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6:ジーノのおもい

 

 飯田が流行り風邪で学校を休んだ。

口々に飯田について話すクラスの輩。冗談めかしつつも、悪口めいたことをいっている男もいた。やっぱり怖いと思う。人と関係性を持つ、ってことはそういうことなんだ。憎まれても文句はいえない。僕らは、最初に関わった時点である種の契約のようなものを結ぶんだ。


 飯田がいなくなっても、オープンキャンパスはなくならない。

僕はひとまず、仮病で休むという建前で自分を落ち着かせていたために、飯田がいなくなったことはかなりの痛手だった。

 二人も欠席者が出たとなれば、当然怪しまれるだろうし、何よりクラスの僕に対する風当たりが変化する恐れもある。飯田にも迷惑をかけることになる。それは嫌だった。


 かくして見学準備の時間。

主を失った誰かの席は動かされることなく元あった位置に放置されていた。吉川、隅井、加来(かく)、僕の4人。加来という名前は、教卓に置かれていた座席表で確認した。


「東家駅で名郷線に乗り換えて、ここで降りる。12時になったら駅前のマックで昼食、で_」


 僕は隅井の話をほとんど聞いていなかった。3人は、僕そっちのけで談義に熱中している。手を膝の上で組み、冷え切った手の平を暖めた。

 ふらふら、ふらふら。

僕の足は地についていない。











 任務はあっけなく終了した。

高高度から敵の前線基地に爆撃、それだけだ。任務を終えた僕たちは、母機の指示通り速やかに基地へと帰投した。


 仲間たちは皆、かなり消耗している様子だった。

無理もない。今まで訓練期間を共にしてきた仲間たちが死んだのだから、落ち込むのが普通だ。

 解散後、僕は、後ろを振り返らずにつかつかと班の部屋へと歩み寄った。

木の扉を開け、中を覗き込む。いつもの二段ベッド、薄いカーテンのかかった窓。カルーとジーノがベッドに腰掛けて、気の抜けた顔で空を見つめている。


「おお、レルム。」

 

「うん。」


 僕も梯子を登り、自分のベッドに寝転がった。体中の筋肉がまだ収縮を続けている気がする。長時間空にいると人間の体はこうなるのだ。何となく、体がだるく、重かった。


「レルム、エリクが死んだよ。もう報告いってるか。」


「うん。」


 僕はそう頷き、しけた色の天井を眺めた。頭がくるくる回っている。

カルーが再び口を開いた。


「ランベルトは後から来るそうだ。気分が悪いらしい。」


「そう。」


 僕は仰向けの体勢のまま、自分の目が段々と閉じかけていくのを感じた。


「レルムは、3機墜としたんだってな。」


 安眠が妨げられる。

でもカルーを攻める訳にもいかない。仕方ない、皆気が動転してるんだ。


「俺は、1機も撃墜できなかった。奴らの影を見た途端に、急に恐ろしく思えて、気付けば、逃げる、攻撃をかわすことに専念していた。」


「カルー、気に病むことはないよ。何せ初陣なんだ。レルムの方が異常なくらいさ。3機も敵を墜として、無傷で帰るなんて。人間技じゃないよ、全く。」


 ジーノの声、なんとなく冷たい調子だった。

いや、勝手に僕がそう思っただけなのかもしれないが、いずれにせよ僕は、基地中で噂話の種になるのだろう。嫌だな、注目されるのは。目立つのは嫌だ。

 僕は身を起こした。下のジーノと目が合う。


「レルム、お前、やっぱりおかしいよ。何でそんなに薄情でいられるんだ。エリクは、エリクはもう帰ってこないんだぞ。死んだんだぞ!」


 僕はそんなに冷たい顔をしていたのだろうか。

気付かなかった。ジーノを怒らせてしまった、どうしよう。何とかして取り繕わないと。


「ジーノ、いい過ぎだ。レルムだって思い悩んでるんだ。そっとしておいてやれ。」


「でも_」


 ジーノが何か言いかけた所で、木の扉が開くぎぃ、という音が響いた。

僕、カルー、ジーノの視線が、扉に向けられる。真っ青な顔をしたランベルトが、扉の取っ手に手を掛けながら立ち尽くしていた。

 ランベルトは、無言で部屋の中央に置かれた椅子に腰かけた。いつもの能天気そうな表情は消え失せ、深い苦悩、悲しみが彼を包んでいた。


「レルム、長官が呼んでたよ。執務室だって。」


 うなだれたまま、ランベルトが低いぼそぼそとした声で呟いた。


「え、執務室って、本館の一階の?」


「うん、そうだよ。」


 僕は簡単に身支度を整え、梯子を伝って部屋の床へと下りた。3人の視線、強い、鋭い視線が僕に突き刺さる。僕は憎まれているんだろうか。違うのか、それとも僕がそう感じているだけなのか。やっぱり分からない。

