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5:交戦

_もしかしたら、本当の僕はそこにいるのかもしれない。

 虚ろな世界。

虚無の中、たった一人の僕。雲海を漕ぐ一艘のボートに、僕は乗っている。上には蒼い空があって、下には白い海がある。夢見心地でオールを漕ぐ。大丈夫だ、目を閉じさえすれば、またあっちへ行ける。











「Sixteen,Engageddefensive,(16番機、防衛態勢に移行)」」


 目視。エンゲージ、エンゲージ。グランの戦闘機が隊列を組んで接近してくる。VSDにも敵の群、延べ15機がしかと表示されていた。

来る、来るぞ。いよいよ戦いの時だ。僕の心臓の鼓動、どくんどくんと高鳴る。


 グランの戦闘機_ノーティス。やや大型のエスモに比べて、身軽で華奢な機体。空対空ミサイルの射程距離もこちらを上回っている。

 大丈夫だ、心配することは無い。長官も僕の才能を見込んで、敢えて皆と同じエスモで行かせたんだ。これくらいの敵に太刀打ちできないようでは、戦場では生き残れない。


 2機、白銀のノーティスが急接近してくる。

時間が止まる。いつも過ぎている時間とは、全然全くもって違う、空で敵と相対した時にのみ流れる時間。ここからは僕の時間、だ。

 もう、カルーも、エリクも、ジーノも、ランベルトも皆どこへ行ったのか分からない。ここにいるのは、僕だけだ。


 隊列が崩れる。

乱戦が始まりを告げた。


 僕を上下に挟み込むようにして近付いてくる2機。

螺旋飛行。バレルロールで振り切った。勢いよく振れるメータの針、強いGが僕の体を締め付ける。


 ノーティスがオーバシュートした。僕はすかさず後ろをとる。1機がループ、ジンキングで攻撃を回避しにくる。


 しばらく、お互いに背面飛行。唾を飲む暇もない。眼下、空を裂くような爆音と共に黒い煙が幾筋か上がっていた。


 もう1機のノーティスが反転した。急降下、スプリットS。

キャノピのガラスに反射する光が眩しい。


 すれ違いざま、先にループしたノーティスに近接格闘戦用の機関砲を撃ち込む。


「Guns, Guns from Sixteen.(16番機、発砲)」


当たったかどうか確認する前に、シザースに移った。


 ロール、旋回。操縦桿を左に傾ける。

模擬戦の訓練でやった通りにやればいいんだ。簡単、簡単なことだ。今僕としのぎを削っているこのノーティス。そのパイロットにも、僕と同じく人生がある。今この瞬間のいち判断に、人生の終わりが懸かっているのだ。


 横距離を保ちつつシザース。VSDにはさっきの1機は表示されていない。恐らく僕が墜としたのだろうが、喜んでいる暇などない。


 ローヨーヨー。

加速しながら降下。ノーティスの腹の下に回り込み、雲を貫いて再び上昇する。エスモはノーティスに比べればのろまだ。ハイヨーヨーで攻めれば確実に後ろをとられる。


 うまくいった。後方から撃った。白い火花が散り、ノーティスのキャノピと片翼に風穴が開く。

バランスを崩し、機首を傾けてスピンするノーティス。きりもみ。

 

 ブレイクで振り切るつもりらしいが、そうはいかない。僕とて馬鹿じゃない、それくらいは見越している。操縦桿を握り締め、旋回。後方に喰らい付いた。

 トリム調整、水平飛行に戻す。最後の悪あがきとばかりに、ジンキングで僕を揺さぶる哀れなノーティス。だが逃れることはできない。


 目標補足。赤外線レーダ、ロックオン。

僕のエスモの腹部から誘導式空対空ミサイルが発射された。白い尾を曳いて飛び去るミサイル。


 命中。

爆音、光。黒い煙がもわもわと立ち上り、ノーティスは遥か眼下、真っ白な雲海へと落下していった。


「Sixteen, Splash my bandit.(16番機、目標撃墜)」


 無線での報告を終えた僕は、ふっと息をついた。

流石に緊張した。手は汗でびしょびしょだった。コクピットの外、熾烈な格闘戦を繰り広げる両軍。蒼い空に、そこでドッグファイトがあったことを示す黒い爆炎が点々と浮かび上がっている。

 

 しばらく後、敵軍の全機を撃墜したとの通告が入った。

生き残ったエスモ達が肩を並べ、欠けた分の隙間を埋めながら隊列を組み上げていく。味方は、半分も残っていなかった。





















 目立つのは嫌い、注目されるのも嫌いだ。

それでも、やっぱり人が恋しい。一人きりは寂しい。素直な僕の気持ち。僕がいっているのか、それとも他の誰かがいっているのか、誰にもわからない。僕は僕が何を考えているのかわからないし、誰にもわかって欲しくないんだ。

 これも本心なのだろうか。

わからない。何もかもがわからないし、わかる必要なんてないのかもしれない。そもそも本心って何だ。そんなもの誰が決めたんだ。


 指標が欲しいんだ。きっとそうだ。


 ふわふわと浮かぶ僕、安定しない僕に、何か礎となるものを与えて欲しい。弱い僕、情けない僕には、自分を客観的に見る、ということができない。

 だから他人に求めた。自分への評価を求めた。自分がどう思われているのか気になって仕方ない、人間は元々そういう生物なんだ。


 でも、僕は孤独だ。

悩みを、自分自身を曝け出す友などいない。孤独に浸り、人との接触を避けてきたのも、僕の本心なのか。


 すべてを投げ出して、空に逃げてしまっていいんだろうか。

お願いだから、教えてくれ。今僕は、どこにいるんだ_











 自分の部屋のベッド、そのベッドに寝転がり、小説を読んでいた。SF小説。登場するのは飛行機。飛行機乗りの主人公と、空からの侵略者との戦いを描いた物語。主人公は、実に鮮やかに自機を操り、敵を撃墜する。

 小説を閉じた。紙の栞を挟む。

 

 僕の部屋。平均的な高校1年生の部屋のそれを踏襲した、普通の部屋といえるだろう。ただ、特徴を挙げるとすれば、木のラックに置かれたプラモデル。主に戦闘機のプラモデルだ。航空自衛隊のF-1から旧日本軍の艦上戦闘機零戦、アニメ作品に登場する架空の機まで、様々な種を取り揃えている。

 僕、何もできない僕、木偶の坊な僕にとって、唯一自慢できるコレクションだ。ほうぼうの模型店や玩具屋を回って手に入れたもので、中には現在では入手困難なレア物も含まれている。


 美しい。飛行機とは美しいものだ。人間が空を飛ぶために作った機械。ライト兄弟の時代から現在までの間に、様々な改良が施され、その種類・用途も多岐に渡るようになった。

 その中でも僕の溺愛する飛行機、それが戦闘機だった。航空機との空中戦を主任務とする飛行機、それが戦闘機だ。一口に戦闘機といっても様々な種類があるし、見た目・性能も数多存在するが、僕がそれ程までに惹かれた理由としては、やはりそのフォルムだろうか。


 無駄のない、洗練されたシャープな美しさがそこにはある。

ある種の宿命を持って生まれてきた、それが戦闘機。狙った獲物は絶対に逃さない、猛禽類を想像させた。


 空の世界に浸っている時だけは、辛い現実から逃げられる。

ここは僕だけの楽園なのだ。誰も入れないし、入らせはしない。


 僕はここにいる。そう信じてさえいれば、このまま自分を保つことができる。

僕はそう信じている。


 



 


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