四話「剣王」
最強と謳われ、その名を世界各国に轟かせた、ブリテンの王、アーサー・ペンドラゴン。
常人とは比べ物にならない力を持った男で、一度剣を振るえば、山を斬り、海を割るとまで言われている。
俺の魔装はそんなアーサー王の力と全く同じにすると言っても過言ではない能力。
それを王の覚醒と呼んで俺は使っている。
しかし、凡人の俺にその技は過ぎたる力で、使用時間が恐ろしく短い。
今の俺では三十七秒が限界である。
しかし、これでも十分に成長したものである。
初めて使用した時は十秒と持たず、使用後は三日間寝込んだ。
それほどの大技を昨日使った俺は、学校へ盛大に寝坊したのであった。
「昼の……一時だと……?」
朝の日課もくそくらえ、実戦で使ったのは初めてだったが、まさかここまで眠りについてしまうとは思わなかった。
確かあの後、盛大にぶっ倒れて医務室に運ばれて……。ダメだ、その辺りの記憶はどこか曖昧だ。
というか、深く思い出そうとすると軽い頭痛もする。
全身も昨日の使用直後とまでは言わないがダルイ。軽い筋肉痛になっていることだろう。
一日に一度使うのが限界か……。いや、下手をすれば二日に一回のレベルだ。
どちらにせよ、酷使できない能力なようだ。
ベッドから立ち上がると軽い眩暈に襲われる。
「立ち眩みまで……。万全な状態じゃなかったら三十七秒使えるのかこの技……」
というか、今日に限ってどうしてなずなは起こしに来てくれなかったんだ。
あっ、二重ロックにしたんだった。
と、唐突にベランダの戸が開く。
「隼、起きた?」
そんな軽快な声と一緒になずなが部屋に入ってくる。ご丁寧にベランダにちゃんと靴は脱いである。
「いや、おかしいよなぁ!」
この部屋、三階だった気がするんですけど。
「あっ隼よかった……。洗濯バサミで鼻つまんでも起きなかったから心配したよ」
「人の体で何を遊んでるんだ、貴様」
ベッドの近くに見覚えのない選択バサミが転がってると思ってたが、こいつの仕業か。
「ホント、心配したよ。まぁ、驚きの方が大きいんだけど……。隼、昨日のあれ何なの?」
「俺の必殺奥義だと思っておいてくれ」
「危険な技じゃないよね?」
なずなが真剣な表情で俺の顔を覗き込んでくる。
だが、頷けなかった。危険ではないと言えば嘘になるから。こいつに嘘は通用しないし、つきたくない。
「私、もう……」
「なずなは心配性だな。大丈夫だよ、約束は破らない」
「それなら……いいの……」
「話は済んだか? それならそろそろ昼休み終わるし、教室に戻った方がいいんじゃないか? 流石に今日の授業はサボるぞ俺は」
「一つだけ聞きたいことがあるの」
「なんだ?」
「どうして、今の今までその能力を使わなかったの? それを使っていれば、あんな悪口を言われることはなかったはずなのに」
「完成したのが先週だからだ。いや、完成と言えるのかわからんが……。この能力は使用者に対する負担が極端に大きくてな。初めてこの能力を使った時、俺は十秒と耐えられず立てなくなっちまったんだ。使用後も当然、三日は芋虫みたいに這うことしかできなかった」
「そういえば中学の夏休みに珍しく隼から来てくれって電話があった」
「よく覚えてるな……。その時だよ、初めて能力を使ったのは」
「隼あの時酷かったよね。本当に苦しそうだった」
「まぁ、そういうことだ。電話かけるのも苦労したんだぞ? まぁ、俺はその日から基礎を鍛えることに専念してたってわけだ」
「体つくりってこと?」