 自分のことさえよくわかっていない人間に、他人の心情を推し量れる訳がない。僕が扉を開け、濃淡のカーペットの上に足を踏み出そうとした時、後ろから声が飛んだ。


「レルム、きっとお前は生き延びるよ。この戦争が終わるまでな。」

 

 誰の声なのかわからなかった。

皆が皆、同じ声で喋っているようだった。違いなんてない。地上は憂鬱だ。こんな面倒なこと捨て置いて、早く飛びたい。

 心からそう思った。これだけは僕の、本当の気持ちだ。






「レルム初年兵、今日の作戦において、グラン国の戦闘機、A-21ノーティスを3機撃墜。この報告内容は、間違っていない、ね。」


「はい、そうだと思います。」


 僕は、長官を含む基地のお偉いさん一同の視線を体中に浴びながら、直立不動の体勢でそういい切った。


 執務室_洋風の、豪華な内装。

栗色の床に敷かれたカーペット、厚い本棚、革の膝掛椅子。僕はまだここに入ったことはおろか、覗いたこともなかったので、いささか緊張していた。


「素晴らしい戦果だ。聞けば君は、訓練でも、ここ十年での最高得点を叩き出してるそうじゃないか、ええ。違うかね?」


「はい、多分そうだと思います。」


 目上の人には、「はい」。同僚には「うん」か「ああ」。

そういえばいいと決めてある。それが普通、普通の人にとっての普通の受け答えであり、やっぱり普通の人ならそう答える筈なのだ。


「でだ。その、レルム初年兵。君の才能、パイロットとしての腕は大したものだ。我が国としては、その若き才能を最も輝ける状況下で運用したい、とそう考えている。」


「はい。」


「ちょうど、アヴェルラの席が一つ余っていた所なんだ。君、あれに乗ってみてはどうだ。」


 アヴェルラ_空軍が誇る最強の戦闘機。

国全体でも特注で作られた5機が存在するのみで、長年空を飛び、熟練の技を身に付けたパイロットのみが搭乗することを許される、そんな機だ。

 特徴を一つ挙げるとするなら、やはりその巨大な図体だろうか。鋭く、銀色に光るレドーム。脚は前後ろ合わせて6脚あり、巨大な増槽がまるで鎧のように機体にへばり付いている。また、後部に伸びる反り返ったカナードが異様な印象を抱かせる、いわば近未来的な構造であった。

 おんぼろエスモや空軍の汎用主力機であるグリフィンとは、最高時速、格闘性能、兵装共に一線を画しており、レーダも頻繁に最新式のものに取り換えられている、そんな、いわば空軍の最終兵器であるアヴェルラ。


 そのパイロットに僕が選ばれたというのは、傍から見れば非常に名誉なことなのだろう。周囲からは羨望の眼差しで見られ、給与も弾む筈だ。

 でも僕は、ちっとも嬉しくなかった。何となく自分の中を彷徨っていた嫌な予感が、ここで突き当たったかのようだった。何故なんだろう。何故物事というものは、僕の期待とは全く逆の方向に進むのだろう。僕は、別に優秀な戦闘機に乗りたい訳じゃない。飛べるんだったら、訓練で乗り慣れたグリフィンでも、エスモでも、ビーグルでも、どれだっていい。


 もしもアヴェルラに乗るなら、他の人の憎み、嫉妬の気持ちを一心に受けなければいけない。それは嫌だ。でも、長官たちの鋭い視線は、僕の辞退を許してはくれなかった。僕の意思など関係ない、最初から決まっていたことなのだろう。

 仕方のないことだ。僕はそう自分の中で納得し、か細い声でいった。


「わかりました。乗ります、僕は、アヴェルラに乗ります。」


 




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