来る。人は大惨事を経験すると少しは驕りを反省するようにみえるけれど、時間が経てばケロッと忘れてしまうのだよ、フッフッフ。


とかく人の世は住みにくい。俺って虚しいね、あーあ、不運だなあ。人というのは環境や境遇によって左右されちまう。やなことばっかだったぜ。権力者の側に居るとみじめだし、金持ちの側に居ると癪だし、家が密集してれば火事が怖いし、かといってポツンと住んでいると不便だし泥棒がこわい。権力を持つと腐敗するし、金持ちだと不安だし、貧しければ嫉妬に狂う。感情は心の自由を奪う。世間に従えば苦しいが、従わなければ狂人とみなされてこれまた苦しい。うおおおおーーーーーーっ、何処かに俺の安住の地は無いのかァ!ないな・・・・・・あーあ。


俺さあ、何かやんなっちゃってさ、こうして30過ぎて山ん中で暮らすことにしたのよ。小っちゃい家で今にも潰れそう。でも手間かからないし、引越しも簡単、ホームレスのテントみたいなもんだ。何しろ30年間、この辛い世の中を我慢して苦しみながら生きてきたわけよ、わかる? はァ・・・・・・俺って何て不幸なんだろう。でもって遂に家出して社会から離脱しましたわっはっは。元々妻子も社会的地位も財産も無いから、失うものは何も無いんだもんね。もう5年間、山の中にひきこもっているのだ。いい所だぜ、ここは。仏様と音楽と自然に囲まれて、あー幸せ。やっぱ環境次第で人間どうにでもなっちゃうね。大道廃れて仁義有り。無為自然の境地だ。10歳の少年がやって来て一緒に歩き回るんだ。ゆったり散歩、景色も抜群、やめられないんだよね、この生活。狭くたって寝るスペースがあればいいんだ。あくせくせずにスローライフ! 静かで心配事が無いのが最高だよ。自分さえ満足ならそれでいいのさ。


俺の友達は楽器と自然。自分のことは全部自分でやっちゃう。人を使うのも人に使われるのも嫌だもんね。気が向いたら運動してだるい時は何にもしない。着物はボロボロだがそもそも人と関わらないので気にする必要が無い。野草や木の実を拾って食えば何とか生きられる。おいしいよ。欲望を掻き立てるものが無ければ欲求不満も起こらない。人は人と関わらなければ生きていけないなんて、ありゃ嘘だね。むしろ他人に対する恨みや恐怖から解放されてせいせいしたよ。ごろごろ寝っ転がってるのが最高だ。世の人が利害に捉われてあくせくしてるのは気の毒だねェ。ま、こういうことはやってみないと分からないんだけど。


もうすぐ死ぬのかなあ。別に長生きしたくもないし、死にたいわけでもないけど。執着は禁物だ。


ちょっと待てよ・・・・・・世俗を逃れて自然の中で暮らすのは修行のつもりだったが、自己欺瞞だろうか。安楽な生活をむさぼっているのだから、見かけは聖者だが心は汚いのかもしれない。このような俺の自意識は狂っているのだろうか。わからない。考えても考えても、わからない。そうだ、愚かな考え事は止めて、お祈りしよう。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。書くのも終わり。

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