「ああ。俺は目標を立ててこの能力に向け、基礎作りを始めた。その時の目標が三十秒の持続だ」
「持続……」
「そして、先週のことだ。俺は三十七秒の持続に成功した。だから、決めたのさ」
「決めた?」
「今年こそ、あの場所に立つことをだ。すぐにお前の序列も抜かして学園最強になってやるからな」
俺がそう、なずなに言うと、なずなはぼぉっとした表情で何も言わなかった。
「おい、何とか言えよ」
「う……うん! 隼の夢だもんね。代表に選ばれるの」
「選ばれることじゃねぇよ。全ての学園の頂点に立つことが俺の夢だっつーの」
「知ってる。小学生の時、上級生にどれだけ殴られてもその言葉だけは曲げなかったもんね」
「絶対に立って見せる。あの場所に」
俺の胸がドクンと大きな音を立てた。そんな気がした。
やっと、スタートラインに立てたんだ。そう思うと心が躍る。
「隼ならできるよ。それじゃあ、私戻るね」
「おい玄関から出ろよ!」
ベランダから飛び降りるなずな。
少し浮かない顔をしていたな。俺の気のせいかもしれないが。
まぁ、いい。今は体を休めることにしよう。
俺はもう一度ベットで横になり、眠ることにした。
☆
俺の眼を覚ましたのは、目覚まし時計の音ではなく、電話の音だった。
暗中模索に音のする方へ手を伸ばし、それを掴んで耳元に当てる。
「ふぁい……」
「俺だ。学園を無断欠席するとはいい度胸じゃないか。今から来れるな?」
「……はい」
すっかり目が覚めてしまった。
制服に着替え、携帯をズボンのポケットに突っ込んで学校へ向かう。
学園の方に近づいていくと、もう授業は終わったようで、校門は生徒で溢れかえっていた。
それを流し目で見ながら……。
「あっ! あいつあの雷光を倒した!」
「舞風隼さん!」
「すげぇ、滲み出るオーラが違うぜ」
この制服は中等部の連中か、どうやらもう噂は学園中に広まっているようだ。
「凄いよな、四桁で一桁を倒しちまったんだぜ!」
「漫画みたいだよな」
「応援してます!」
たった一晩で英雄になったような歓声だ。だが、悪い気はしないな。
「かっこいいね!」
「うん!」
特に女子からの声が!
しかし、その俺に対する歓声をかっさらうような大きな歓声が俺へ対する声援を掻き消した。
「おい、剣王だぜ……」
「きゃー! 剣王よ!」
「こっち向いてください!」
剣王……だと……。
俺は歩みを止め、歓声の的の方へ視線を向けると、そこには凛とし、歓声に動じることのない女性のような美しい顔をした男性がいた。
中等部制服に身を纏ったそいつはゆっくりと、視線を俺の方に向けた。
目が合う。剣王と。序列一位、中等部第三学年、上杉謙信と。
そして、それだけでわかる。こいつはとんでもなく強い、と。だが、いずれは倒す相手だ。
俺は敢えて上杉を睨み返す。上杉は笑ったように見えた。
「っと、こんなことしてる場合じゃねぇ。あいつなら課題を三倍にしかねない……」
俺は高等部の職員室の方へ向かう。
「全く、今じゃ学園の英雄が無断欠席とはな。笑えるぞ」
「能力の反動と言いますか……」
「まぁいい。とりあえず、これが罰の課題だ」
ドン、と見せられるプリントの山。
「それと昇格おめでとう。今日からお前は三桁だ。携帯を見てみろ」
俺は急いで携帯を確認すると、序列昇格のメールが来ていた。
「今日から舞風隼の序列を一〇二位とします。……幾らなんでも上がりすぎじゃね?」
こんなバカげた序列の上り方を見たのは人生で初めてだ。というか、学園初ではないだろうか?
