1.雨の思い出
頬杖を付きながら眺める空は厚い雲に覆われている。
「…雨…降るかな?」
ぼんやりとつぶやいた。
雨が降ると、思い出す。
大好きだった彼を。
私達が最後に会話したのはもう随分昔のことだ。
ゆっくり目を閉じて、最後の日を思い出す。
何を話したっけ?
あぁ、そうだ。
高校のグラウンドで—。
部活中にバケツをひっくり返したみたいなすごい雨が降ってきて—。
慌てて渡り廊下の下で雨宿りしてた時だ。
あの日は、1年早く卒業していった彼がたまたまOBとして部活を覗きに来てくれた日だったんだ。
むせ返るほどの雨の匂いと、お互いから滴る水滴と、苦笑いする彼と…。
ぽつぽつと窓ガラスをたたく雨音が聞こえてきた。
──今ではもう、彼の声も思い出せない。
次第に雨足が強くなっていく。
「ねぇ、先輩。忘れちゃいましたよ。どんな声で笑ってたんですか?」
窓の外はもう、まるであの日みたいなどしゃ降り。
「──もう一度…声…聞きたい。」
あの日、彼が最後に口にしたのは『また会おうな』だった。
ただの別れの挨拶でしかなかったそれを、守るべき約束だと思い込むことで自分を奮い立たせてきた。
ゆっくり息を吐き出して、目を開けると、雨に霞む街が見える。
この街は、私が居た世界のどこにも存在しない街。
親も兄弟も友達も彼もこの世界のどこにも存在しない。
「ねぇ、先輩。───……?」
小さく小さく呟いた声は、雨音にかき消されて誰にも届かなかった。