7:繋がり
帰り際、隅井に声をかけられた。
僕はもうそれだけで気が動転してしまっていた。
「小川くん、RINE交換しない?」
「えっ、?」
「クラスのRINEのグループ、入ってみない?」
「え、でも。そ、その、何で、僕が、?」
「クラスでまだグループに入ってないの、小川くんだけなんだよ。」
そういうや否や、スマホを取り出す隅井。僕の体、汗が滲む。そもそも僕はグループの入り方なんて知らない。それに、今は掃除が終わった後、ということもあって、大勢の生徒たちが教室に屯している最中なのだ。
僕なんかに話しかけていたら、隅井が変な目で見られるかもしれない。いや、それとも最初からグループ内で取り決めてあったのか?あいつも入れてやれよ、って具合に。
いや、もっと最悪なのは、これが偽のグループだった場合だ。ネットで見たが、わざと一人を仲間外れにするために、本グループとは別のグループを作成し、そこにその一人を呼び寄せることで、笑い者にする、といった方法が流行っているらしいのだ。
どうするべきなのか、僕にはわからない。隅井は何を考えているんだ。こいつは僕の味方なのか、敵なのか。わからない。全然わからない。
「どうしたの。」
「え、あ。」
僕はひとまずRINEを開いたが、そこからどうすればいいのかわからない。気のせいか、周りから視線を浴びている気がする。どうしよう、どうしよう_
「このQRコードを読み取ればいいんだよ。」
隅井がそう教えてくれた。
僕は汗でじっとりと濡れた手でリーダーアプリを起動し、隅井のスマホに表示されたQRコードを読み取った。
これでいいんだよな。合ってる、大丈夫だ。間違いない、きっと。
「これで、ぼくと友達になったから、あとはぼくが友達リストからグループに招待するだけだ。」
ほとんど話を聞いていなかった。
とにかく、一刻も早くこの場から逃れたかった。長い、とても長く感じる。もう嫌だ。これで、僕の存在は嫌でもクラスに認知されるんだ。どう思うだろうか、皆。入学してから半年近く経つのに、全くといっていい程喋らない、何を考えているのかわからないような奴がいきなりグループに入ってきたら、どう思うんだろうか。
震える手でスマホを操作、僕はグループに入った。
「仲良くやろうよ。そんな身構えないでさ。」
「あ、はい、うん。」
僕はそういって、そさくさと教室を抜け出した。
生徒達で溢れる廊下を抜け、玄関口へ。下駄箱に上靴をしまいこみ、外へ出た。
ほんの少し会話しただけだってのに、体力を消耗した気分だった。僕はもう帰りたい。ずっと遠くに行きたい。だって僕は、頭がおかしいから。気違いだから。僕にまともであることを求めるだなんて、間違ってる。そこから既に間違ってるんだ。だって僕は気違いだから。
さっきだって、僕の気違い性が発揮されていた。普通の受け答え、そういったものが僕にはできない。僕は顔も変だし、歩き方も、素振りも、普通に座っている時の様子だって、きっと傍から見れば変なんだ。そう感じることはよくある。僕は頭が変になってしまったんだ。
そんな時、後ろから名前を呼ばれた。
最初は、自分の名前だと気付かなかった。けれども、三回目くらいに、声の主がはっきりと「おがわくん」と発音していることに気付いた。反射的に振り向く。
校門前、制服を着た背の高い男。スポーツ刈り。吉川だった。僕はどうしようかと刹那迷ったが、結局その場に立ち尽くしてしまった。
僕が何も言わずにいると、吉川は接近してきた。
吉川は、僕よりもずっと身長が高い。僕自身も158㎝、という低身長な訳だが、そんな僕からしてみても吉川は背の高い男だった。
歩道を通り、小走りで駆けてくる吉川。何となく、威圧感のようなものを感じさせた。
「小川くん、どう。一緒に帰らない。」
頭の中がパンクしそうだった。様々な考えが僕の頭を過る。とにかく整理は後回しにして、返事をすることにした。このままでは無視されたと思われかねない、そう思ったのだ。
「あ、ああ、うん、はい。」
吉川は、実に自然に僕の隣を歩き始めた。彼と僕とでは、何もかもが違う。僕の欲しいものは全部彼が持っているんだ。
そんな彼が、何で僕なんかに_
「小川くん、隅井に、グループに入らないか、って誘われただろ。」
「う、うん。」
心臓の鼓動。
緊張している。僕は、目線を前に合わせ、それらしく相槌を打った。
「あれ、俺がいい出しっぺだったんだ。でも、最初から俺が呼び掛けたら、怖がられちゃうかもしれない、って、そう思って、それで隅井にやらせたんだ。」
「はい。」
「せっかく、同じ班になったんだからさ。仲良くやろうよ。皆、小川くんのこと心配してるんだよ。いつも独りぼっちだって。」
何でもない、たった一言。
そのはずなのに、ふいをつかれたのか、僕の目頭にあついものが込み上げてきた。思わず瞼を擦り、涙が溢れるのを防ぐ。駄目だ、いきなりこんな所で泣き出したら、それこそ頭のおかしい奴じゃないか。
言葉に詰まってしまった。
わからない。吉川の思惑がわからない。それとも僕がひねくれ者だから、素直に受け止められないのか。どもりながら、言葉を探していた所を、吉川が取り次いでくれた。
「だから、さ。もう、そんな顔するなよ。大丈夫だって。誰も小川くんのこと、仲間外れにしようとなんて、してないよ。」
頷いた。頷き返すことしか僕にはできなかった。
駅で吉川と別れ、ホームに立った。
うまく説明できない気分。吉川。体育会系独特の、内輪同士でしか通じないあのノリ。嫌悪していたけれど、話してみれば、別に普通の奴だった。
うまく行きすぎてるような、変な違和感があった。
すぐに、吉川と会話していた時の自分のことを思い出す。自己嫌悪。何をいい気分になってるんだ。同年代の生徒に慰められるなんて、まるで子供だ。僕なんかより、吉川の方が、もっとずっと大人なんだ。皆、みんな大人で、その中に一人放り込まれた、子供の僕。
情けないと思った。
一から十まで、他人の世話がなければ動くことさえできないんだ、僕は。やっぱり無理だった。僕に友達なんてできる訳がない。
空白の時間。
オープンキャンパス見学は明後日まで迫っていた。