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12(終):宿命

「つまり、レルム初年兵は解離性障害だったと。そういうことなのかね。」


「さぁ、知らん。真相は闇の中だ。」


 シム長官はそう言い放ち、テーブル上の葉巻に手を伸ばした。一服。テーブルに並ぶ一同の迷惑そうな視線をものともせず、ふぅ、と煙を吐き出した。


「どちらにせよ、彼のせいで全てが崩れ去ってしまった。我々が積み上げてきた全てが、ね。」


 ため息。

それもそのはず、空軍はグラン国との癒着を告発されたのだ。決め手となったのは、以前より全く進捗しない戦況に疑問を抱いていたCIAによる、一斉捜査だった。空軍の所有する戦闘機、アヴェルラ1機がパイロットごと神隠しにでもあったかのように忽然と消失した事件。

 CIAは世間でも何かと話題になったこの案件から、がさ入れに踏み切った、という訳である。


 証拠品は次々と押収され、政府、国軍はその責任を問われる事態となった。特に国民からの反発は予想以上のもので、議事堂付近ではデモ隊と機動隊との激しい衝突が日夜続いた。

 だが、皮肉なことに基地に所属していた兵士たちの間では、暴動など起こらなかったという。知らせを聞いた時の兵士たちは、無力感に苛まれ、その4分の1ほどが精神棟へと搬送されたらしい。


 政府はデモ隊鎮圧のために新機動部隊を設立し、武力を用いる反政府勢力に対しては容赦のない攻撃を行った。

 これにより事態は鎮圧の一途を辿り、国はようやくその平静を取り戻しかけていた最中だった。


 罪を問われた元空軍の幹部たちは、一切の事情を聞かされた上で刑務所入りとなり、半ば無期懲役の待遇を被っていた。


「そのレルムと元同じ班員だった3人、その証言によれば、レルムは自分たちを置いてアヴェルラでどこかへ飛び去ってしまった、とのことだが……。」


「その、3人がいっていたこと、それがまた不可解なんだろう。」


 シム長官は頷いた。

光の届かない留置所の中、一日中薄暗く、外の様子は伺えない。


「レルム自身が、もう一人の自分を、自分の中に作り出したと。本人がそういっていたそうだ。」


「何だね、それは。まるでおとぎ話の世界だ。くだらん。」


 肉厚の男が、取りつく島もない、といった様子で一蹴した。

シム長官は、煙草を灰皿に押し付けながらいう。


「レルムは、優秀な飛行機乗りだった。しかし、精神面にいささか不安な点が見られたな。時々、意味のわからない戯言を、誰に聞かせるでもなく呟いていた。」


「それで、レルムの失踪先は追えんのかね。」


「レーダを切られているので、追跡しようがありません。しかし、いずれは燃料も尽き、どこかで墜落するかと思われます。」


 女がそう答えた。

室内の陰鬱な空気が、さらに純度を増してきていた。


「ああ、それと、地方の田舎に暮らしているレルムの両親からも話を聞きました。彼は物心ついた時から、やはり周りとは少し違った雰囲気を持った子で、それで、よく文章を書いていたそうです。」


「文章、とは?」


 シム長官に詰め寄られ、女はいささか慌てながらも早口でいった。


「毎日、ノートに日記のようなものをつけていたそうです。子供の頃からふいに始めて、それから一日も休まず書いていたとか。」


「続けたまえ。」


 シム長官だけでなく、部屋にいる一同の関心が女に集まっていた。


「でも彼は、絶対に親に日記の内容を見せたがらなかったらしく、使い切ったノートも全て捨ててしまっていたそうです。」


「うむ、不思議な話もあるものだな。レルムはもう一人の自分の日記をつけていたのか。」


「そういうことに、なりますかね。」


 一同の間に、再び沈黙が訪れた。

こんなことを話しても、状況が晴れる訳がない。皆それを暗黙のうちに承諾していた。それでも、何か話していなければ、本当に気が狂ってしまいそうなのだ。


 と、留置所の格子外にぬっと看守が姿を現した。

一同は、一斉に看守に視線を向けた。


「お前たちと面会したい者がいるそうだ。列になって、ついてこい。」


 看守の持つ鍵によって、格子扉が開けられた。

シム長官を先頭に、ぞろぞろと移動が始まった。











 ガラスで仕切られた向こう側、3人の、まだ顔にあどけなさの残る青年が座っていた。


「30分だ。終わったら、こちらから合図する。」


 青年たちは、それぞれカルー、ジーノ、ランベルトと名乗った。背の高い、不良風の青年。仏頂面の青年。少々小太りの、のろまそうな青年。中心に座っていたカルーが、早速とばかりに話を切り出した。


「レルムが、おかしなことをいっていたのを、今更になって思い出したんです。それで、話を聞きに来た、という訳です。」


「何だね、それは。」


 シム長官は、半ば投げやりな調子で問うた。


孤独(、、)を求めて人格を作り出した、そうレルムはいったんです。」


「孤独、ね。」


 シム長官以下、元幹部達一同は首を傾げた。


「何か、心当たりなことはあるでしょうか。」


「いや、特には思い当たらない。すまないな。」


 全員を代表してシム長官が告げると、カルーは素直に引き下がった。


「そうですか、すいません。」


 ジーノとランベルトも同様に腰を上げようとした時、シム長官は慌てて彼らを呼びとめた。


「ああ、ちょっと。待ちたまえ。」


 きょとん、とした顔の3人。

シム長官は、言葉を続けた。


「最後に訊いておきたい、ことがある。君たちから見てレルムとは、一体どんな人物だったんだ?」


 3人、顔を見合わせて何やら相談していたが、やがて結論が出たのか、ジーノが前へ歩み寄って答えた。


「レルムは、ちょっと言葉がたどたどしかったり、現実主義だったり、そういう面もあったけれど、人思いの優しい奴だった、という風に記憶しています。」


「そうか。」


「僕らは。」


 ジーノは、語気を強めていった。


「僕らは、戦争の真実を暴く、という大義のためとはいえ、大事な友達に、最低な行為を働いてしまいました。いつか、その償いをしなければならない、と思っています。」


 3人は真剣そのもの、といった表情で頷いた。





















「結局、得た物は何もなかった訳だが。」


「期待なんぞ、最初からしてなかったよ。」


 シム長官は、留置所の壁に悪態をつく元同僚たちを尻目に、ひとつ呟いた。


「結局、そういうことなのかもしれんな。」


「え、何だって?」


 シム長官は、見える筈のない大空と、雲海を駆けるレルムに思いを馳せながらいった。


「結局の所、我々人間は、根底では真なる孤独を求めているのかもしれない。」


 誰も何もいわなかった。


 格子の隙間から差し込む光が、床に重苦しい沈黙と影を、いやにくっきりと映し出していた。

 





























              雲海のレルム〈完〉            

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