「当然だ。四桁が一桁に勝ったんだぞ? もっと上がってもおかしくないところだ。異例も異例だ」
俺は心の中でガッツポーズを決める。
「それと、明日から代表戦が始まる。昨日の模擬戦はその代表戦へ向けての軽い運動だったわけだが。まぁ、メールの確認を怠るな、という話だ」
「代表戦……!」
「二日に一回は嫌でもお前はリングに立たせる。まぁ、今のお前には嬉しくて仕方がないか。わかってはいると思うが代表戦に置いて、四度敗北すれば間違いなく代表には選ばれない。無敗であるなら文句はないが、お前にそれは不可能だろう。しかし、俺はお前に期待をしている。まぁ、精々負けないように努力をしろ。いいな」
「……一つ気になることが」
「なんだ」
「雷光の序列です」
「大転落だ。お前の一つ下、一〇三位。ついでに今日の授業、あいつもサボった。まぁ、相当悔しかったってわけだ」
「そうですか……」
「まぁ、明日に備えて今日は寝な。あまり体調が良いようには見えんが」
「それと、情報源の出所を教えてくれる話しでしたよね?」
「……ふん、お前が思っている以上に世界は広いってことだ」
「答えになってませんよ」
俺はあの能力を寮の庭でしか使用した覚えはない。誰にも見られてはいないし、あの場所に監視カメラなどはない。
つまり、絶対にわかるはずがないのだ。
「あっ高島先生、お手伝いしますよ」
「悪いですね、井口先生」
「おい! 話は!」
「やっぱ教える気でねぇわ。まぁ、ヒントはやる。この学園も白ではない」
「どういう……」
「あと、課題はやれよ。やらないと代表戦は出さん」
井口はそう言い、その場から立ち去った。
「やっぱり肝心なことは教える気ないじゃねぇか」
そう文句を漏らしながら、課題を持って学園を後にする。
学園を出る頃にはもう五時を回っており、世界は夕焼けに染まっていた。
「さっさと帰るか……。そういや、今日はいつもの公園に寄ってないし、寄って帰るか」
ランニングで毎日通う学園にある公園。
どうやら、俺の体は公園中毒なようだ。って、言ってて意味がわからんな。
公園によると、三人の男子生徒が一人の男子生徒と対峙してあった。
喧嘩か……?
そう思った矢先、三人の生徒が魔装を取り出す。
「おいおい……!」
多人数で一人の人間に対する魔装の使用は厳禁だぞ!
公園には監視カメラも多い。あの三人の生徒は間違いなく停学になるだろう。
いや、そんなことを言っている場合ではない。あの生徒が危ない!
あの制服からして同学年だ。もしもクラスメイトの奴だったら見ていて止められた俺にとっては後味が悪い。
「ちっ! 王の聖剣!」
「来い、グランセルリー、バレンスターナ」
魔装を取り出し、近づこうとした瞬間だった。
恐ろしい風圧と共に蛇のようにとぐろを巻いた二体の巨大な竜が一人の男を取り囲むように現れる。
「容赦はいらない。殺れ」
「ぎゃぁああああ!」
「ガハッ!」
「うわぁああああ!」
二頭の竜に蹂躙される生徒。
俺は見ていられなくなり、攻撃を止めるよう、竜を呼び出した男に呼びかける。
「おい! やりすぎだ! もう相手に抵抗する力はない!」
「んー? なんだい君は? 僕の邪魔をするなら君も……おや? おやおやおや?」
「あ?」
「これはこれは……、英雄気取りの舞風くんじゃないか」
高貴な雰囲気を持った金色の長髪の男は俺の顔を見ると、フフフ、と笑いだす。
「なんだ、お前は?」
二頭の竜が攻撃を止めると、三人の男は魔装を消し、逃げ始める。
「僕の名前はラーレイ・アルドナ。イギリスからの留学生さ」
「自己紹介なんて求めてないぜ。お前、いくらなんでもやりすぎだ。あれ以上はお前が責任問題に問われるぞ」
「ふん、喧嘩を売ってきたのは向こうの方だ。僕は売られた喧嘩は買う主義でね」
「だから、そんなこと聞いてねぇんだよ」
「本当は君も虐めてあげたいんだけどね。それは明日のお楽しみってことにしておくよ」
「明日だ……?」
「それじゃあね、野蛮な英雄さん」
アルドナはそう、不敵に笑いながら姿を消した。
明日、代表戦。
まさか……!
俺は携帯のメールを確認する。
そこには……。
『代表戦第一試合、南スタジアム。
舞風隼 序列一〇二位
VS
ラーレイ・アルドナ 序列一〇〇位。』
背中越しのアルドナを俺は睨めつける。
あいつが俺の代表戦での初戦相手……!